2030年を見据えた「外国人新卒」の採用
~企業の人材獲得競争力を高める方策~
三菱UFJリサーチ&コンサルティング コンサルティング事業本部 組織人事ビジネスユニット HR第1部 アソシエイト 川上 すみれ氏
人口減少や少子高齢化を背景に、企業間の人材獲得競争はますます激化していくと予想されます。
本コラムでは2030年を見据え、留学生にとどまらない「外国人新卒」[ 1 ]の採用を通じ、企業の人材獲得競争力を高める方策をご紹介します。
2030年を見据え、なぜ「外国人新卒」の採用を検討すべきなのか
一般的に新卒の外国人人材として真っ先にイメージされるのは、日本に留学している留学生かと思います。一方、本コラムで取り上げるのは、留学生以外の外国人材も含む「外国人新卒」の採用となります。2030年を見据え、幅広い「外国人新卒」の採用を検討すべきと考える理由は以下の3点です。
1)国内の若手人材不足
国内では人口減少・少子高齢化が続き、20~24歳の年齢層の人口は2020年の632万人から、2030年には577万人へと減少すると見込まれています[ 2 ]。このため、国内の若手人材の獲得はより一層困難になると想定されます。
2)先進国を中心とした海外新卒層の就職ニーズ
日本の若年層の失業率(約5%)に対し、世界的にはそれを上回る水準にあります【図表1】[ 3 ]。先進国の若者の失業率が高い要因の一つは、経験・スキルを重視した「ジョブ型雇用」の採用により、未経験者や新卒者にとって最初の就職のハードルが高いことが挙げられます。このため、若年層の失業率が下がることはすぐには想定しにくい状況であり、日本にはこの先進国の若者の就職ニーズを取り込める潜在的な余地があると言えます。
3)言語の壁の消失
2030年に向けた労働市場を考えるにあたり、もう一つ重要な要素に「言語の壁の消失」があります。総務省が2020年に発表した「グローバルコミュニケーション計画2025」[ 4 ] では、最先端のICTやAI技術の活用により、2030年には高精度の同時通訳が普及し、言語の壁がなくなるという目標が掲げられています。
これら3点を踏まえると、テクノロジーを駆使して言語の制約なく働くことが可能となれば、海外の新卒層が国境を越えて就職先を探す動きが加速すると予想されます。若手人材が不足する日本企業は、こうした機運を早期に捉え、他国に先んじて外国人新卒を獲得することが有効な打ち手と考えられます。
「外国人新卒」を取り込むために企業が検討すべき方策
ここで対象とする「外国人新卒」とは、高いポテンシャルを持つものの、自国での新卒ポストがないために就職が難しい人材層です。世界トップクラスの企業が獲得競争を繰り広げるグローバルに通用する新卒トップ層を採用するには、トップ企業と同等の給与水準が必要となります。しかし、これは多くの日本企業にとっては厳しいものです。そのため、トップ企業と人材獲得競争をするのではなく、自社が従来国内新卒層に求める能力・ポテンシャルと同等のレベルを有する外国人を対象とし、育成を前提とした独自の採用戦略を打ち出す必要があります。採用戦略を考える際は、以下のポイントが重要です。
1)人材像の明確化
採用にあたっては、自社の経営戦略・人材戦略に基づき、求める人材像(対象地域や専門分野)を明確にし、自社の採用候補者をあらかじめ絞り込むことが前提となります。例えば、インドでの事業拡大を目指し、インド市場のマーケティング担当人材が必要である場合、インド出身の経営学を学ぶ学生がターゲット層となります。外国人新卒にとっても、人材像が明確化されていれば具体的なイメージを持ちやすくなり、ミスマッチを減らせます。
2)独自の魅力の打ち出し
外国人新卒にとって日本企業が新たな就職先の選択肢となるためには、日本企業の人材育成に関する取り組みを魅力として打ち出す必要があります。多くの日本企業の特色である「未経験・新卒を採用し、一から育てる」文化を、海外企業と異なる点として明確に打ち出します。また、他国の競合企業では得られない育成の機会があることをアピールするためには、自社の人材育成制度について丁寧に伝えることが重要です。
