ATD 2017 International Conference & Expo 参加報告
~ATD2017に見るグローバルの人材開発の動向~
〈取材・レポート〉株式会社ヒューマンバリュー 取締役主任研究員
川口 大輔
コンカレント・セッションから学ぶ
基調講演に加えて、ATD2017ではプレセッションや出展者セッションを含めると約400以上ものセッションが行われました。その中から、私が参加したセッションを中心にご紹介し、そこから人材開発のトレンドの一環を垣間見たいと思います。
(1)ニューロサイエンスとラーニングのデザイン
ATDにおける近年の大きなトレンドのひとつに、ニューロサイエンス(脳科学)があります。今年も、さまざまなテーマでニューロサイエンスが取り上げられていましたが、効果的なラーニングのデザインにニューロサイエンスの知見を組み込んでいこうという取り組みが散見されました。
たとえば、「SU400:E-Learning Is So Yesterday: How Onboarding New Managers Just Got Personal(eラーニングはとても古い:新しいマネジャーのオンボーディングを個人的にする方法)」では、新任マネジャーのオンボーディングの取り組みを、1年間のスパンでデザインし、神経科学の知見も応用しながら、いかに脳にとって効果的な学習プロセスを構築していくかをケーススタディとして紹介していました。
セッションの中では、コルブの経験学習のモデル(具体的経験→省察→概念化→試行のサイクル)と、脳の学習のステージ(収集→内省→創造→検証)を結び付けた、ジェームズ・ズルの研究が紹介されました。そして具体的な企業における新任マネジャーのトレーニングのプロセスを、脳の学習ステージに合わせて設計するとともに、各ステージでの学習を実現するための手段としてITのツールなどをいかに活用していったかといった視点が共有されていました。
また、会場の参加者とのダイアログの中では、「収集のステージではどういう学習手段が考えられるか(ex.ウェビナーやマイクロ・ラーニングetc.)」「内省のステージではどうか(ex.モバイルによるリマインダーで振り返りをしたり、クイズをしたり、ちょっとした実践のティップスを活用するetc.)」といったことについて、様々な意見交換が行われていました。特に振り返りのモデルとして、「2-2-2」という考え方が講演者から提示され、参加者の関心を引いていました。これは振り返りを行うタイミングとして、2日後、2週間後、2ヵ月後といったスパンで行うことがひとつの目安になるものとのことです。
あわせて、印象に残ったこととして、本セッションに参加している人を対象にアンケート投票が行われたのですが、多くの人は、自分が行う研修やトレーニングの中で、メールによるフォローやリマインダー、事後のテストなどを行っている一方で、それがどういう理論的背景で行われているのか(Repeated Retrieval、The Spacing Effect、Memory Boostingなど)といったことはあまり意識していないようでした。今後、脳科学に基づいて学習のあり方が整理されていくことで、私たちのラーニングのデザインも、より理論的背景に基づいたものになっていくことが予見されるように思います。
(2)ニューロサイエンスとチーム
これまで、ATDで扱われるニューロサイエンスのテーマは、個人の学習や行動変容、マインドセットやバイアスを扱ったものが多かったように思われますが、それに加えて、集団のチームワークやコラボレーションまで探求の幅や知見の適用が広がってきていることがうかがええました。
たとえば、「M104:The Neuroscience of Teams(チームのニューロサイエンス)」では、スピーカーとして著名なブリット・アンドレアッタ氏が、より効果的なチームやコラボレーションをいかに実現するのかについて、最新の脳の研究をもとに講演を行いました。
アンドレアッタ氏は、チームで働くことについての統計から
- 90%の人が1日の1/2から1/3の時間をチームで仕事をしている
- 91%の人がチームがその組織の成功の主要な要因であると信じている
- 30%の人がその職場を辞める理由にチームのネガティブな要因を挙げている
といったデータを示すとともに、現在の社会が、いかに「チームの力」を競争の源泉としているかについて、今世の中で起きている変化とともに紹介しました。
