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「感情労働」のポジティブな効果とは
自分の感情に敏感になることで、やりがいや強固なチームワークを実現する

東京成徳大学 応用心理学部 健康・スポーツ心理学科 准教授

関谷 大輝さん

関谷大輝さん(東京成徳大学 応用心理学部 健康・スポーツ心理学科 准教授)

自分の感情をコントロールして顧客と向き合い、ストレスを感じる場面が多い感情労働。接客業などにとどまらず、頭脳労働にも感情労働の要素があるとされています。感情労働について研究する東京成徳大学 准教授の関谷大輝さんによると、「感情労働ではストレスは避けられないが、感情労働に従事するからこそ得られる仕事の満足度もある」とのこと。感情労働とは何なのか。上司や人事パーソンはどのように感情労働を理解し、感情労働に従事する部下を支援できるのか。私たちが日頃じっくりと考える機会が少ない「感情」について、その研究成果を聞きました。

プロフィール
関谷 大輝さん
東京成徳大学 応用心理学部 健康・スポーツ心理学科 准教授

1977年埼玉県生まれ。早稲田大学第二文学部卒業後、横浜市役所(社会福祉職)に入庁。福祉事務所および児童相談所において、対人支援に関わる最前線のケースワーカーとして勤務する。公務員としての仕事の傍ら、社会人大学院である筑波大学大学院 修士課程教育研究科 カウンセリング専攻(カウンセリングコース)、同大学院 人間総合科学研究科 生涯発達科学専攻博士後期課程を修了。博士(カウンセリング科学)。2013年より現職。社会福祉士、精神保健福祉士、公認心理師、2級キャリアコンサルティング技能士。著書に『あなたの仕事、感情労働ですよね?』(花伝社)など。

“ドライバー”や“プロレスラー”も?
現代で増えている「感情のコントロールが求められる」仕事

関谷さんが現在の研究分野に着目した経緯をお聞かせください。

私は大学卒業後に公務員となり、社会福祉専門職に従事していました。働きながら社会人大学院に通ってカウンセリングや心理学を研究し、その過程で感情労働の考え方を知りました。これは当時の私の仕事に役立つ研究分野ではないかと感じましたね。

というのも、私が担当していたのはさまざまな立場の方と向き合う生活保護関係の業務だったからです。働く人、あるいは働くことができずに困っている人の感情やストレスについて深く知ることはもちろん、自分自身の仕事も感情労働だと捉えて研究することにも強い関心を抱いていました。

「感情労働」とは、どのような特徴がある労働を指すのでしょうか。

一言で表すなら「感情を使う仕事」「感情をうまく使わなければできない仕事」です。

肉体労働では仕事上の求めに応じて身体をうまく使っていくことが求められますし、頭脳労働では専門的な知識や知見を発揮することが求められますよね。これに対して、仕事の特性上、自分の感情をうまくコントロールしていくことが求められ、場合によっては笑顔を作ったり言いたいことを我慢したりしなければならない仕事を「感情労働」と呼んでいます。

感情労働にあたる仕事としてすぐに思い浮かぶのは接客や営業です。

多くの人が、そうした対人折衝を主とする仕事を思い浮かべるのではないでしょうか。感情労働の目的は、顧客など向き合う相手の気持ちや考えを変えることです。商品を欲しいと思わせる、この店にまた来たいと思わせるなどの変化を生み出すことですね。その意味では、接客や営業はまさに感情労働の代表格といえます。

ただ実際は、「これも感情労働ではないか」と考えられる仕事は多岐にわたります。昨今では肉体労働や頭脳労働でもサービスの要素を求められる場面が増えており、むしろ感情労働の要素がない仕事のほうが少ないかもしれません。

たとえば宅配便のドライバーはどうでしょうか。車を運転して荷物を運ぶという面では肉体労働なのかもしれませんが、最近では顧客の配送ニーズにきめ細やかに対応したり、配送時の対応力が求められたりと、広義の感情労働だといえるでしょう。

驚かれるかもしれませんが、最近ではプロレスラーも感情労働の研究対象になっています。自らの身体能力を売り物にするという点では明らかに肉体労働ですが、痛くてもがまんしたり、逆に笑ってみせたりすることで観客を沸かせるパフォーマンスは、まさに感情労働といえるでしょう。

このように現代では、さまざまな職業に感情労働の要素が多分に含まれているのです。

管理職は「高度感情労働の担い手」だが、
上司の感情ケアに取り組んでいる企業は少ない

1on1やキャリア面談などを通じて部下と対話する機会が増えている管理職の仕事にも、感情労働の側面があるといえるのでしょうか。

はい。管理職は高度感情労働の担い手だといえます。海外では管理職の感情労働についての研究が進んでいます。

上司には部下の成長をサポートしたり、やる気を引き出したりする役割があり、昨今ではハラスメント防止への深い配慮も求められています。人の上に立つポジションには、特有のしんどさや苦労がありますが、ネガティブな感情を見せないように我慢する人は多いでしょう。しかし多くの企業では、管理職向けのサポートやフォローが後回しになっているように感じます。

