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日本の人事部「HRアカデミー」開催レポート
人事評価を「人材」と「企業」の成長につなげる
メルカリの事例に学ぶ、従業員の活躍を促す「人事評価制度」

株式会社メルカリ 執行役員 CHRO

木下 達夫氏

木下 達夫氏(株式会社メルカリ 執行役員 CHRO)

近年、多様な雇用形態や多様な国籍の人々で構成された職場の増加、テレワークの浸透、業務のIT化など、企業環境に大きな変化が起きている。そうした変化に伴い、人材を適正に評価する「人事評価制度」が注目を集めつつある。状況が変わる中でどうすれば納得感のある人事評価制度をつくれるのか。グローバル化で多様な人材への対応のため、2021年に人事評価制度を刷新したメルカリCHROの木下氏がその内容を解説。社員の活躍につながる「人事評価制度」について参加者でグループディスカッションを行った。
※本講座は2022年3月に開催しました

Profile
木下 達夫氏
株式会社メルカリ 執行役員 CHRO

(きのした・たつお)P&Gジャパン人事部に入社し採用・HRBPを経験。2001年日本GEに入社、北米・タイ勤務後、プラスチックス事業部でブラックベルト・HRBP、2007年に金融部門の人事部長、アジア組織人材開発責任者を務めた。2011年に8ヵ月間のサバティカル休職取得。2012年よりGEジャパン人事部長。2015年にマレーシアに赴任し、アジア太平洋地域の組織人材開発、事業部人事責任者を務めた。2018年12月にメルカリに入社、執行役員CHROに就任。

人事評価制度を刷新する上でのポリシーとは

メルカリは内なるグローバル化を進め、現在はエンジニアの半数を外国籍の人材が占める。世界中から人材を募集しており、世界の多様な人材に対応するために人事評価制度のアップデートを推進。2021年には制度を刷新した。

木下氏はまず、制度刷新にかけた思いを語った。

「企業の人事評価制度に正解はありません。今日は一つの参考事例として聞いてください。皆さんの企業にとっても、評価の全体最適を図ることはとても重要なことだと思います。より良い評価制度をつくることは、人事の腕の見せ所になるのではないでしょうか」

木下氏は制度改定において、「全体方針やポリシーについて経営陣とコンセンサスを得ること」が大事だと語る。メルカリでも数ヵ月をかけて、人事制度ポリシーについて経営陣と話し合ったという。

ちなみに、メルカリグループのミッション/バリューは次のようなものだ。

メルカリグループ ミッション
  • メルカリ:新たな価値を生み出す世界的なマーケットプレイスを創る
  • メルペイ:信用を創造してなめらかな社会を創る
メルカリグループ バリュー

Go Bold 大胆にやろう
All for One 全ては成功のために
Be a Pro プロフェッショナルであれ

「メルカリではミッション、バリューが他社とは比較にならないほど組織に浸透しています。理由はまだ設立から9年目でほとんどが中途採用であり、皆がこのミッション、バリューに共感して入社しているからです」

このミッション、バリューをもとに人事制度のポリシーが決定された。それが「個人と組織の非連続な成長の実現」だ。そして、目指すものは「WIN-WIN MAXの実現」だ。

「人事制度においては、会社の非連続な成長のため、個人と組織にも非連続な成長を求めていきます。人事制度もそれらを促進することをポリシーとして設計しました。評価制度を考えるにあたって意識したのは、次の三つです。一つ目は、ミッション、バリューの実現に寄与するか。二つ目は、企業と個人の非連続な成長に寄与するか。三つ目は、皆がわくわくできる制度か」

次に人事制度ポリシーに沿って、四つの大方針を決定した。一つ目は、「Bold Challenge 大胆なチャレンジ」だ。

「全社員が大胆なチャレンジを行う集団として、それぞれの領域で新しいこと・困難なことにチャレンジすることを求めていきます」

二つ目は「Pay for Values/Performance, Pay Competitively パフォーマンス・バリュー発揮度に基づき、競争力のある報酬をする」だ。