そして五人のチームの中で、一人がスピーチを実施し、他の四人がスピーチを聞いている様子を脳波で測定すると、脳波が次第にシンクロしていくといった脳科学からの実験結果などを紹介しながら、人と人がつながったり、共感したり、学び合ったり、協力し合ったりする力が私たちの中に備わっていることを示します。
また、共感や意識の共有と深い関連のあるミラーニューロンやニューラル・カップリング、またチームとして成果を高めていくための力を表すCQ(Collaborative Quotient)など、さまざまな概念が紹介されました。
特に、今年のATD-ICEにおける中心テーマのひとつである「サイコロジカル・セイフティ(心理的安全)」についても、効果的なチームと密接に関連するものとして、丁寧に説明が行われました。具体的には、グーグルのプロジェクト・アリストテレスの調査結果や、ハーバード大学のエイミー・エドモンドソン教授による、下記のような心理的安全性の考え方が強調されていました。
「心理的安全性とは、誰かがアイデアや質問、懸念や失敗について口に出して発言することによって、当惑させられたり、拒否されたり、罰せられたりすることがチームの中で起きないということについて、自信を持っている状態を指します。チームが、人間関係についてリスクを取ることに対して安全であるという信念が共有化された状態です。相互の信頼と尊敬によって特徴づけられたチームの雰囲気を指し、そこでは安心して自分らしくいられます」
こちらのセッションには、300名以上の参加者が足を運び、熱心に耳を傾けていました。時代のニーズもあり、今後チームのあり方をニューロサイエンス等の知見を活用しながらいかに進化させていくかについては、間違いなくホットトピックになっていくように思います。
(3)ミレニアル世代とインクルージョン
昨今のタレント・ディベロップメントのあり方を考える上で、重要な視点として、デジタル・ネイティブであるミレニアル世代が挙げられます。ミレニアル世代については、これまでのATDでも中心的なトピックでした。特に昨年(2016年)は、これまで議論されてきたような「ミレニアル世代の台頭にどう対応するか」といった視点から、「既にミレニアル世代が職場の中心にある」といった考え方に変遷していると、認識が広がってきたという特徴がありました。
今年のカンファレンスではさらに一歩進んで、世代でひとくくりにするのではなく、一人ひとりに目を向け、理解を深めるとともに、組織や職場全体でインクルージョンを実現していこうというメッセージが多く感じられたように思います。
たとえば、「M301:Divergent Views/Common Ground: Leadership Perspectives of C-Suite and Millennial Leaders(異なる意見と一致する意見:経営幹部とミレニアル世代のリーダーのリーダーシップ観)」では、DDIとカンファレンスボードが、14社(ボーイング、ジョンソン&ジョンソン、ゼロックス、UPS、KPMG、Amexなど)約2800名に対して、ミレニアル世代とそうでない世代のリーダーシップ観の違いに関する調査結果が報告されていました。その中では、88%の項目が、世代を問わずに共通の傾向を見せているといった、やや意外な結果が紹介され、関心を集めていました。
その上で、世代間のギャップを過大視したり、心配するのではなく、世代間の違いも、人種の違い、ジェンダーの違い、性格の違いなど、多様性を表す軸の一つとして捉え、未来のリーダーを育てていくことの大切さが訴えられていたことが興味深かったです。
また、「TU214:Motivating Millennials: New Research Into Unlocking Their Passions(ミレニアル世代を動機づける:彼らの情熱を解放する新しい調査)」では、昨年も人気の高かったカルチャー・ワークス社によって、10年間かけて85万人を対象に行われた調査結果をもとに、ミレニアル世代のモチベーション要因に関する考察が行われました。
データ自体は昨年と変わらず、ミレニアル世代のモチベーション要因トップ3が、Impact、Learning、Familyという結果が紹介されていましたが、その上で「Knowing is the key(知ることがキーである)」というポイントを挙げ、○○世代というように一括りにしないで、個別の人間を見ていくことの大事さもあわせて強調されていました。