管理職向けの研修プログラムは多くの企業で設けられていますが、上司の「感情」に着目したサポート体制を取っている企業は確かに少ないかもしれません。

キャリア面談や1on1のノウハウを伝えたり、上司の業務負荷を軽減するための工夫を施したりといった取り組みは進んでいると思いますが、上司の感情をケアする取り組みはあまり聞きません。管理職が感情労働であるという認識自体がないのかもしれません。

関谷大輝さん(東京成徳大学 応用心理学部 健康・スポーツ心理学科 准教授) インタビューの様子

感情労働従事者にとってストレスは宿命
上司に求められる「観察」「声がけ」とは

そもそも、なぜ感情労働従事者はストレスにさらされやすいのでしょうか。

感情は脳で認識され、制御されています。感情は自動的に発生するものなので、意識的にコントロールすることが難しいものです。

しかし感情労働では、自らの感情を我慢して抑え込まなければいけなかったり、思ってもいないことを言ったり、無理に笑顔をつくったりと、演技をする必要があります。さらに、ただ表面的に笑顔をつくる「表層演技」だけではなく、本当に申し訳ないという思いを持つように意識しながら謝罪するなど「深層演技」が求められる場面もあります。自分の中の本音と建前がぶつかることによって葛藤が生じると、ストレスにつながっていくのです。この葛藤を「感情的不協和」と呼びます。

また、顧客からのクレームを受ければ嫌な思いをするでしょうし、相手への恐怖という感情を抱くこともあります。こうしたネガティブな感情自体が不快なものなので、さらにストレスが蓄積されます。

このように、感情労働従事者はさまざまな要素が積み重なってストレスを抱えていくことになります。

感情労働である以上、ストレスを避けることは難しいということですか。

はい。ストレスは宿命だと捉え、どう向き合うかが重要です。

仕事である以上は「ストレスを感じるのが嫌だからやらない」というわけにもいきませんよね。野球選手で例えるなら、バッターボックスに立つことは避けられないわけです。打てるか分からないというストレスがありますし、デッドボールを受けてしまうかもしれないという恐怖心もあるかもしれません。いざというときを考え、けがを最小限にするためにプロテクターなどの準備をして、ストレスと向き合わなければいけない。そうした対策が感情労働でも必要です。

部下を持つ上司の立場で考えると、ストレスにさらされているかもしれない部下をいかにサポートするかが重要だと思います。上司はどんなことに取り組むべきでしょうか。

まずは、部下の仕事にどこまで感情労働の要素があるのかを注意深く観察するべきだと思います。

なぜなら感情労働は目に見えにくいからです。同じ職種であっても感情労働の程度にはグラデーションが存在します。同じ職場にいても、どこまで部下や同僚が感情労働と向き合っているのか、ぱっと見では判断できないこともあるかもしれません。肉体労働なら目に見えますが、感情労働は見えにくいのでサポートもしづらいのです。

一方、上司のサポートや働きかけによって、部下のストレスを軽減できる場合もあります。

これはまだ明確な研究結果を得られていないのですが、私は以前、クレームを受けた部下に対して上司が一言「お疲れさま、大変だったね」という言葉をかけるだけでも、ネガティブな感情の収まりが早くなるのではないかと考えて実験したことがあります。学生を対象としたシミュレーション実験ではありますが、効果につながる兆候は見られました。

クレーム自体はストレスを感じるマイナスの出来事かもしれませんが、その後の上司のアクションによって支援できるのですね。

はい。私は感情労働を演技の要素から分析できるのではないかと考え、俳優に話を聞いたことがあります。より良い演技ができる条件を聞いたところ、「終わった後の観客の拍手」が次の良い演技につながっていることが分かりました。

感情労働の多くは、同じように演技をしていても拍手をもらえることは少ないのが現実です。感情労働における演技の成果を認めてもらうための仕組みがない中では、管理職が声をかけるだけでもプラスの効果が生じるのではないでしょうか。部下は「演じるのも無駄ではない」というポジティブな気持ちになれるのです。

感情について学ぶことで情動知能(EQ)を高め、
感情労働のポジティブな側面を引き出す

ストレスなどネガティブな面に目が行きがちですが、感情労働に従事すること自体にもポジティブな面はあるのでしょうか。

あります。私が行った調査・研究では、仕事でさまざまな種類の感情を表現するほど、職場へのエンゲージメントが高まったり、仕事の満足感が高まったりする傾向が見られました。海外の数多くの研究でも、感情労働が仕事の達成感を高める可能性が指摘されています。顧客とやり取りをしてうまくいった場合は、相手から感謝されるなどの良いフィードバックが得られますし、自分自身のスキルアップやレベルアップも感じられるでしょう。こうした部分がポジティブに作用しているのだと考えられます。

また、感情をコントロールしている「持続時間」の長さが、仕事の達成感の向上に関連するとも考えています。人と流れ作業のように関わる仕事よりも、じっくりと人と向き合う感情労働の方が、やりがいを強く感じられる可能性があるということです。

相手がいる仕事だからこそ生まれる、やりがいがある。これも感情労働の本質です。人が従事する感情労働をすべてなくすことは現実的には不可能なので、ポジティブな面にも積極的に目を向けるべきだと思います。

