50代社員の自律的キャリア形成を支援する
キャリアの「リ・デザイン」という考え方
法政大学 キャリアデザイン学部 教授
廣川 進さん
65歳までの雇用確保義務化を来年に控え、多くの企業でミドルシニア層の活躍推進が求められています。社員に対して「キャリア自律」「リ・スキリング」などを求める企業が増える中で、これまで会社からの要望に応えるべく邁進(まいしん)してきた50代以上の世代からは戸惑いの声も聞かれます。企業で働く50代を対象としたキャリア支援の研究・実践を行う法政大学の廣川進教授に、50代社員が直面している課題と、企業ができる支援についてうかがいました。
- 廣川 進さん
- 法政大学 キャリアデザイン学部 教授
ひろかわ・すすむ/1959年生まれ。慶應義塾大学文学部卒業後、出版社に18年勤務、傍ら大正大学大学院臨床心理学専攻博士課程満期修了。博士(文学)。大正大学 臨床心理学科 教授を経て現職。日本キャリア・カウンセリング学会前会長、海上保安庁惨事・メンタルヘルス対策アドバイザー、公認心理師、臨床心理士、シニア産業カウンセラー、2級キャリア・コンサルティング技能士。近著に『心理カウンセラーが教える「がんばり過ぎて疲れてしまう」がラクになる本』(編著、ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『キャリア・カウンセリングエッセンシャルズ400』(編集委員、2022年、金剛出版)、『これで解決!シゴトとココロの問題』(単著、2023年、労働新聞社)など。
仕事に対するモチベーションが最も低下する50代
50代の社員のキャリア研修とカウンセリングについて研究することになった理由をお聞かせください。
育児雑誌の編集の仕事をしていたときに阪神淡路大震災が起き、避難所に取材に行きました。被災地の状況を目の当たりにしたことがきっかけで、もっと直接、目の前の困っている人の役に立つ仕事がしたいという思いが強くなり、社会人大学院に進学して臨床心理学を学びました。
博士課程修了後に臨床心理士として就いたのが、再就職支援会社での長期失業者を対象としたカウンセリングの仕事でした。2002年、バブル崩壊後に上昇を続けていた完全失業率が5.4%と、過去最高を記録した年です。当時のいわゆるリストラでは50代が狙い撃ちをされており、信じていた会社から突然裏切られたという無念の思いを多く聞きました。当時と今とでは状況が異なる部分もありますが、企業側と社員側の思いにズレが生じているという点は変わらずにあると思います。企業で働く50代は受難の世代だと感じ、この人たちに活躍してもらうためには何が有効なのかを研究するようになりました。
今の50代はどのような状況にあるのでしょうか。
働く人を対象にした統計は数多くありますが、50代が最低の数値となっている調査は多いですね。例えば、リクルートワークス研究所「全国就業実態パネル調査」(2019)によると、「年齢別の幸福である人の割合」は、50歳が38.2%で最低となっています。
また、仕事に対する価値観の変化を調査したリクルートワークス研究所「シニアの就労実態」では、20代は仕事に多くの価値を見いだしているけれど年代が上がるにつれ仕事を通じて感じる価値は減少し、50代になると「他者への貢献」「能力の発揮・向上」「仕事からの経験」「高い収入や栄誉」など、多くの因子得点がマイナスになるという結果が出ています。定年後の年代では再度上がっていきますが、最も深い谷となっているのが50代前半です。
今の55歳は、ちょうどバブル期入社のピークの世代。就職活動であまり苦労せずに入社した人たちです。今では考えられませんが、内定が出たら海外旅行に連れていかれて入社を口説かれるような時代でした。そのため会社に対する期待が大きく、代わりに強い忠誠心をもって尽くすという、いわば「御恩と奉公」のような関係性があります。
しかし、50代後半になると役職定年を迎える人もいます。これまでは会社を信じて上を目指してきたのに、役職から外れて収入も下がることで、相思相愛だった相手に裏切られたような感覚になってしまう。うまく気持ちの切り替えができずにモチベーションが下がってしまう人も少なくありません。
60歳以上の人たちは、モチベーションが下がった状態でもそのまま逃げ切ることができました。しかし、今の50代の人たちは年金受給開始年齢の引き上げによって、あと10年は働かなくてはなりません。時代とともに会社から求められることも大きく変わっています。そうした中で、これまでの経験やスキルだけで働き続けることができるのかどうかが問われています。ところが、本人たちはその課題に気づいていない現状があります。
