【監督行政が“ブラック企業”対策強化】
今こそ確認しておくべき、長時間労働者の「健康管理」の実務
労働衛生コンサルタント
村木 宏吉
2 長時間労働者に対する健康管理のチェックポイント
(1)労災補償の対象となる疾病
労災補償の対象となる疾病は、次の通りです。
【1】脳血管疾患
ア 脳内出血(脳出血)
イ くも膜下出血
ウ 脳梗塞
エ 高血圧性脳症
【2】虚血性心疾患等
ア 心筋梗塞
イ 狭心症
ウ 心停止(心臓性突然死を含む)
エ 解離性大動脈瘤
(2)脳・心臓疾患の発症要因
上記疾病の発症要因(リスクファクター)は、高血圧、高血糖値(糖尿病)、高コレステロール値(高脂血症)と肥満です。これらは、定期健康診断において把握することができます。
定期健康診断において、“所見あり”との判定を受けた労働者を「有所見者」といい、受診者に占める有所見者の割合を「有所見率」といいます。1994、1995年頃には34%ほどであった有所見率(全国平均)は、増加の一途をたどり、2007年には50%を超えました。
このため、2008年度を初年度とする第11次労働災害防止計画においては、死傷災害の減少に加え、第3の目標として「有所見率の増加傾向に歯止め を掛け、減少に転じさせる」との目標が追加されました。2013年度を初年度とする第12次労働災害防止計画ではこの目標は削除されましたが、2012年 の定期健康診断の有所見率は52.7%(同)です。
(3)健康診断実施は事業主の義務
雇入れ時の健康診断と定期健康診断は、事業主(企業)に実施義務が課せられています。実施義務がある以上、その費用も事業主負担です。
健康診断について、労働安全衛生法上、事業主は次の7つの実施義務を課せられています。
[1]健康診断の実施(労働安全衛生法66条)
[2]健康診断の結果の記録(同66条の3)
[3]医師等からの意見聴取(同66条の4)
[4]実施後の措置(同66条の5)
[5]健康診断の結果の通知(同66条の6)
[6]保健指導等(同66条の7)
[7]面接指導等(同66条の8)
これらの条文のほとんどに罰則があり、罰金の額は10~数十万円ですが、安全配慮義務違反をめぐる民事訴訟で億単位の賠償判決が出ている現状を、また、これらを実施する大前提に健康診断を実施したかどうかがあることを考えなければなりません。
(4)健康診断データの入手
近年、健康診断を実施する診療機関が、そのデータを実施主体(依頼主)である企業に提出せず、労働者の自宅に送ったり「親展」文書で会社に送ってきたりして、健康診断結果の把握に苦慮している企業が多いようですが、困難だからと言ってそのまま放置してはなりません。
労働安全衛生法66条5項において、「労働者は、前各項の規定により事業者が行なう健康診断を受けなければならない。ただし、事業者の指定した医師 又は歯科医師が行なう健康診断を受けることを希望しない場合において、他の医師又は歯科医師の行なうこれらの規定による健康診断に相当する健康診断を受 け、その結果を証明する書面を事業者に提出したときは、この限りでない」と規定し、労働者の受診義務を明文化しています。就業規則や安全衛生管理規程にこ のことを規定しておくべきでしょう。
そのうえで、診療機関から個人別データを入手するために、労働者全員から「会社が健康診断結果を直接入手することに同意する」旨の同意書を得ておく必要があります。これさえ示せば、診療機関は安心してデータを提供してくれます。
(5)保健指導と面接指導
労働安全衛生法において、保健指導と面接指導が、事業主の行うべき事項として定められています。
【1】保健指導
事業者は、定期健康診断(労働者が受診した場合を含む)等の結果、特に健康の保持に努める必要があると認める労働者に対し、医師または保健師による保健指導を行うように努めなければなりません(労働安全衛生法66条の7)。
健康診断の結果に基づき、健康管理上必要な指導を行い、生活習慣や運動習慣の改善に努めるということです。
【2】面接指導
長時間労働に関係するのはこちらです。直近1ヵ月に100時間を超える時間外労働行った労働者から申出があった場合には、事業者は、医師による面接指導を行わなければならないというものです(同66条の8第1項、労働安全衛生規則52条の2)。
労働者から申出がなければ実施する必要はないと考えることもできですが、産業医は、対象労働者に対して、「申出を行うよう勧奨することができる」と されています(同52条の3)。また、労働者からの申出を待つよりも、企業側から受診を働きかける姿勢が望ましいところです。面接指導の項目は、次の通り です(同52条の4)。
ア 当該労働者の勤務の状況
イ 当該労働者の疲労の蓄積の状況
ウ 前号に掲げるもののほか、当該労働者の心身の状況
保健指導にせよ面接指導にせよ、実施後には記録を作成し、5年間保存しておく必要があります。
人事の専門メディアやシンクタンクが発表した調査・研究の中から、いま人事として知っておきたい情報をピックアップしました。