今こそ求められる「キャリア自律」、
その実現のために人事は何をすべきか?
慶応義塾大学大学院 政策・メディア研究科 准教授
コーポレートユニバーシティ・プラットフォーム代表取締役
小杉 俊哉さん
キャリア自律実現へのアプローチ
それでは、キャリア自律をどのように実現していけばいいのでしょうか。
キャリア・セルフ・リライアンス®(CSR)というプログラムを、例に取って紹介しましょう。もともとは、シリコンバレーにある非営利法人キャリア・アクション・センターで開発された個人のキャリア開発を支援するプログラムで、サン・マイクロシステムズ、ヒューレット・パッカード、アップルなど、企業内での研修プログラムとしても評価されてきました。1994年に、ハーバードビジネスレビュー誌に共同創立者の論文が掲載され、それが話題となって日本にも紹介されました。
このプログラムの定義は、「めまぐるしく変わる環境の中で、自らのキャリア構築と継続的学習に積極的に取り組む、生涯に亘るコミットメント」です。世の中はめまぐるしく変化していく。将来、こうしていけばこういうキャリアが築けるということは、もはや分からない。その中で、自分のキャリア構築と継続的学習はセットである、と言っているのです。いろいろなキャリア開発のプログラムがありますが、CSRはかなり本質的な、自分の生き方そのものに関わってくる捉え方をしているプログラムだと思います。
というのも、キャリアを仕事の経歴という狭義の意味で捉えているのではなく、自分が社会とどう関わっていくのか、社会との接点や自分のプライベートも含めたライフスタイルそのものと捉えているからです。仕事や狭い意味での経歴だけを取り出してキャリアを考えても、その裏側には必ずoffの時間があります。そうした全体を含めて、同じ人間がやっているわけです。切り替えてやっている人もいますが、そんなに簡単にできるものではありません。CSRは広い意味でキャリアを捉えて、どう人生に関わっていくかという形で自分を見直していくプログラムなのです。
具体的には、どのような内容となっているのですか。
プログラムは2日間ないしは2.5日間をかけて、ワークショップ形式で行います。1日目は「CSRとは何か、なぜ必要なのか」を考える導入セッションで、自分の「性格指向」「タイプ」や「価値観」「スキル」「動機」を棚卸しして、自己理解を行います。2日目は「環境分析」や「ネットワーク分析」を行い、それらを踏まえて、自分の「キャリアビジョン」と「キャリア開発プラン」を完成させます。
まずは、なぜキャリア自律が必要なのか、自律とは何か、キャリア自律の定義、自律しないとどうなるかなど、具体例を交えながら十分に理解することから始めていきます。キャリア自律のことを正しく理解していない人が多いですから、この導入部分がとても大切です。
キャリア自律を全面的に採用した場合、当面はデメリットが起きることになります。それで多くの企業は、やはりキャリア自律を取り入れたのは失敗だと思うわけです。しかし、そんなことは最初から分かっているのです。失敗と思わず、短期的なデメリットを乗り越えたその先に、個人にとっても組織にとっても素晴らしい果実が待っているのであり、それでもやりますか?という話をします。そういう覚悟を、個人も組織も持つことができるかどうか。そこがポイントとなります。
導入セッションの次には、何が来ますか。
キャリア自律はどうも良さそうだと納得した上で、自己理解に進みます。最初に、価値観を記した独自の「バリューカード」を使います。カードをソートしていって、自分の価値観ベスト10を探していきます。
自己理解の2つ目として、MBTI®(性格検査)を使います。事前に受けた検査をもとに、2時間半をかけて、自分に一番ぴったりする性格特性や志向を探します。その過程で、多くの「気づき」を得るわけです。MBTI®を使うことによって、他の参加者の性格特性もよく分かるようになります。つまり、人には多様性があるということ。それを認めて、お互いに不快になることなく、その違いについて論じることが必要だということに気づく副次的な効果もあります。
自己理解の3つ目がスキルです。これもカードを使って、自分のスキルや知識、行動特性やコンピテンシーなどにおいて、開発されているもの、開発されていないものを段階付けしていきます。これまで身に付けてきた、スキルや知識の棚卸し作業です。
そして、今までのキャリアライフストーリーを探っていきます。自分が非常に動機付けされて、達成感を持っていた時期や仕事、イベントなどを思い起こします。一方、非常にやる気がなかった、自分自身が沈んでいた、そういう時期には、どういう仕事や状況だったのかについて、思い返します。そして、これらを他の人と共有していきます。自分はどういうスキルを使っているとき、どういう価値観を大事にしているときに達成感があったとか、やる気に満ちていたとか、そうしたことを他の人の協力を得ながら、振り返ってもらいます。