なぜ気づかないのでしょうか。
会社が明確にメッセージを伝えていない、伝えていたとしても遠回しな言い方でやんわりとしか言っていないので、伝わっていない可能性があります。そのため社員側は、このままでいいと思っているか、うすうす感じていたとしてもどうしたらいいかわからずに棚上げにしている状況ではないかと思います。
企業側はあえて耳の痛いことを言って憎まれたくないので、「ジョブ型雇用」や「パーパス」のような聞こえのいい言葉でお茶を濁しているところがあるかもしれません。当人たちのことを考えたらもっと踏み込んで伝えるべきですが、そのコストを惜しんでいるケースが多いのではないかと感じます。
また、中高年のキャリア研修は多くの企業で対応の優先順位が低く、対応が後手に回っている現状もあります。企業としては内定者や新入社員の育成、若手の離職防止、管理職研修、幹部社員の早期育成、タレントマネジメントなど、これからを担う人材の開発にお金と手間を優先してかけたいし、中高年向けのキャリア研修をやろうと思っても、人数が多い分コストもかかるうえに、マイナスを少し減らすくらいの効果しか期待できないので、後回しになりがちです。
研修がうまくいけば、退職者が増えることが想定されることも理由の一つです。社員が自身のキャリアに向き合った結果、前向きに退職することは悪いことではありませんが、企業や人事部門からすれば「研修をした結果、退職者が増えた」とは表立って言いづらい側面もあるのかもしれません。
しかし、50代社員の停滞感はボディブローのようにじわじわと周囲にも影響を与えていきます。課題意識を持って対応に取り組もうとする企業も出てきており、私も中高年向けのキャリア研修をお声がけいただく機会が増えてきました。
リ・スキリングの前にリ・デザインを。会社という枠から外れた「自分」に向き合う
働き方やキャリアに関する課題に向き合うために、今の50代は何をすべきなのでしょうか。
よく「これから生き残るためには、リ・スキリングをしてITスキルを身に付けなければいけない」などと言われることがありますが、必要性が腹落ちしていない状態で何かを学ぼうとしても意欲は持てませんし、表面的な技術だけを身につけたところで根幹の課題解決にはなりません。
それ以前に、会社という枠組みを外したときに自分がどんな働き方、生き方をしたいのかを自ら見つけていく必要があります。60歳以降はこれまでのように会社の敷いたレールに乗っているだけではいられないわけですから、会社から離れたときに残る「自分」に向き合う必要があります。私は企業の50代社員を対象として、キャリア研修とカウンセリングをセットにした実践と調査を行っているのですが、その研修のサブタイトルを「会社から自分を取り戻す」としています。
この世代を象徴しているなと感じたエピソードがあります。研修で丸半日、「これからの人生は、あなた自身で切り開いていく必要がある」と話した後に、参加者から「それで結局、会社は私たちに何をして欲しいのでしょうか」と質問されたのです。長年にわたり会社と一心同体でやってきた振る舞いを切り替えていくためには、根気強くメッセージを伝え続けていくことが大切なのだと感じました。
研修ではどのようなことをしているのでしょうか。
私が研修会で実施している四つのワークをご紹介します。基本的に事前課題として取り組んできてもらい、研修当日のグループワークで深めていきます。
一つ目は「私のライフラインチャート」です。これまでの人生を振り返って人生曲線を書いてもらいます。波形が平らな人や振れ幅が大きい人、マイナスに偏っている人などさまざまですが、山や谷になっているところに着目し、そのときに何があって、どんなことを思っていたのかを振り返っていきます。
山になっている時期には、どんなコンピテンシーや強みが発揮されたのか、どんなやりがいを感じたのかなどを掘り下げて考えます。新卒で入社した会社にずっと勤めていて転職経験のない人は自身の強みを言語化できないことも多いのですが、意外と他人のことは客観視できるので、グループワークでお互いにアドバイスし合うことが有効です。
二つ目のワークは「私の危機・転機経験」です。転機を乗り越える際には、自分のリソース(資源)である「Situation(状況)」「Self(自己)」「Support(支援)」「Strategies(戦略)」を点検すべきであるというシュロスバーグの4Sモデルに基づき、これまでに起こった転機に焦点を当てて振り返っていきます。
