グラウンドキーパー
プロが認めるプロの仕事。
スポーツを“足元”から支える職人の技とは
プロ野球、高校野球、Jリーグ――華やかなスポットライトが降り注ぐ舞台の陰には常に、それを支える優れた裏方の努力と献身がある。野球場やサッカー場などのグラウンド整備を担う「グラウンドキーパー」は、その最たる職業の一つだろう。試合中、土や芝生のわずかな乱れが致命的なミスやケガにつながり、勝敗の行方や選手の人生をも左右しかねない。最高のプレーを支えるやりがいと責任が、そこにある。
天候や選手に応じて最適なコンディションを
スポーツ選手たちが最高のパフォーマンスを披露できるよう、土や芝生のグラウンドをいい状態に保つのがグラウンドキーパーの仕事だが、その“いい状態”とはいつも同じではない。むしろ生き物のように日々刻々と変化する。そこがこの仕事の難しさであり、奥深さであり、そして職人技と呼ばれるゆえんでもある。
野球場であれば、グラウンドの土を「トンボ」と呼ばれる器具や機械でならして、整地するのが日々の主な作業だが、表面をただ平らに、きれいに仕上げればいいというわけではない。試合時に降雨が予想される場合は土をやや硬く締め、炎天下では逆に硬くなり過ぎないように水を含ませるなど、天気や気温、湿度、風向きまで計算した微妙な硬軟の調整が求められる。屋外にあるグラウンドの“いい状態”は、時々の気象条件によって変わるのだ。
気象条件に限らず、プレーする選手のタイプやスタイルによっても変わってくる。足が速く機動力が武器の選手にとっては、地面を蹴る力が伝わりやすい硬めの土のほうが有利。一方で強肩の内野手は水分が多い、軟らかめの土を好む。打球の勢いが弱まるので、イレギュラー・バウンドが少なくなり、横の打球にも追いつくことができるからだ。一塁に強く速い球を投げることのできる強肩選手ならではの要望といえるだろう。
また、サッカー場では芝生の管理がグラウンドキーパーの最も重要な仕事になるが、たとえばホームチームが素早いパス回しで攻撃するスタイルなら、ボールの転がりをよくするために、試合前に芝を短めに刈ったり、水をまいたりといった手間をかける。そうして選手やチームの意見、要望を取り入れながら、ささやかな“ホームアドバンテージ”を生み出すのも、最高の舞台を支える裏方の腕の見せどころといっていいだろう。
プロの試合を開催するような規模の競技場は、スケジュールが目白押し。シーズン中は連日、試合や練習の予定が組まれ、シーズンオフもさまざまなイベントの会場として使われる。競技場でのグラウンドキーパーの作業はその隙間を縫い、グラウンドが空いている限られた時間内に完了しなければならないので、数名のチームで行うとはいえ、仕事は想像以上に忙しい。
あるプロ野球球団のホームグラウンドを管理するグラウンドキーパーの一日を例に挙げよう。ナイトゲームのある日は、まず朝から午前中いっぱいかけて、グラウンド整備と内外野の芝の刈り込みを行う。昼食後、試合前の練習に備えて、打撃ゲージなど道具をセッティング。午後2時頃から両軍の選手が全体練習を始めると、その間を利用して機械の整備や掃除をすませ、試合前の行事やセレモニーが始まる直前に、練習で荒れたグラウンドをもう一度整備して仕上げる。試合中はゆっくり観戦できるかというと、当然、そうはいかない。3回、5回、7回の終了時点で素早く整備に入り、試合終了後は仕上げの整備を入念に。延長戦に入れば、作業が深夜に及ぶことも珍しくない。シーズンオフには、芝を貼り替え、水はけを良くするために土の深い部分を掘り起こすなど、シーズン中にはできない大がかりな改修を行う。
プロの勝負や選手の人生にかかわる重い責任
野球場やサッカー場を訪れた観客は、グラウンドキーパーの努力の賜物であるグラウンドの美しさに目を奪われる。しかしその苦労を誰よりも理解し、感謝しているのは、実際にプレーする選手たちだ。たとえば、現在、プロ野球・阪神タイガーズの監督を務める和田豊氏。現役選手を引退する際のスピーチでは、阪神甲子園球場のグラウンド整備を担当する阪神園芸株式会社に「日本一の球場で常に良いコンディションで試合をさせてくれた」と感謝の言葉を述べた。また、監督に就任後の2012年6月、甲子園球場で行われた対オリックス戦は、4回に阪神が先に点を失った上に、雨が降り続き、いつコールド負けをしてもおかしくない状況だったが、その後、阪神が逆転勝ち。試合後の取材でやはり、雨の中グラウンド整備をしてくれたグラウンドキーパーをたたえるコメントを残した。