その他にも、「SU115:Multigenerational Intelligence: How to Develop Talent Across Generations(世代を超えた知性:世代を超えてタレントを育成するには)」の中では、世代ごとの特徴や生きてきた時代背景についての一通りの理解を深めた上で、大切なのは、こうしたマルチ・ジェネレーションズが存在する中で、リーダーが自分の考え方に固着するのではなく、自分自身が学び、進化し続けること、そしてメンタルのアジリティを高めて柔軟に対応していくといった、一人ひとりのマインドセットの進化について言及されていたのが印象的でした。
全体的に、世代のラベリングをするのではなく、一人ひとりを理解・尊重した上で、共に学びながら、関係性を育んでいこうというメッセージ性が高く、世代について考える上でのひとつの視点となるかもしれません。
(4)キャリア・モビリティ(キャリアの流動性)
ATDレジェンド・スピーカーの一人であり、エンゲージメントやキャリア開発の大家である、ベバリー・ケイ氏のセッションも大変興味深いものでした。
昨年は「Help Them Grow」をテーマに、マネジャーがメンバーの成長やキャリア開発の支援を行っていく必要性を訴えていました。その中で挙げられていた一つのテーマである「Career Mobility(キャリアの流動性)」を、今年は全面的に押し出し、「Up is not the only way(上に行くだけが道ではない)」というタイトルでセッションが行われました。
ケイ氏は、急速に変化する職場において、昇進がすべての人の道ではない状況にあり、その中で、キャリアを再考する必要性が高まっている背景を説明します。そして、キャリアの概念として、キャリア・モビリティ(キャリアの流動性)という概念を紹介していました。
昨年はこのキャリア・モビリティを表すメタファーとして、「はしごからボルダリングへ」という考え方が紹介されていました。これは、キャリアをはしごのように上に登っていくだけではなく、上下左右に自由に動きながら、実現したい状態を目指していくようなキャリア観を表しています。
今年は新たなメタファーとして、「望遠鏡から万華鏡へ」が挙げられていて、興味深かったです。望遠鏡のキャリアのメタファーは、先を予測するイメージです。そこで問われる質問は、「5年後はどこにいると思いますか?」「あなたのキャリア・ゴールは何ですか?」「成長したらどうなりたいですか?」といったものです。しかし、実際のところ、こうした質問に人々はうんざりしているとケイ氏は述べます。
新しいメタファーは万華鏡であり、これは、経験、選択、機会、可能性などがちりばめられた世界が、人が進むにつれ、あたかも万華鏡のように変容していくという世界観を表しています。そして、多様な経験が新しいパターンを生み出していき、そうしたパターンそのものがキャリアとなるという興味深い解釈を示していました。
そして、多様な経験をもとに、キャリアを育んでいく方向性として、「今いる場所での経験や仕事を豊かなものにしていく(Enrichment)」「自分にとっての驚きや学び、心配、喜びは何かを問いかけ、今後の可能性を探求する(Investigate Possibilities)」「他部署に積極的に働きかけ、水平方向に移動する(Lateral)「意味を持ってキャリアを下がる、この経験から何を学べるかを考える(Realignment)」「時には外に出る。退職するときにはエレガントに辞め、戻ってくることも可能にする(Relocation)」「上に行く道もある(Vertical)」といった六つの観点が挙げられていました。
また、こうした経験のパターンを生み出していく上で、マネジャーの存在が重要であることが繰り返し述べられていました。
以上、私が参加したセッションをもとにATD2017の様子を紹介してきましたが、特に印象に残ったのは、最後に紹介したベバリー・ケイ氏のセッション。組織側の視点として、人を機能や組織に当てはめるようなキャリアではなく、その人の視点から、いかに経験豊かなものにしていくのか。また、それを万華鏡に例えるメタファーが秀逸だと感じました。奇しくも、基調講演の3組4名が語っていたメッセージにも通ずるところがあり、私自身もこうした変化の時代の中で、多くの人々がより自分らしく生き、学び、働き、経験を重ね、育ち、万華鏡のように美しいパターンを生み出せるような場とプロセスの支援を行っていきたい、との思いが高まりました。
本レポートを通して、グローバルにおける人材開発の潮流が少しでも感じていただけたら幸いです。
※ATDの全体の潮流については、ヒューマンバリューのホームページでも紹介しています。ご興味ある方は、そちらもご参照ください。
http://www.humanvalue.co.jp/hv2/conference/astd/post_77.html#subpagetop