採用活動の際などでは、得られる専門性や今後のキャリアイメージを具体的に描けるような説明が必要です。その他、外国人新卒の定着を促すためには、自社で働き続けることで高い専門性を一から身に付けられる制度づくりも有効です。例えば外国人新卒を採用する職種へのスペシャリスト育成コース設置などが考えられます。
3)報酬水準の検討
外国人新卒を獲得するためには、競合他社との比較を踏まえ、競争力のある報酬水準の設定が必要となります。報酬水準は、採用対象者が居住する国や仕事の内容によって変わるため、状況に応じた柔軟な検討が求められます。具体的には、G7各国の平均年収を比較すると日本は最低額[ 5 ]となるため、報酬水準の引き上げ検討が必要となります。一方、報酬水準が日本と同等、または下回る国からの候補者の場合、必ずしも報酬の引き上げが必要とは限りません。自社が採用したい候補者の状況と自社の将来的な報酬水準を考慮した上での検討が重要です。
4)環境整備
自社の人材獲得競争力を維持・強化していくためには、多様な従業員にとって働きやすい環境の整備が欠かせません。例えば、「越境リモートワーク」で時差のある社員が日本時間に合わせ無理な働き方をしていないかや孤立感を感じていないかを確認するため、健康管理アプリを導入し、社員の健康管理を従来よりも積極的に行うことも効果的でしょう。さらに、リモートワークにおける社内コミュニケーションのハードルを下げるため、VRオフィスなどのツールを活用し、社員同士がいつでも気軽に相談しやすい環境を整えることも必要です。
また、仕事へのモチベーション向上と離職防止の一環として、入社時の研修は日本にて対面形式で実施し、全社員で組織風土を形成していくことで帰属意識を高める取り組みを行うことも一案です【図表2】。
まとめ
日本企業が今後も自社の成長に必要な人材を獲得していくためには、社会の変化を捉え、変化に対応した戦略を取っていくことが重要です。既に一部の企業では新卒採用で外国人人材を積極的に採用していますが、言語の障壁がなくなれば、この動きはさらに加速するでしょう。2030年を見据え、多様な人材が働きやすい環境を今から整備していくことが重要となります。
【関連レポート・コラム】
EATモデルを活用した異文化理解教育(1)
EATモデルを活用した異文化理解教育(2)
EATモデルを活用した異文化理解教育(3)
[ 1 ] 本コラムでは、日本の一般企業が国内の新卒層に求める学歴・能力と同等のレベルを有している外国人新卒層を「外国人新卒」と呼ぶ
[ 2 ] 国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口 令和5年推計」 https://www.ipss.go.jp/pp-zenkoku/j/zenkoku2023/pp202311_ReportALL.pdf(最終確認日:2024年1月25日)
[ 3 ] OECD, “Youth unemployment rate”の最新年データ(OECD女性のみ2021年、その他は2022年)https://data.oecd.org/unemp/youth-unemployment-rate.htm (最終確認日:2024年1月10日)
[ 4 ] 総務省「グローバルコミュニケーション計画2025」https://www.soumu.go.jp/main_content/000678485.pdf(最終確認日:2024年1月10日)
[ 5 ] OECD “Average wages” https://data.oecd.org/earnwage/average-wages.htm#indicator-chart(最終確認日:2024年2月6日)
三菱UFJリサーチ&コンサルティングは、三菱UFJフィナンシャル・グループのシンクタンク・コンサルティングファームです。HR領域では日系ファーム最大級の陣容を擁し、大企業から中堅中小企業まで幅広いお客さまの改革をご支援しています。調査研究・政策提言ではダイバーシティやWLB推進などの分野で豊富な研究実績を有しています。未来志向の発信を行い、企業・社会の持続的成長を牽引します。
https://www.murc.jp/
人事の専門メディアやシンクタンクが発表した調査・研究の中から、いま人事として知っておきたい情報をピックアップしました。