「バリュー発揮やパフォーマンスに対して、適切に報いていきます。特にエンジニアは世界でも需要が高いので、この点は重要です」

三つ目は「Embrace Diversity 多様性への対応」。多様な人材にとっては納得感・透明性の高い制度が求められる。

「ここは私が入社する以前はあまりできていなかった点で、今回注力したところです。外国籍の社員からも要望もあり、広く納得性、透明性のある制度を目指しました」

四つ目は「Grow as a Pro プロとしての成長を促す」。全員が自律したプロとなり、自主性をもってキャリアを構築し、成長できるように整備していく。

「メルカリは中途採用が多いプロ集団なので、プロとして、より価値が高められる評価や報酬を目指しました。また、プロから選ばれる企業になるために、わかりやすい評価制度を目指しました」

ここから木下氏は、新たに刷新された人事評価制度の詳細を解説した。実は木下氏が入る以前のメルカリの評価はノーレイティングだった。しかし、部署ごとにメンバーの昇給に差が生じ、「報酬の上げ下げはマネジャーの主観ではないか」などの不満が出たため、今はレイティングありに戻っている。

「企業規模が大きくなると、ノーレイティングは難しいと思います。メルカリでも評価制度をハイコンテクストからローコンテクストに落とし込むために総合評価を設定しました。内容は成果評価とバリュー評価に要素分解し、各々のレイティングをもとに決定。配分は半々。そして、総合評価によってグレードおよびベースサラリーが決定する仕組みです」

評価の流れは「目標設定→アクション→評価→報酬決定」であり、目標は半期ごとにOKRを設定し、グレード定義に照らした目標や期待値をすり合わせしながらアクション期間に入っていく。ただし、評価はどうしても成果に引っ張られやすく、短期的な視点しか持てなくなる傾向にある。メルカリでは中長期的な戦略が増えてきており、非連続な成長を目指すための評価制度が必要となっていた。

「そのためにバリュー評価を強化しました。例えば、大胆な挑戦を行って、結果失敗に終わっても一定の評価が与えられます。これは『大胆にやろう』というバリューを実現したことへの評価です」

グループワーク1:報酬ポリシーの情報共有

ここで数名ずつに分かれて1回目のグループワークが行われた。各社の人事評価報酬ポリシーについて、『現行のポリシーは何か? 企業のミッション・バリューとのつながりはあるか?』などの情報を共有。その上で、今後アップデートするならどういうポリシーにしていきたいかを話し合った。終了後、代表して2チームが結果を発表した。

Aチーム:海外展開の状況によって内容に差があると感じました。ある企業は国内で事業を展開していて、日本的な制度のほうが人材も雇用しやすいとの意見。もう一つの企業ではビジョン、ミッション、行動基準を設定して運営していますが、課題として等級制度と年功人事にアンマッチがあるとのことでした。バリューをどのように評価するのかについて、個人の挑戦と組織への貢献をどう評価していくかを考えながら、制度を整えているという話もありました。

木下:会社のフェーズによって、求められるアプローチも変わってくると思います。当社の場合、今回の制度刷新は米国シリコンバレーにあるメルカリUSの制度を輸入する形になりました。そうなった理由は、メルカリUSでは現地の人たちが経営を行っており、人材獲得競争が激しい中でも人材確保に成功していること。また、日本とグローバルの評価制度の違いをなくす目的もあって、よりグローバルスタンダードに近いUSの手法を採用しました。

Bチーム:チーム全員に共通していたのは、合併を経験していることでした。各社ともフェーズは違うものの何らかの評価制度の改定を行っているところで、公平性や公正性をいかに担保するかで苦労しています。評価の正しさを追求する一方で、評価された人材や部門に納得してもらうことは難しいと感じました。

