不確実性の時代に企業や人事はどう行動すべきか
「変化対応能力のある組織」をつくるダイバーシティとキャリア自律
慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科 特任教授
高橋俊介さん
グローバル化によるビジネス環境の急速な変化、少子高齢化にともなう人手不足、働き方改革への対応、さらには突然の大規模災害や感染症に備えての対策まで、企業はさまざまな課題に直面しています。先の見通せない時代にあって、人事は何を基準に行動すればいいのでしょうか。また、激しい時代の変化に向き合いながら、どのような組織をつくっていくべきなのでしょうか。「自律組織・自律人材」という考え方を通じて、来たるべき時代にふさわしい組織や人材のあり方を提言し続けている、慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科 特任教授の高橋俊介さんにお話をうかがいました。
- 高橋俊介さん
- 慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科 特任教授
たかはし・しゅんすけ/1954年生まれ。東京大学工学部卒業、米国プリンストン大学工学部修士課程修了。日本国有鉄道(現JR)、マッキンゼー・ジャパンを経て、89年にワイアット(現タワーズワトソン)に入社、93年に同社代表取締役社長に就任する。97 年に独立し、ピープルファクターコンサルティングを設立。2000年には慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科教授に就任、11年より特任教授となる。主な著書に『21世紀のキャリア論』(東洋経済新報社)、『人が育つ会社をつくる』(日本経済新聞出版社)、『自分らしいキャリアのつくり方』(PHP新書)、『プロフェッショナルの働き方』(PHPビジネス新書)、『ホワイト企業』(PHP新書)など多数。
「予測可能性」が低下した時代
大規模災害や新型コロナウイルス感染症の世界的流行など、想像の範囲を超えた事象が続いています。経済や社会などで不確実性が高まっていますが、先の見えない時代において、組織や人事には何が求められているのでしょうか。
以前から「不確実性の時代である」といわれ続けてきましたが、特に現在は「予測可能性が低くなった時代」ということができるでしょう。変化のスピードが速くても、方向性がある程度わかれば、それほど問題はありません。しかし、現在は予測可能性自体が大きく低下しているように感じます。その最大の要因は「デジタル化」ではないでしょうか。
人間社会は、何千年も前から変化を続けています。狩猟・採集の生活から農耕・牧畜の生活に変わったのも、一種のテクノロジーの進化です。品種改良によって収量が増加し人口も増えましたが、一方で農耕労働の厳しさや家畜から感染する疫病のリスクを考えると、必ずしも人が幸せになったとはいえません。
その次に起こったのは、工業化による産業革命です。生産性は向上して豊かになりましたが、国家間のパイの奪い合いも激しくなり、大きな戦争が何度も起こりました。こうしたテクノロジーの進化は、さらにスピードを増しています。農業革命は千年単位でしたが、産業革命は百年たらずで世界を変えました。今起きているデジタル革命は年単位、あるいは日単位かもしれません。もはや人間の把握できる範囲を超えています。
そうなると、誰もが「この先はどうなるのだろうか」と不安になります。その不安にこたえるように「AIに置き換えられる仕事はこれだ」とか「IoTでビジネスはこんなふうに変わる」といった話も出てきます。しかし、私はそういった予測をそのまま受け入れることは非常に危険だと思っています。仮に方向性が正しくても、それが「いつ」起こるのかは明確ではありません。変化するのが10年後か50年後かによって、キャリアや人生の中における意味は全く違ってきます。
テクノロジーの進化は、ビジネスモデルにどんな影響を与えるのでしょうか。
例えばAIによる自動運転技術が普及すれば、運転手が不要になるだけでなく、自動車保険の代理店営業の仕事もなくなると考えられます。自動運転になると、今よりも事故率は下がります。当然、今と同じ保険料では高すぎる。保険料が安くなると、保険会社は販管費を低く抑えられるネット販売に移行せざるをえません。その結果、保険営業の仕事がなくなる、というわけです。
注目してほしいのは、営業の仕事が直接AIに奪われたわけではなく、AIによってビジネスモデルが変化し、営業の仕事がなくなることです。こうしたビジネスの変化は、それぞれの分野のビジネスモデルに精通していないとわからないでしょう。もちろん、テクノロジーの進化は今この瞬間も続いていますから、この通りになる保証もありません。
つまり、これからの組織や人事は、「誰にたずねても、この先どうなるのかは正確にわからない」という大前提でやっていくしかない、という結論になるのです。
変化への対応を可能にするダイバーシティ
将来の予測が難しくても、企業は生き残っていかなくてはなりません。どのような備えが有効でしょうか。
第一にあげられるのは多様性のある組織づくり、つまり「ダイバーシティ」です。企業は、社会的な要請や責任だけで「ダイバーシティ」に取り組んでいるのではありません。企業にもメリットがあるから、世界的な潮流になっているわけです。優秀な人材を多く集めるには、採用ターゲットを広げるしかありません。グローバル展開を目指すなら、外国人を雇用するとスムーズにいくことも多いでしょう。
ビジネスにおける創造性を高めるためにも、ダイバーシティは不可欠です。さまざまなバックグラウンドを持つ人たちが意見をぶつけあうことで、イノベーションが生まれます。特にマーケティングや企画、営業、経営などは、高度なクリエイティビティが求められる職種。昨今よく見られる社外取締役に女性や外国人を増やす選択は、極めて理にかなっているのです。
ダイバーシティに取り組む、もっとも大きな意味は「変化への対応」だと考えられます。商品開発のように状況がある程度見えてからでも変化が可能なものではなく、もっと長期的に組織や事業そのものを変えていくような対応です。
例えば20年前に現在のようなキャッシュレス化を予想できたか、また、ブロックチェーンがここまでビジネスに利用されることを見通せたかというと、到底無理だったとしかいえません。今から10年後、20年後にどんなテクノロジーやビジネスモデルが生まれているのかは「わからない」としかいえないのです。企業にできるのは、「想定不可能なことが起こることを前提とした経営スタイル」を築いておくことだけ。そのときにダイバーシティが大きな意味を持ってきます。
これまでの日本の代表的企業の多くは、特定のビジネスモデルに最適化された組織をつくってきました。意識は内向きで外部との交流が重視されない、正社員の長期雇用をベースにした日本型組織です。取引は系列中心で、組織風土に合わない人材は排除されていくしかありません。代表的な例は自動車業界でしょう。何万点もの部品を高度な技術で「擦り合わせる」ことで完成する自動車は、こうした日本型組織との相性がものすごくよかった。だから、世界の市場で勝つことができました。
しかし、今後自動車業界が根底から変わっていけば、日本型組織のままでは対応できないでしょう。EV(電気自動車)は、モーターや電池などコモディティに近い部品の「組み合わせ」でできる、むしろPCなどに近い製品です。そこで重要になるのがソフトウェア。デジタルは極めてスピードの速い分野なので、系列取引などではなく、世界でもっともイノベーティブなベンチャーと組むくらいでなければ競争に勝てません。
そのためには、内向きの安心を重視する人材ではなく、外部の初めて接するような相手とも積極的に信頼関係を結んでいける人材が必要です。こうした変化を徐々にわかってきた企業は今、大変な危機感を持っていると思います。
さまざまなジャンルのオピニオンリーダーが続々登場。それぞれの観点から、人事・人材開発に関する最新の知見をお話しいただきます。