自己理解は、グループワークで行うことによる効果が大きいわけですね。
そうです。ここでは、どういうスキルを使うと自分自身が達成感を得られるか、動機付けとなるスキルは何なのかということを探っていきます。そして、動機付けとなるスキルと、開発されている・されていないスキルとを組み合わせていくことにより、自分の強みや弱みが明らかとなってきます。つまり、動機付けが高くて開発されているスキルが強み。一方、動機付けが低くて開発されていないスキルが弱みとなるわけです。こういうマトリックスの中で、自分のスキルを見ていきます。何より、スキルが一覧できるので、どういうふうな形で組み合わせて強みを作っていくか、といったことがよく理解できます。
こうした内容で、1日くらいかけて自己理解を促していきます。その後、自分を取り巻く人的なネットワークの棚卸しを行います。キャリアの成功には、ネットワークが大きく関わってくるからです。
表を使って、自分はどのようなネットワークを持っているのかについて、棚卸しを行っていきます。例えば、自分にはどのような人脈があって、その中で普段コミュニケーションを取る人、そして新しいアイデアを相談する人にはどのような名前が上がるか。その際、同じような人たちが上がってくると、アイデアの広がりの展開が少ないのではないか。そうした気づきを持ってもらうワークを行います。結果的にどういう気づきを得るかというと、仕事を一所懸命やっている人ほど、「ネットワークが狭くなっている」ということ。あまりに自分のネットワークが狭かったと、受講者の9割以上がそう言っています。
ネットワークの最大のメリットは、自分を客観的に見られること。仕事とは関係のない本を読んでいて気づきを得られるのと同じように、全く違う世界の人たちと話していると、直接的ではなくても、大変多くの気づきがあります。また、仕事は違っても、同じような悩みや解決策などを共有することで、そこから新たな進展が生まれてくることもあるでしょう。そういう大きなメリットがあるにもかかわらず、自分にはネットワークができていない現実を知らされることになります。
同じ会社や組織でずっと過ごしていると、ネットワークを構築する感度が低くなってきてしまう気がします。
多様性のある人脈を持っていると、さまざまな知恵を授かることができます。物理的に助けてもらうこともできるし、自分自身が気づきを得ることもある。そうしたネットワークがないと、社会的にも成功できません。ベンチャー企業の社長たちをみると、ネットワークによる力を強く感じます。
自己理解のプログラムで、自己嫌悪に陥ったり、自分の不甲斐なさを感じたりするようになるわけですか。
特に、ネットワークに関してはそうですね。「ここが一番効く」という人がとても多いです。最後のアクションプランを立てる際にも、ネットワークの幅を広げるということを記す人が非常に多い。このままでは自分はダメになっていく、そういう気づきを得る人が多いようです。プログラムでも、ここが一つの肝となります。
そして、次のステップである環境理解については、会社を取り巻く環境について分析してもらいます。世の中の大きなトレンドが、どのように会社や自分の仕事に影響を与えていくのか。その結果、どういうスキルが必要となるのかというところまで、落とし込んでいきます。
こうした場合にも、自分で気づくことが大事です。上から与えられたものでは、意味がありません。「あなたはこういうスキルを身に付けなさい」と言われても、その説明が腑に落ちていなければ、やる気は出ません。自分で、「このままではまずい」と気づかない限り、人間は行動を起こしません。
私としてはこのような前段階で、受講者に対して腑に落ちるようなアプローチを心がけています。自分で気づいたことを基に「自分なりのビジョン、将来像というのをイメージしてください」と言っています。これができていないと、会社が求める人材像を示すだけでは、具体的なアクションプランはできません。
また、アクションプランを作成する際には、将来、なっていたい最高の自分の姿をイメージしてもらいます。その時に、広い意味のキャリアなので、「仕事でどういうふうに働いているか」というイメージと、「自分のプライベートでどういう生活を送っているか」を合わせて、セットにして考えてくれと言っています。これがキャリアビジョンです。
プライベートと仕事の両方が合わさったビジョンを達成するために、この1年間、どこで何をするかを問います。行動するためにさらに噛み砕いて、それをどのように誰を巻き込み、いつまでにどうするといった具体策にまで落とし込みます。これがキャリア開発プランとなります。
さまざまなジャンルのオピニオンリーダーが続々登場。それぞれの観点から、人事・人材開発に関する最新の知見をお話しいただきます。