厳しい勝負に人生をかけるプロなら、その思いは当然かもしれない。グラウンドキーパーの仕事は、選手個々のプレーの精度はもちろん、試合の流れや勝敗の行方、ときに選手の人生さえも左右しかねないからだ。プロがプロに試され、認められる仕事――それだけにやりがいは大きく、責任も重い。
わずかな土の凸凹がイレギュラーバウンドを誘発して致命的なエラーを招くこともあれば、芝生のはがれた場所に選手が足を取られて大ケガをすることもある。そうしたリスクに細心の注意を払って、作業を進めなければならない。ベテランのグラウンドキーパーに自らの仕事の理想を問うと、異口同音に「選手の邪魔をしないこと」や「ボールが“普通に”転がること」といった答えが返ってくる。あくまでも謙虚。しかしその言葉の奥にあるのは、プロが認めたプロの誇りと心意気ではないか。
観察力や気配り、コミュニケーション能力も必須
土をならして固めたり、芝生を刈ったり、ラインを引いたり、グラウンドキーパーの作業は一見単純そうだが、その一つひとつを丹念に仕上げなければならず、単なる根気強さや丁寧さだけでは務まらない。経験を積めば、手入れのノウハウはある程度身につくが、大切なのは実際に自分の目でどれだけ現場をよく見るか。土壌や芝生の状態、気象条件による影響などを細かくチェックする観察力や探究心が、基本的な適性として求められる。たとえば熟練者は、芝生にムクドリが舞い降りるのを見て芝の害虫の発生を知るというが、そういう自然の変化を察知する注意力がなければ、せっかくの知識もムダになってしまう。
また、どうすれば選手がプレーしやすいかを追求する想像力や気配り、選手のニーズを引き出すコミュニケーション能力、裏方に徹し切れる献身性、他の整備スタッフと連携して作業を進める協調性などもこの仕事の適性といえるだろう。
グラウンドキーパーとして職を得るには、球団や競技場の運営会社、もしくは球団やチームによってグラウンドの管理・整備を委託された民間会社(造園業者など)に所属する方法が一般的だ。アルバイトとして働き始め、経験を積み、実績が認められて正社員に昇格する人も少なくない。採用はほとんどが不定期で、特別な資格や学歴は必要ないが、スポーツの知識や経験が重視される場合もある。収入は、雇用先や雇用形態によって異なる。たとえば造園会社や施設管理会社、イベント運営会社などに正社員として就職した場合は、基本給で月額20万円程度から。アルバイトだと、プロ野球のフランチャイズ球場で時給900円前後が相場のようだ。
グラウンドキーパーの仕事が一通りできるようになるには、個人差があるが、3年前後だと言われている。プロ野球でもJリーグでも、チームが優勝すれば、グラウンドキーパーを含め裏方が“ビールかけ”に参加する場合もある。そんな役得はめったにない。
※本内容は2014年8月現在のものです。
この仕事のポイント
やりがい | プロ野球、高校野球、Jリーグなど華やかなスポーツの舞台の土台を作ることができる |
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就く方法 | 球団や競技場の運営会社、もしくは球団やチームによってグラウンドの管理・整備を委託された民間会社(造園業者など)に所属する方法が一般的 |
必要な適性・能力 | 採用はほとんどが不定期で、特別な資格や学歴は必要ないが、スポーツの知識や経験が重視される場合も |
収入 | たとえば造園会社や施設管理会社、イベント運営会社などに正社員として就職した場合は、基本給で月額20万円程度から。アルバイトだと、プロ野球のフランチャイズ球場で時給900円前後が相場 |
あまり実情が知られていない仕事をピックアップし、やりがいや収入、その仕事に就く方法などを、エピソードとともに紹介します。