そのチャットでは、本音が交わされていますか?
「非対面コミュニケーション」の時代に人事が取り組むべきこととは
国立国語研究所 日本語教育研究領域 代表・教授 研究情報発信センター長
石黒圭さん
「曖昧さが許されない環境」の中で、原則と実態がかけ離れていないか
リモートワークを中心とした環境で、社内コミュニケーションを円滑にしたいと考える人事担当者は少なくありません。人事としてどのようなサポートをしていくべきか、アドバイスをいただければと思います。
文字の特徴は、記録性です。そのため、テキストを中心としたコミュニケーションでは、必然的に「オフレコのコミュニケーション」がしづらくなっていくと思います。コミュニケーションをオープンにするという意味では歓迎すべきことかもしれませんが、一方では、曖昧に進められていたからこそのメリットが失われる可能性もあります。
組織の中のコミュニケーションでは、大なり小なり「本音と建前」があるものです。人事の方は、そうしたやり取りの機微にも思いを向けるべきかもしれません。
具体的なケースを考えてみましょう。管理職の立場にいると、「ルールとしてはこうだけど、実際はもっと柔軟にやってくれてもいいよ」と部下にこっそりとささやくシーンがあると思うのです。
例えば小さなお子さんを抱えている部下がいるとします。急にお子さんが熱を出してしまい、保育園から電話がかかってきました。まだ定時までは時間があるので帰れない。そんなときにマネジャーとして、「いつも頑張ってくれているから今日は早く帰っていいよ」と声をかけることもあるでしょう。
しかし、こうしたオフレコのやり取りは記録に残るとまずい面もあるので、テキストにはできません。「報告上はこう書いておいてね」と、こっそり耳打ちする必要もあるかもしれません。もちろん勤務時間の管理は原理原則に基づくことが大前提です。しかし現場で働く一人ひとりの実態を考えると、すべてをルールに当てはめられない現実もあります。
人事として、こうしたルール外のやり取りを認めることは難しいと思います。とはいえ、人間は本音と建前を使い分けるもの。オフィスという空間を共有しているときには、曖昧に進められるメリットを生かして、さまざまなコミュニケーションが起きているはずです。
リモートワークが進む中で「働きづらさ」や「居心地の悪さ」を感じるメンバーが出てきたとしたら、その背景には、曖昧さが許されないテキストのコミュニケーションがあるのかもしれません。人事はそうしたケースも予想した上で、原則と実態がかけ離れていないかを点検する必要があるのではないでしょうか。
その際には、リモートワークであっても、テキストのコミュニケーションに頼らなくていいと思います。ビデオ会議や電話など、さまざまなコミュニケーションの道を用意し、こんな状況だからこそ、「記録には残さないので、本音のところを聞かせてください」と語りかけてみることも大事だというポイントを、ぜひ心に留めておいてください。
(取材は2020年5月21日、オンラインにて)
さまざまなジャンルのオピニオンリーダーが続々登場。それぞれの観点から、人事・人材開発に関する最新の知見をお話しいただきます。