そうすることで、その人なりの乗り越え方のスタイルが見えてきます。これから転機を迎える50代の人たちにとって、自分の過去の経験はとても参考になります。とにかく本を読んで情報を集める人もいれば、人に会いに行って教えてもらう人もいるでしょう。そうした自分なりのパターンを活用しつつ、今後は他の方法も試してみるといった戦略を立てることができます。
三つ目の「私の統合的ライフプラン」は、サニー・ハンセンの「統合的ライフプランニング」という理論を応用して私が作成したフレームワークです。「人生のリ・デザインplanningシート」と名付けました。ハンセンの理論とは、ライフ(人生・生活)とキャリアの統合を目指したもので、Love(愛、家族、関係、絆)、Labor(仕事)、Learning(学び)、Leisure(余暇)の四つのLが統合されると意味のある人生になるという考え方です。
シートは八つのゾーンに分かれていて、右側の自分エリアには「遊び」「学び」「生きがい」。左側の関係性エリアには「家族」「友人・知人」「愛着対象」。そして真ん中のワークエリアには「地域・コミュニティ」と「仕事」があります。まず点線の内側に現在の日付と年齢、それぞれのエリアの現状を書きます。「仕事」以外のゾーンにうまく記入ができない人も多いのですが、書けなければ空欄でも構いません。書けないという事実も含めて、現状を知ることが大切です。
その後、点線の外側に、何年先の未来を描くか、自分で決めてそのときの自分の年齢を記入します。未来のある時点に各エリアでどうなっていたいのかという理想、ビジョン、夢を記入していきます。その際、お金や時間などの制約を一旦すべて外して限界まで広げてみると、発想が広がります。そして、逆算して今からできることはないか、どの領域をもっと意識して広げていきたいかなどを吟味します。
と言っても、現状ですら書くのが難しかった人にとっては未来のビジョンを書くのはさらに難易度が高いでしょう。特にこれまで仕事に邁進(まいしん)していて高い役職に就いていた人ほど苦戦しがちです。一方で、いわゆる出世コースから外れていた人の方が、ライフも含めたビジョンをスラスラと書けることがあります。ここでもグループワークを行い互いのシートを共有し合うため、出世コースの人が「自分の方が収入は高いのに、隣の人の方が人生が充実していて豊かそうだぞ」などと気づくことにつながります。こうした討議・参加型のワークショップの場合は、役職や性別などを混在させたグループの効果もありそうです。一方で、研修会ごとの対象者は会社の実情や伝えたいメッセージを吟味しつつ、慎重に選ぶ必要もありそうです。
シートに埋められない欄があったとしても大丈夫です。この枠組みを頭に入れておくことで問いとして残り、これから日々を過ごす中でアンテナが立ち、情報が集まって少しずつ埋めていけるでしょう。
最後に、これまでのプロセスを踏まえて「今後の中期仕事戦略プランニングシート」を作成します。「定年まで」と「定年以降」の働き方について、どんな部署でどんな仕事をやってみたいかを考えます。
社内だけでなく、社外の可能性も含めて考えてもらいます。その際、会社に残るか辞めるかの二者択一ではなくて、社内での仕事を続けながら副業や起業をすることや社内副業のような選択肢もあるでしょう。すぐに稼げなくてもいいので、柔らかい発想でいろいろと試してみるといいと思います。
上述の「人生のリ・デザインplanningシート」で長期のライフ全体をウェルビーイングの視野から考え、広げるだけ広げてから、ふたたび現在地へ着地するワークも大事だと思います。ビジョンから逆算してきて、今の職場や仕事、交友などを3年先、5年先、55歳、60歳以降どうしていくのか。今の会社に残るとしても、そのまま同じ部署にいる、違う部署に異動する、業務を少し変える、大きく変える。今すぐでないとしても、いずれは会社を辞めるとしたらどんな形があるのか。選択肢を検討することもなく、今の仕事を今の部署でずっと続けるということが、組織にも個人にもむしろリスクが大きいということを理解してもらえるといいのですが。