木下:メルカリが制度を刷新した理由は、従業員の納得感が足りなかったからです。特に外国籍の人から不満の声が寄せられていました。この納得感について、よく人事のメンバーと話すのは「完璧な公平はない」ということです。そのため会社が行うべきなのは、会社としてベストを尽くすこと、ハイコンテクストでなくローコンテクストになるように努力することです。今回、新制度を一通り実施した時点で社員に新制度のサーベイを行いました。結果を見ると「改善した」という声が明確に多くなっています。それでも、制度に100点満点はないことを肝に銘じて対処する必要があると思います。

メルカリのグレード制度・評価制度・報酬制度とは

1)グレード制度

次はグレード制度について。メルカリでは、組織において期待される貢献を基軸とした一本のグレード体系を設定している。社員はMG1~8の8段階、契約社員はMA1~2の2段階だ。

「MGのグレードは、自ら課題設定をするなど自律的に行動し、組織に付加価値を生み出すことが求められます。MGは企業規模が大きくなったために以前より3段階増やしました。ここでは飛び級もあります」

グレードでは期待貢献を定義している。組織において期待される貢献は以下の式で表される。期待成果とは役割ごとに期待される成果のレベル感のことだ。

期待する貢献度=「期待成果(アウトプット)」+「バリュー発揮行動(スループット:プロセス)」

「マネジャーとスペシャリストでは期待する内容が異なるため、MG3以上は個別に期待成果を定義しています。また、エンジニアにはマネジャーになりたくない人もいるので、マネジャーとスペシャリストを行ったり来たりできるようにしています。これは、トライアルでマネジャーを担当する人に心理的な抵抗感を下げてもらうためでもあります。役職手当はないので、クレードが同じなら給与は同じ。マネジャーにならなくても、スペシャリストとして最高位のMG8まで上ることができます」

また、バリュー発揮行動では以下のようにバリューをより分解した項目を明示し、期待されるレベル感を設定している。

Go Bold  大胆にやろう 大胆なチャレンジ
ありたい姿の明示・推進
All for One  全ては成功のために 優先度・方向性理解と推進
チームワーク
Be a Pro  プロフェッショナルであれ オーナーシップ
専門性の発揮・向上
ダイバーシティ&インクルージョン

エンジニア、プロダクトマネジメント、CSの職種については職種別の定義も設定している。全社グレード定義と職種別定義は親子関係にあり、この職種別定義は評価・目標設定・昇格等に用いることも可能だ。

2)評価制度

次は評価制度だ。木下氏はメルカリにおける評価について、マネジャーに「評価はメッセージであり、できるだけシンプルに考えてほしい」と伝えているという。

「評価には絶対評価と相対評価がありますが、マネジャーにはある程度、絶対評価的な考え方をするようお願いしています。メンバーの正規分布は目安だけ伝えていますが、これは必ず守るものではありません」

メルカリでの評価の流れは「期初:目標設定→期末:自己評価、振り返り面談」と進む。1Q、3Qの中間評価では目標設定~評価者評価~フィードバック面談を実施。2Q、4Qの半期評価は処遇(グレード/基本給/賞与)の決定を行う。

「週単位では1on1が定着しています。それにより、サプライズな評価をなくすようにしているのです。期末にはマネジメント360(半期ごと)とピア・レビュー(360度レビュー、Qごと)を書いてもらっています。ここでのコメントは、本人も見ることができます」

3)報酬制度

最後は報酬制度だ。報酬構造は「報酬=基本年収+インセンティブ」であり、インセンティブは成果報酬と連動した変動賞与だ。報酬決定プロセスは「キャリブレーション会議で評価決定→評価に応じてロジックで算出→個別調整」の流れになる。また、エンジニアにおいて希少なスキルは市場で価値が異なるため、個別調整を行う。

グループワーク2:人事評価報酬制度の良い点、改善点

次に2度目のグループワークが行われた。各社の人事評価報酬制度の良い点と改善したい点について話し合った。終了後、いくつかのグループを見学した木下氏は次のように感想を述べた。

