ASTD2013 International Conference & Expo
ASTD2013の基調講演
ASTDでは、毎年さまざまな分野におけるオピニオン・リーダーや有識者、経営者や実践家による基調講演が行われます。基調講演者たちの語る言葉やメッセージに耳を傾けると、現在の人材開発やマネジメントの潮流やその背景に何が起きているのかを探る手がかりを得ることができます。また、講演者の「あり方」に触れることで、多くの刺激をいただくことができます。今年も以下にご紹介する3名の基調講演者から素晴らしい学びを得られました。
情熱を持って才能を開花させる:エレメント/講演者:ケン・ロビンソン卿
ケン・ロビンソン卿(Sir Ken Robinson)
創造性および能力開発の世界的なリーダーとして、欧州やアジア各国の政府、国際機関、大企業、米国各州の教育機関、さらに世界各国の非営利団体や文化組織で活躍。TEDで行ったスピーチには、150ヵ国3億人からのアクセスがあったといわれている著書に"The Element: How Finding Your Passion Changes Everything"(邦題:『才能を引き出すエレメントの法則』祥伝社刊)がある。
一人目の基調講演者、ケン・ロビンソン氏からは、情熱と才能に関するストーリーが語られました。ロビンソン氏の講演は、TEDでも大変人気があり、日本の参加者の中にも楽しみにしていた方が多かったようです。
ロビンソン氏の講演は、「すべての人が奥深い才能を持っている。しかし、才能は天然資源のようなもので、ほとんどのケースの場合それを見つけることができていない」というオープニングのメッセージからスタートしました。
それでは、才能を開花させていくために何が大切なのでしょうか。ロビンソン氏は、それは『情熱』であると語ります。何かうまくできることをやるのではなく、本当に好きなことをやる、そして、情熱と才能が合致するところが『エレメント』であるとのことです。
講演の事例では、ピアニストになったものの、自分が本当は言葉や本に情熱を持っていることに気づいて、ピアノにふたをして編集者になり、いまは幸せに生活している女性のストーリーなどが語られました。強力な情熱を持っていれば、才能よりも先に行けるといった考えを、ロビンソン氏の豊富な体験とユーモアを交えて紹介していきました。そして、「本当に好きなことをやっているときは、肉体的に疲れていても、幸福を感じるもの」「すべての人がユニークな存在であり、生まれてきたことだけでミラクル」「人生は情熱で切り拓いていく」といった多くの力強いメッセージが語られ、刺激にあふれた講演は終了しました。
ロビンソン氏は、「多くの人が才能を見つけ出せない理由には、組織、教育がある」といった問題意識を語りました。働く一人ひとりの情熱と才能が開花するような組織のあり方、教育のあり方について、私自身も今後探求し続けていきたいと感じました。
起業家的学習者による新たな学習文化の創造/講演者:ジョン・シーリー・ブラウン氏
ジョン・シーリー・ブラウン氏(John Seely Brown)
Deloitte Center for the Edgeの共同代表であり、南カリフォルニア大学の客員教授。著書に、"The Power of Pull"(邦題:『「PULL」の哲学』主婦の友社刊)、"Storytelling in Organization"(邦題:『ストーリーテリングが経営を変える』同文舘出版刊)、"The Social Life of Information"(邦題:『なぜITは社会を変えないのか』日本経済新聞社刊)などがある。
基調講演の二人目は、ゼロックス社のパロアルト研究所の元ディレクターであり、組織学習やナレッジ・マネジメント、複雑適応系などの権威として知られるジョン・シーリー・ブラウン氏でした。
ブラウン氏からは、「21世紀のデジタルの世界によって加速度的な変化が引き起こされる中、知識のあり方がストックからフローに移行してきている。知識を保護するのではなく、どう知識創造の流れに参画するかが重要である。その中で学習のあり方も変わってきている」といったことが問題提起されました。
そうした新しい学習者のあり方を、ブラウン氏は『アントレプレニアル・ラーナー(起業家的学習者)』と呼んでいました。これは、予定調和的に与えられたもの(ストック)を学習していくのではなく、知識のフローの中で、コンテクストを読み解き、どのような状況でも学習の瞬間にできる、何からでも学べるというスタンスを持った学習者という意味合いです。こうした起業家的学習のマインドセットに立って、知識を創造していくことの大切さが述べられていました。また、起業家的学習のあり方として“Questing”“Connecting”“Reflecting”“Playing”の四つの重要性が語られました。
最後に、「20世紀は組織が個人を形作っていたが、21世紀は個人が組織を形作っていく時代になる。人は内在的に起業家的な学習者であり、こうした人たちのイマジネーションが躍動するような準備をCLOはする必要がある」と、ASTDの参加者たちにメッセージが送られました。
基調講演終了後には、プレスの取材があったのですが、その場でも、「これからは決められた知識を『プッシュ』していくような企業内学習のあり方は5年くらいで姿を消していくだろう。企業内でラーニング&ディベロップメントに携わる人の役割も、個人が自由に学び、起業家的学習が促進されるようなアーキテクトをいかに創るかといったことにシフトしていくだろう」といったお話があり、今後の私たちの役割にも大きな示唆をいただいたように思います。
人々のインテリジェンスを増幅するマルチプライヤー/講演者:リズ・ワイズマン氏
リズ・ワイズマン氏(Liz Wiseman)
元オラクル社の重役であり、17年に渡ってオラクル・ユニバーシティのバイス・プレジデントとして、グローバル・リーダーの養成に携わる。現在は、シリコン・バレーに本社を置くワイズマン・グループの社長として、世界各国でエグゼクティブ向けにリーダーシップを教える。著書に"Multipliers: How the Best Leaders Make Everyone Smarter, Harper Business" がある。
