女性の更年期に対する職場での取り組み
マーサージャパン株式会社 グローバル ベネフィット コンサルティング アソシエイト コンサルタント 今井 麻衣子氏
健康経営とよく聞くが、認定を受けるための形式的なものになっていないだろうか。必要な施策展開ができているのか、今一度考えてみていただきたい。
施策を検討する際、「従業員の病欠・休職を防ぐ」だけでなく、「生産性の低下を防ぐ」観点も求められる。病欠・休職することをアブセンティーズム(absenteeism)と呼ぶ。欠勤には至っていないが、「心身の健康問題を理由に生産性が低下している状態」をプレゼンティーイズム(presenteeism)と呼ぶ。更年期症状・障害、うつ病、がん、肥満、花粉症など様々な要因がプレゼンティーイズムを起こす。企業として、従業員のパフォーマンス低下を防ぐ取り組みも重要だ。
本コラムでは、プレゼンティーイズムを生む一つの要因となっている「女性の更年期」に対する取り組みについてフォーカスする。なお、更年期症状・障害は男性にも起きる。男女問わず更年期症状・障害、その他の健康問題に起因するプレゼンティーイズムへの施策検討のヒントになれば幸いだ。
女性特有の健康課題による経済損失-年間3.4兆円
経済産業省が行った試算によると、女性特有の健康課題による社会全体の経済損失額は年間3.4兆円に上る 1。この調査では、職場での対応が期待される4つの項目(月経随伴症、更年期症状、婦人科がん、不妊治療)が試算対象となった。中でも、最も損失額が大きいとされるのは女性の更年期症状に起因するものであり、更年期症状のために発生する欠勤、職場でのパフォーマンス低下、離職の損失額、離職に伴う追加採用活動の費用は年間で合計1.9兆円と推計される。
更年期とは閉経前後5年の期間を指し、一般的に45~55歳が該当するといわれる。更年期症状は身体(ほてり、発汗、頭痛、動悸等)、精神(気分の落ち込み、イライラ、不眠等)の双方に現れる。更年期症状のために、日常生活に支障が出ている状態を「更年期障害」と呼ぶ。
2018年に日本医療政策機構が行った働く女性の健康増進調査 2 では、対象者の46%が「更年期症状・障害の影響により、仕事のパフォーマンスが元気な状態のときと比較して、半分以下になる」と回答している。
1 経済産業省 ヘルスケア産業課. (2024). 女性特有の健康課題による経済損失の試算と健康経営の必要性について. 経済産業省
2 日本医療政策機構. (2018). 働く女性の健康増進調査 2018. 特定非営利活動法人 日本医療政策機構
海外における女性の更年期と職場の動向
日本だけでなく、イギリスやアメリカでも、女性の更年期と職場に関する調査が実施されている。
イギリスの更年期の女性を対象とした調査では回答者の内、「職場で更年期症状・障害について相談できない」と答えた割合が73%、「職場で何もサポートを受けていない」と答えた割合が63%となった 3。2022年にイギリスの行政機関(The Civil Service)は、Menopause Workplace Pledgeに署名した 4。誓約内で更年期の女性も働きやすい職場づくりに取り組むことを表明しており、行政としても解決すべき健康課題として重きをおいていると読み取れる。
アメリカの医療機関Mayo Clinic(メイヨー・クリニック)が行った調査によると、4,440人の回答者の内、11%が更年期症状・障害のために、過去12か月に少なくとも1回は仕事を欠勤、早退、離職をしたとの結果がでた。欠勤、早退、離職による経済的損害額は10億ドルにのぼると推計される 5。
どちらの国も日本同様に、更年期症状・障害に対する職場でのサポートが不十分であるとの調査結果が出ている。では具体的にどのようなサポートを企業は提供したらよいのだろうか。以下では取り組み例を紹介する。
3 Irwin Mitchell. (日付不明). Tackling the Menopause Taboo in the Workplace. Irwin Mitchell.
Local Government Association. (2024年6月18日). Menopause factfile. 参照先: Local Government Association
4 Civil Service becomes largest organisation to sign Menopause Workplace Pledge. (2022). 参照日: 2024年6月18日, 参照先: GOV.UK
5 FadalSchurman and TamsenBradley. (2024年1月11日). How Companies Can Support Employees Experiencing Menopause. 参照日: 2024年6月28日, 参照先: Harvard Business Review
(2023). Impact of Menopause Symptoms on Women in the Workplace. Mayo Foundation for Medical Education and Research Published by Elsevier Inc.