「皆さんから、『若手の抜てきは難しい』という声を多く聞きました。よく人事は『制度は2割、運用は8割』と言いますが、より良い運用を行うには、経営陣や部門長、マネジャーをしっかり啓蒙する。そして、人事として望む方向に進むよう、思いを繰り返し言葉で伝える必要があります」

Q&Aセッション

Q:社員に「評価の公平性に100点満点はありえない」ということを、どのような形で伝えていますか。

木下:社内にはエンジニアが多いので、よく「評価はデジタルにやってほしい」と言われます。チェックリストがあって、できたものをチェックすれば評価が出るといったものです。しかし、私は「それはあえてやりません」と明確に伝えています。エンジニアの皆さんには、イノベーティブでクリエイティブな仕事を期待していますが、それはデジタルに評価できない領域だと思います。また、評価をデジタルに行うと、誰も評価について考えなくなくなるというデメリットもあります。評価はメッセージであり、個々で考えてほしいし、対話していきたいと思っています。

Q:メルカリでは評価のフィードバックを3ヵ月間隔で行っていますが、頻繁に行うことで社員から不満の声はありませんか。社員に納得感をもってもらうため、何か工夫は行っていますか。

木下:3ヵ月スパンでの評価は、短いスパンでのタイムリーフィードバックにより、手当を早く行えるため、お互いに緊張感をもって仕事ができるメリットがあります。ただし、マネジャーの負荷は高くなるので、あくまでも中間フィードバックということで、評価シートの記入は必須にしていません。大事なのは、3ヵ月おきに話をすることで評価のサプライズをなくすこと。マネジャーは一人ひとりが上昇トレンドにあるのか、下降トレンドにあるのかを確認し、低い評価になりそうな人がいればクギを刺して奮起を促しておく。そうすれば最終的に悪い評価がついても、納得してもらえると思います。

Q:メルカリではマネジャーの評価業務が大きな仕事になっていますが、そうしたマネジャーに対して、評価業務が重要であると認識させる教育や支援を行っているのでしょうか。

木下:マネジャーに対しては、評価や報酬はエンゲージメントにもつながるものであり、しっかりと行うようにと明文化して伝えています。どれくらい効果的に行われているかの検証は、360度評価など定性的なものも行いますが、一方で定量的なものとして全社員によるフィードバックサーベイも行っています。すると納得感が高い部署、低い部署が出てくるので、納得感の低い部署には追加のコミュニケーションを行うよう要請し、納得感を高める工夫をしています。また、マネジャーが評価することに慣れていない場合もあるので、そのときは再度教育を行っています。

最後に木下氏がセミナー全体についてのまとめを述べて、「HRアカデミー」は終了となった。

木下:評価制度の策定は、対話で進めることがポイント。社員全員に納得してもらうことは難しいので、皆と対話することで『意見を聞いてもらえた』状態をつくることが大事です。

当社も報酬制度をつくる際に社員からのヒアリングを10回以上行いました。また、賞与プランも3案つくって社員に公開し、どの制度であればやる気が出るかを投票してもらいました。結果、人事が考えた案に7割の投票が集まり、それに決定。しかし、別案に投票した3割の人にも『なぜそれを選んだのか』『気になったポイントは何か』を聞き、『不満な点は運用でカバーする』と伝えました。そうした地道な活動によって、社員から一定の納得感を得られたように思います。こうしたやり方であれば、制度により高い納得感が得られるでしょう。

人事評価制度は、会社ごとにさまざまな正解があります。皆さんの会社の事業戦略や文化を考えたときにもっとも適した制度は何か。そのことについて社員と対話し、より良い制度をつくってほしいと思います。本日はありがとうございました。

企画・編集:『日本の人事部』編集部

Webサイト『日本の人事部』の「インタビューコラム」「人事辞典「HRペディア」」「調査レポート」などの記事の企画・編集を手がけるほか、「HRカンファレンス」「HRアカデミー」「HRコンソーシアム」などの講演の企画を担当し、HRのオピニオンリーダーとのネットワークを構築している。

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