最終日の基調講演は、ウォール・ストリート・ジャーナルでベストセラーにもなった"Multipliers: How the Best Leaders Make Everyone Smarter, Harper Business"の著者、リズ・ワイズマン氏でした。
ワイズマン氏が提唱する「マルチプライヤー(Multipliers)」とは、周囲の人々のインテリジェンスを増幅させるようなリーダーを指しています。ワイズマン氏の研究と実践は、自身の経験から、周りの人の優秀さがどんどん高まっていくようなリーダー(マルチプライヤー)もいれば、逆に周りの人の力をどんどん抑圧してしまうリーダー(ディミニッシャー)もいるのはなぜか、そこにどんな違いがあるのかといったクエスチョンを抱いたところからスタートしています。
ワイズマン氏によると、その違いは周囲の人々に対してどういう考え方を持つのかという、ちょっとした違いから生まれるそうです。それはディミニシャーが「人々は自分がいないと何もわからない」と考えるのに対して、マルチプライヤーは「人々は賢く、課題を解決できる」と考えるという違いです。そして、それぞれの典型的な行動例や、現在の行動を変えていくためのヒントが紹介されました。
ここまで3者の基調講演の様子を簡単に紹介してきました。それぞれバックグラウンドの異なりますが、人々の情熱や才能、可能性を大切にしていくという成長や学習の思想や哲学、そしてそれを高めていくための教育やマネジメント、リーダーシップのあり方に何かしら共通のトレンドを感じられたような気がしました。
ASTD2013で語られた人材開発におけるキーワード
ASTD2013では、基調講演以外に、約280ものセッションが行われました。そうした数多くのセッションに参加した人々がダイアログをしていると、人材開発における傾向も見えてきます。以下に、コンファレンスの中でも比較的多くのセッションで取り扱われ、ヒューマンバリューのメンバーの関心が高かったキーワードを抜粋して紹介してみたいと思います。
【ミレニアル世代】
ここ数年のASTDでは、『ミレニアル世代』(2000年以降に社会で活動し始めた人たちで、生まれたときから電子機器、インターネット、モバイルなどを使用してきた世代。1980年から1990年ごろに生まれた人々)が職場の中で台頭してきたことがよく議題に上ってい ました。今年もその傾向は続いており、ミレニアル世代におけるラーニングやマネジメントのあり方が多くのセッションで扱われていました。
【リバース・メンタリング】
今年は、ジョン・シーリー・ブラウン氏の基調講演を始め、いくつかの場面で『リバース・メンタリング』というキーワードが挙げられていました。これは、ジェネレーションが下の世代から上の世代にメンタリングを行うことを指しています。まだ大きなテーマとしてセッションの中で扱われているわけではありませんが、ミレニアル世代の台頭とともに、世代間のギャップを埋め、組織に新しい世代の知恵を取り込む一つの方法、そしてミ レニアル世代の育成の機会として、今後さらに注目を集めていくキーワードとなっていくことが考えられます
【キュレーション】
今年のコンファレンスでは、複数のセッションで、「キュレーション(Curation)」というキーワードが扱われていました。キュレーションという言葉は、一般的には美術館や博物館などの学芸員(キュレーター)が、テーマに沿って作品を収集、編集して紹介する行為を指すものですが、昨今では、「デジタル・キュレーション」という言葉の使われ方があるように、日々の膨大な情報の中で、個々の情報をつないで、そこに意味や新たな価値や意味を生み出していくプロセスとしても使われ始めているようです。ナレッジがストックからフローに移った時代の中で、ラーニングの分野におけるキュレーションの考え方が注目を集めていました。
【グローバル・ヒューマン・リソース・ディベロップメント】
ASTDは、2011年に「グローバル・ヒューマンリソース・デベロップメント」というトラックを新設し、「グローバル」という視点をより鮮明に打ち出すようになりました。それ以来、グローバルの変化の動向や取り組み事例を扱ったセッションへの関心は年々高まっています。今年もアメリカン・マネジメント・アソシエーション(AMA)とリーダーシップ・リサーチ・インスティテュート(LRI)が共同で行った「LEADING IN A WORLD WIDE MARKET」の調査結果が共有されるなど、その傾向は続いていました。
【ニューロサイエンス】
今年の大きな傾向としてニューロサイエンス(神経科学)が挙げられます。ニューロサイエンスという言葉自体は数年前から徐々に増えていましたが、今年のコンファレンスではセッション・テーマに取り上げられている量が大幅に増えていました。ASTD側も人々のディベロップメントを加速させる領域として注目しているようです。
【タレントとエンゲージメント】
「タレント」と「エンゲージメント」は、これまでもASTDのセッションで扱われてきたテーマですが、今年は「タレント」と「エンゲージメント」という言葉が一緒に語られるという傾向がありました。ケン・ロビンソン氏の基調講演の中でも才能を引き出すものとして、情熱が語られていましたが、「タレントがあっても、パッションやエンゲージメントのようなものがないとそうしたタレントが引き出されない、活かされない」という考え方が共通認識として出来上がってきているように見受けられました。
以上、ASTD2013で語られてきたキーワードを紹介しました。すべてが紹介できたわけではありませんが、人材開発の潮流が少しでも感じていただけたら幸いです。こうした潮流を探求しながら、日本における人材・組織開発のあり方を高めていけたらと思います。
※キーワードや傾向について、より詳しくは、ヒューマンバリューのホームページにおいても紹介しています。ご興味ある方は、そちらもご参照ください。
http://www.humanvalue.co.jp/hv2/conference/astd/post_67.html