更年期症状・障害に対する企業の取り組み例
1. フレキシブルな就業形態
- 症状によっては通勤/退勤ラッシュ時間帯での移動が難しい場合もある。ラッシュ時間を避けての時差勤務や在宅勤務を認める
- 更年期症状・障害の治療のための有給休暇を付与する(症状/性別を限定せず、健康問題に対する有給休暇制度を設けることを勧める)
2. 職場環境のアレンジ
- 職場で急に頭痛、動悸、発汗などの症状がでた場合に、室温が低く、静かな空間や部屋へアクセスできるようにする
- 体温調整のために、机上へ小型扇風機を設置できるようにする
- 化粧室、更衣室、水飲み場に近い座席を用意する
- 発汗等の症状がある場合、対面ではなく、オンラインミーティングでの会議参加を認める。またカメラをオフにして参加することを認める
3. 外部サービスの活用
- 社外の専門医とのオンライン診療、カウンセリングサービスを提供する
- 女性の健康管理に特化したデジタルサービスを利用する(オンラインプラットホーム上で専門家への相談、更年期に関する動画配信を視聴)
4. 従業員への教育
- 女性従業員に限らず、組織全体の更年期症状障害に対する理解を促進する。ニュースレターの配信、講習、eラーニングによって、更年期について学ぶ機会を提供する
- 性別を問わずマネージャー層に対して、更年期を迎えた部下のサポート方法を学ぶ、考える機会を与える
日本企業の具体的な取り組み事例は、厚労省の「働く女性の心とからだの応援サイト」6や、経産省の「健康経営銘柄2024 選定企業紹介レポート」7を参照いただきたい。
上述の1.~3.のような取り組みを効果的にするために、必要なのが4.従業員への教育だ。更年期症状は個人差が大きく、治療方法も様々である。当事者が自身の身体に起きる変化を正しく把握し、理解することが重要だ。
健康、医療に関する情報を入手し、正しく理解し、活用する能力のことをヘルスリテラシーと呼ぶ 8。従業員のヘルスリテラシーの向上は、健康経営の土台となる要素として、健康経営認定項目の1つとしても設定されている。またヘルスリテラシーの高い女性の方が、更年期症状・障害時において仕事のパフォーマンスが高い、との調査結果もある 9。
専門家へ相談するまで、自身に起きている症状が更年期によるものであると認識をしていない、何も治療・対策をとっていない女性も少なくない。従業員本人が、どのように自身の症状と向き合えばいいのか分からないまま、1.フレキシブルな就業形態、2.職場環境のアレンジといった選択肢を与えられても、仕組みは正しく活用されず、形骸化してしまう。
一方で、すでに更年期症状・障害に対する各種施策を展開しているものの、利用者が少ないという企業もあるのではないだろうか。前述の各国調査の通り、更年期について職場で相談しづらいと感じる従業員は少なくない。職場で相談がしづらいと感じているが故に、次のようなことが起きていると想定される。
- どのようなサポートが必要か的確に企業が把握できず、施策が従業員のニーズとマッチしていない
- 制度活用するにあたって、マネージャーの承認が必要。しかし相談しづらく、言い出せずにいる(例:通勤ラッシュ時を避けるため、勤務時間の変更をマネージャーへ申請する)
ここで、マーサーが属するマーシュ・マクレナン内での海外の取り組みを紹介したい。イギリスのグループ会社では更年期に関するガイドラインを策定している。社内オンラインプラットホーム上に、サポートグループを設け、更年期に関する情報収集や質問ができる。
加えて、更年期をテーマとした対話式のポッドキャストを配信している。ポッドキャストでは、ホストであるマネージャーが社内外のゲストを呼び、自らの経験も交えつつ、更年期症状・障害や対応方法について対話をする。企業として更年期症状・障害に対するサポートを提供するメッセージを明確に打ち出している。
このマネージャーのようなアドボケイトが職場にいることで、「更年期について職場で相談してもいい」と認識を従業員は持ちやすくなる。ビジネスラインや拠点単位で任命し、相談しやすい風土づくりに着手してみてはどうだろうか。ベンダーの中には、アドボケイトを育成するためのオンライン学習コースを提供している場合もある。
6 厚生労働省. (2024年6月18日). 働く女性の心とからだの応援サイト. 参照先: https://www.bosei-navi.mhlw.go.jp/
7 健康経営優良法人認定事務局. (2024年3月11日). 健康経営銘柄2024 選定企業紹介レポート. 参照日: 2024年6月18日, 参照先: ACTION!健康経営
8 福田洋. (2020). 特集・健康経営と予防医学 健康経営とヘルスリテラシー. 予防医学 第61号, 19-28.
9 日本医療政策機構. (2018). 働く女性の健康増進調査 2018. 特定非営利活動法人 日本医療政策機構.
従業員一人ひとりの生産性向上へ
健康問題により起きる症状は個人差があり、紋切型のサポートでは不十分な場合もある。だからこそ、次のようなアプローチを検討してみてはいかがだろうか。
- 従業員本人のヘルスリテラシーを向上させ、企業が提供するサポート(就業形態、職場環境整備、外部サービス)の中から、自身にあったものを選択できるようにする
- 各種施策を形骸化させないために、健康問題について相談しやすい組織風土をつくる
女性の更年期に限らず、プレゼンティーイズムに対するアプローチとして上記の考え方が当てはまる。今後労働人口の減少が予測される中、従業員一人ひとりの生産性低下を抑止することは企業にとって喫緊の課題だ。今こそ、意義のある健康経営施策を展開し、従業員が本来パフォーマンスを発揮できる職場づくりが求められている。
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