【監督行政が“ブラック企業”対策強化】
今こそ確認しておくべき、長時間労働者の「健康管理」の実務
労働衛生コンサルタント
村木 宏吉
2013年9月から、労働基準監督署による、いわゆる「ブラック企業」への集中的臨検(立入調査)が行われました(結果はこちらを参照)。また、神奈川労働局が行った調査によれば、申出のあった長時間労働者に対して義務付けられている医師による面接指導が徹底されていないことがわかりました。今後、これらの過重労働・長時間労働対策に関する指導・監督がさらに強化されていくものと思われます。
そこで、これらの指導・監督の傾向を踏まえた長時間労働者に対する健康管理のチェックポイント、実施するにあたり陥りやすいミスなどの留意点について説明します。
1. 2001年の労災認定基準改正以後、取締りが強化された理由
(1)発端は労災認定基準の改正
2001年に労災保険における過労死等に関する認定基準が改正され、「脳血管疾患及び虚血性心疾患等(負傷に起因するものを除く。)の認定基準につ いて」(平成13年12月12日付け基発第1063号)が発出されました。これは、前年に過労死等に係る訴訟において、労働省(当時)が最高裁で“3連 敗”したことを受けて改正されたものでしたが、この改正により、厚生労働省は大変な危機感を抱きました。
なぜなら、改正内容が、週40時間労働を基準として、脳・心臓疾患を発症した直近1ヵ月に100時間を超える時間外労働等が認められるか、または、 過去2ヵ月から6ヵ月を平均して80時間を超えていれば、業務の内容(過重性等)を見ることなく業務に起因するものとして労災給付を認めるという内容で あったからでした。
かつての高度経済成長期のような1週48時間労働制の時と比較すると、改正後の法定労働時間は、1週にして8時間、1ヵ月にして30時間あまり違い ます。ということは、改正前当時の基準からすると、1月に10数時間程度の残業を行う労働者が脳・心臓疾患を発症すれば、労災認定される可能性があるとい うことになります。
これは、労災認定されるケースが増えるというだけで済む話ではありません。労働災害に基因する民事訴訟において1億円を超える賠償額が少なからず認められている昨今からすれば、この基準では、多くの企業が存亡の危機に立たされかねないということを意味していたのです。
そこで、その予防対策として「過重労働による健康障害防止のための総合対策」(平成18年3月17日付け基発第0317008号。平成20年3月7 日付け基発第0307006号で一部改正)が発せられました。このところの長時間労働・過重労働による健康障害防止対策としての立入調査の強化は、これを 根拠にしています。
(2)労災認定と取締りの強化の関係
近年マスコミを賑わせている事案に、印刷会社で働いていた労働者に胆管がんが多発しているというものがあります。2013年3月にそれらの業務に従 事していて胆管がんが発症した場合には労災認定されることが認められ、それと同時に取締り(立入調査と行政指導)が強化されました。
同年10月1日からは労災認定に関する労働基準法施行規則が改正され、労働安全衛生法施行令の改正により原因物質が規制対象に加えられました。さら には、多数の被害労働者が出た大阪の印刷会社に対し、衛生管理者、産業医が選任されておらず、衛生委員会が開催されていないなど労働者の健康管理を怠って いたとの容疑で、4月に強制捜査が行われました。
労災補償の対象となる部分が拡大されると、取締りがその分厳しくなるという関係の典型的な例と言えましょう。
(3)長時間労働による健康障害防止対策は過労死予防対策
脳・心臓疾患の発症を予防するためには、健康管理をきちんと行うことと、長時間労働を抑制することが必要です。長時間労働を抑制するためには、労働 時間を正確に把握する必要があります。正確に労働時間を把握していれば、賃金不払い残業(いわゆる「サービス残業」)は生じないはずです。逆に、賃金不払 い残業の存在は、長時間労働の放置を意味しています。
2012年の労働基準法改正により1ヵ月当たり60時間を超える時間外労働の割増賃金の割増率が5割以上(中小企業は猶予)とされたのは、長時間労 働抑制の目的も含んでいます。1ヵ月当たり60時間以下であれば、労働者が脳・心臓疾患を発症しても、それが労災と認められるケースはかなり減るからで す。
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