感情労働従事者がやりがいや達成感を得やすくするために、企業や人事が支援できることはありますか。

自分や周囲の人の感情に気づき、適切に理解して対応する力を指す「情動知能」(EQ)に目を向けることが重要だと思います。

肉体労働に従事する場合は、重いものを持つときはどの筋肉を使うのか、腰痛を防ぐためにはどう筋肉を動かせばいいのかといった知識を講習で伝えますよね。感情労働でも同様に、感情はどのような場面でどんな働き方をするのか、どんなふうにケアをするべきなのかといった知識が大切です。

私たちの研究では、情動知能が高い人は低い人と比べて、ストレスが強い状況でバーンアウト(燃え尽き症候群)につながりづらいことが分かっています。さらに情動知能が高い人は、仕事で強い不快感を経験するほど、やりがいを強く感じるという結果が出ています。

感情に意識的になる、感情についての知識を持つ、感情面でのスキルを高めるといった意識変革や動機づけを人事が主導できれば、従業員の情動知能を高められるでしょう。長期的には、レジリエンス向上といった成果につながる可能性もあります。

情動知能はトレーニングによって高められるものなのでしょうか。

持って生まれた素質や個人差が大きいため、必ずしも、誰もが情動知能を激変させられるわけではありません。ただ、「50メートル走のタイムを0.1秒短縮する」やり方があるように、適切なトレーニング方法を知ることで少しずつ向上させることはできると考えています。

関谷大輝さん(東京成徳大学 応用心理学部 健康・スポーツ心理学科 准教授)インタビューの様子

自分や他人の感情を冷静に観察できるようになれば、
より強固なチームワークを築ける

自分や他人の感情について深く考えることはほとんどないように感じます。個人レベルで日々意識するべきことがあれば、教えてください。

まずは自分自身の感情に敏感になることを意識してみてください。

たとえば自分の中に生じる怒りについて。よく考えてみれば、怒りにも「ムカムカ」や「イライラ」など、さまざまな種類とレベルがあることが分かります。怒りの感情は突然発生するのではなく、何らかの要因によって引き起こされていることも見えてくるでしょう。私の場合は時間に迫られるとイライラしてしまう傾向があります。そうした自分の感情の動きを分析して、自分の特徴を理解するのです。

日々の中で自分の感情に起きたことを、手帳やスマートフォンのメモなどに書き残しておくことも効果的です。誰かに見せるための記録ではありません。自分の感情に起きたことを記録し、整理していけば、後々自分の感情の特徴を言語化していく際に大きな助けとなるでしょう。

これは速効性のある方策ではなく、取り組み始めたからといって明日から何かが劇的に変わるわけではありません。それでも、自分自身の感情の実際を知ることが非常に重要なのです。感情のことをよく知らないままだと、「よく分からないけどムカムカする」といった状態のまま。一方、知識があれば、自分に起きた出来事をベースにしてメタ認知することにつながります。

また、何かとイライラしてしまう自分に嫌悪感を持つこともあるかもしれませんが、自分自身を俯瞰(ふかん)できるようになれば「この感情を否定する必要はない」と気付き、ポジティブに捉えられるようになるはずです。周囲の人の感情も冷静に観察できるようになるでしょう。

ある程度の社会人経験や人生経験を積み重ねると、「自分は怒りっぽい性格だ」などと固定概念にとらわれている人もいると思います。そうした人も少しずつ変われるのでしょうか。

変わっていけると思います。自分自身のことを決めつけてしまうのは、ワンパターンの怒りしか知らないからです。本当は自分の中にもさまざまな感情があるはず。そのパターンやバリエーションを認識するほど、「自分は怒りっぽい」と単純化して片付けることはできなくなっていくと思います。

そもそも感情はコントロールしづらいものであり、一つの型にすべてを当てはめられるほど甘いものではありません。感情は排せつと同じ生理現象のようなものです。思うようにはならず、できるのは一時我慢することくらいです。だからこそ適切な対応方法を知り、適切な処理をしなければなりません。

感情に敏感になれば、怒りっぽいと思っていた自分のポジティブな面もたくさん見えてくるでしょう。「自分はこんなことで喜ぶ」「自分はこんなときにうれしいと感じる」など。そうした情報を組織内でシェアすることができれば、より強固なチームワークを築いていけるのではないでしょうか。

感情については解明されていない部分が多く、未知の領域が残っています。しかし今後の研究が進んでいけば、人や組織の課題を解決するヒントがどんどん得られるようにはるはず。人事パーソンの方々もぜひ感情に関心を向け、感情について知るための場を設けてみてください。

関谷大輝さん(東京成徳大学 応用心理学部 健康・スポーツ心理学科 准教授)

(取材:2023年8月28日)

企画・編集:『日本の人事部』編集部

Webサイト『日本の人事部』の「インタビューコラム」「人事辞典「HRペディア」」「調査レポート」などの記事の企画・編集を手がけるほか、「HRカンファレンス」「HRアカデミー」「HRコンソーシアム」などの講演の企画を担当し、HRのオピニオンリーダーとのネットワークを構築している。

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