ある会社の部長さんで、翌年に役職定年を迎える方がいました。このまま役職定年になれば収入が大きく下がるものの、65歳まで会社に残ることはできます。しかし、この方はこのワークを通じて、若い頃にとった資格に加えてもう少し実務経験を積めば個人事業主として65歳以降も食べていけそうだと気がつきました。そこで自ら降格を申し出て課長になり、会社にいる間に現場に出て経験を積むという選択をしました。ここまで割り切った戦略を立てられる人は少ないですが、長期的なキャリア形成を考えたときに、このように意図的に一時後退する戦略もあり得るでしょう。
会社の外で働くことや、社内であっても今と違う仕事をするなど、ここに挙げられている選択肢を見て初めて可能性に気づく人も多そうですね。
今の部署であと10年働くことだけを考えていた人が多いので、それ以外の選択肢に驚かれることもありますね。
ここまでやって、ようやくリ・スキリングの話になります。まずは過去を振り返り、自分の強みを認識した上でこれから先のことを考え、「今の部署であと10年働くためには、今自分が持っているスキルだけでは足りないから補う必要がある」「今持っているノウハウと経験にこれを足したら、別の部署でこういう仕事ができるのでは」などといったことを具体的に考えられるようになって初めて、納得感をもってリ・スキリングに取り組むことができます。
ですから私は、「リ・スキリングの前にリ・デザイン」をスローガンに、人生そのものをリ・デザインすることから始めることを推奨しています。リ・デザインをいったんやった上で、モチベーションを呼び戻し、新たな自分の生き方、働き方に向けてリ・スキリングの獲得への行動変容につながるという形が、会社と個人にWIN・WINなのではないかと思います。
キャリア事例の見える化が必要。企業は前もって情報開示を
50代の社員の働き方やキャリアをサポートするために、企業や人事部門に求められることは何でしょうか。
まずはこれまでの貢献に対する感謝とねぎらいを、十分に伝えてください。その上で、役職定年や定年退職を迎えた後も業務内容や働き方を変えて65歳まで働き続けるとしたらどんな可能性があるのか、自社に即した実例を見せていけるといいでしょう。
今はここがブラックボックスになっています。例えば60歳で定年を迎えた人が、そのまま退職しているのか再雇用されているのかさえ、周りからはわからないことなど。定年後の情報が社内報などに載らないことも多いので、「あの人はどこに行ったのかな」という状態になるわけです。しかし、キャリアパスの事例が見えるようになっていれば、自分に近い人をロールモデルとして参考にできます。役職定年や再雇用に関しては「部長までやった人が、今は毎日伝票を書かされている」などといったネガティブなイメージを持たれがちですが、フィールドを変えて活躍している姿を見せることで、ポジティブな印象に変えていくことができるでしょう。
さらに言うと、給与がどう変わるのかも前もって説明されていないことが多い。1年前になって突然言われても、転職に向けて準備するための時間が足りません。社員側からは聞きづらいものなので、少なくとも3年ほど前から大まかな目安だけでも伝えていくべきです。
情報開示があると、先ほどのワークも進みそうですね。
はい。かなり具体的に考えやすくなると思います。それでも、やはり研修だけでは行動変容にまでつなげることは難しいので、個別の継続フォローがあることが望ましいですね。私の研修でも、研修とセットでキャリア・カウンセリングを実施しています。
企業に勤めながらキャリアコンサルタントの資格を取得する人も増えていますから、社内キャリアコンサルタントがキャリア面談をしてもいいし、外部の専門家に依頼するのもいいでしょう。社内のカウンセラーの方が相談しやすい人もいれば、逆に社内だと話しにくいという人もいるので、希望に合わせて選べるといいですね。
また、社員同士がこのテーマで話し合う場を設けることも有効だと考えています。例えば、オンライン談話室のような場を設けるのも一つの案です。月1回程度、時間を決めて開催し、希望者が自由に参加するといったようなカジュアルな形式がいいでしょう。やり方としては、先ほど紹介したワークシートを使ってディスカッションをする、雇用延長した60歳以上の先輩社員に話を聞かせてもらうなど。キャリアコンサルタントがファシリテーターとして入ってもいいですね。何となく触れにくい話題として避けてきたようなところがあると思いますが、オープンに情報交換し合える文化が醸成できると、未来に希望が持てる50代が増えるのではないかと思います。
さまざまなジャンルのオピニオンリーダーが続々登場。それぞれの観点から、人事・人材開発に関する最新の知見をお話しいただきます。