マタハラを克服すれば企業は強くなれる
人事担当者が知るべき、本当のマタハラ対策とは(後編)[前編を読む]
NPO法人 マタハラNet 代表理事
小酒部 さやかさん
“フォローする側”も評価するダイバーシティ・インクルージョン
マタハラNetは企業向けの啓発活動も行っていますが、マタハラ防止に資する人事施策として、小酒部さんが注目されている事例がありましたら、ご紹介ください。
結局、マタハラは、人が抜けることでいろいろな軋轢(あつれき)やトラブルが生じるハラスメントなので、産休・育休や復帰後の時短勤務で女性社員が抜けたときにどう対応するか、そこが人事の腕の見せどころではないでしょうか。そうしたアイデアの一つに、「ドミノ人事」と呼ばれるものがあります。例えばキャリアのある女性が抜けた場合、その人の担当している仕事を洗い出して、彼女より少し後輩で実力も経験も少し劣る程度の社員に、抜けた女性のメインの仕事を振ります。そして仕事を振られた人が担当していたメインの仕事をまた次の人に振り、振られた人の仕事をそのまた次の人に振る……。最後に残った雑務や単純作業は、派遣社員などで補います。ポイントは、すぐに代役を務められるような人ではなく、ある程度努力しないと振られた仕事をこなせないような人に振ること。そうすれば、人が抜けたことは組織のピンチではなくなり、逆に後輩の成長を促し、組織として強くなれるチャンスにつながっていくわけです。
また、産休・育休で一人抜けたら当然、会社としては、一人分の人件費が浮きます。しかし、仮に年収400万円の女性が抜けて、四人で回していた業務を三人で回すことになっても、その頑張った三人に400万円分が分配されるようなことはほとんどありません。この仕組みを立ち上げれば、休みを取る側も、少しは気兼ねせずに休めるのに、なぜこんな単純な制度ができないのか。私の知る限りでは、1社しかないんですよ。
前回のインタビューでも、「フォローする側のインセンティブをどうするか」という視点が抜けているとおっしゃっていました。それがあれば、逆マタハラの批判も消えるのではないでしょうか。
その通りです。しかし、売上を伸ばしたとか、新しい商品を開発したとか、目に見える形での貢献の評価は対価に反映されやすい反面、誰かをフォローすることの評価が対価に反映するカルチャーが、旧来の日本の企業社会にはほとんどありません。今後は、そこにもっと重きを置いていかなければならないと思います。働く妊婦や子育てしながら働く女性は、いわゆるダイバーシティ人材です。マタハラNetでは、そうしたダイバーシティ人材をフォローする社員をきちんと評価する仕組みや、産休・育休だけでなく、結婚や妊娠を望まない社員にも長期休暇制度を導入するような取り組みを、「ダイバーシティ・インクルージョン」の一環として捉え、この考え方を広く提唱しています。
ダイバーシティではなく、「ダイバーシティ・インクルージョン」ですか。
ダイバーシティという言葉だけなら、日本でもよく使われるようになりました。しかし、そのほとんどは「多様な人材が組織内にただいるだけ」。むしろダイバーシティ人材を取り入れることが社内でお荷物になったり、他の社員へのしわ寄せになったりして、全体のパフォーマンスが落ちてしまう。そんな悩みを抱えている企業も少なくありません。
問題なのは、ダイバーシティがなぜ大切なのかも理解せず、世の中がそういう雰囲気だからと、看板を掲げているだけの偽物のダイバーシティ推進企業が存在し、そこでマタハラが起こっているという事実です。現に、私が被害に遭った会社も子育てサポート企業を認定する「くるみん」マークを取得していました。そこには、多様な人材をどう生かしあうか――「インクルージョン」(一体化)という発想が足りません。ダイバーシティ・インクルージョンとは、人をフォローする人にもインセンティブがあり、ダイバーシティ人材の活用が他の社員にも好影響を与えるような職場環境のあり方です。マタハラ対策を機に、ぜひダイバーシティから、ダイバーシティ・インクルージョンへ。それは働き方の違いを認め合い、生かし合って、企業をさらに強くする経営戦略の一つでもあるのです。マタハラを克復し、働き方の違いを認められるようになった企業は、次に懸念されるケアハラスメントも防ぐことができるでしょう。ここが勝負の分かれ目です。
マタハラNetが考えるダイバーシティインクルージョンの状態
さまざまなジャンルのオピニオンリーダーが続々登場。それぞれの観点から、人事・人材開発に関する最新の知見をお話しいただきます。