ATD International Conference & Expo 2016 参加報告
~ATD2016に見るグローバルの人材開発の動向~
〈取材・レポート〉株式会社ヒューマンバリュー 主任研究員
川口 大輔
基調講演から学ぶ
ATDでは、さまざまな分野におけるオピニオン・リーダーや有識者、経営者や実践家による基調講演が行われますが、今年は例年以上に各スピーカーの評判が良かったことが印象的でした。以下に3名の素晴らしい基調講演者から得られた学びを紹介します。
職場に安全なサークルを創る(講演者:サイモン・シネック氏)
サイモン・シネック氏(Simon Sinek)
ベストセラー作家。著書『Start With Why: How Great Leaders Inspire Everyone to Take Action(邦題:WHYから始めよ!―インスパイア型リーダーはここが違う)』、『Leaders Eat Last: Why Some Teams Pull Together and Others Don't(邦題:リーダーは最後に食べなさい! ―最強チームをつくる絶対法則)』があります。
一人目の基調講演者は、ベストセラー作家のサイモン・シネック氏です。「Whyから始めよ」というコンセプトを紹介したTED Talkは視聴回数でトップ3に入るほど人気のスピーカーです。彼のビジネスやリーダーシップにおける、型にはまらない、イノベーティブな視点は、国際的な注目を集め、大手企業、米軍、政府機関の多くのリーダーや組織から招かれています。
シネック氏は、身近な例をもとに、「リーダーの仕事は、協力を生み出し、信頼が育まれる環境を創ることである」と説きます。たとえば、自身がラスベガスのフォーシーズン・ホテルに泊まったときに、スタッフのホスピタリティがとても高く、素晴らしいサービスを受けたのですが、そのスタッフは、この職場で働くことが大好きでした。その理由を尋ねたところ、一日に何回もマネジャーが自分のところに来て、「あなたがいい仕事をするために私にできることはない?」と気にかけてくれるなど、安心して仕事に取り組める職場だからだそうです。一方、以前そのスタッフが働いていたホテルでは、問題が起きたときや悪いことををしたときだけ、マネジャーが来ていたとのこと。シネック氏は、現在私たちが働く環境が、皮肉や不信感、自己利益がまん延した危険な職場になっていることに警鐘を鳴らします。そして、上記の例のような「Circle of Safety(安全なサークル)」を職場に築いていくことの重要性を、昨今関心度の高いニューロサイエンスの研究を引用して投げかけました。
シネック氏によると、「Circle of Safety(安全なサークル)」を築くことで、ポジティブな感情を生じさせる脳内物質である四つのホルモン(エンドルフィン、ドーパミン、セラトニン、オキシトシン)が生成されるそうです。特に、誇りや寛容さを感じさせるセロトニン、そして愛や忠誠心を感じ、人間同士が触れ合うことで分泌されるオキシトシンの価値について言及し、リーダー自身が犠牲となって行動し、責任を取るとともに、お互いに支え合っていける環境を創っていくことが大切であると述べました。
シネック氏に限らず、今年のATD-ICEでは、「安全な環境」を職場にいかに築いていくかを扱ったセッションが多かったように思います。働く人々が、恐れや不安を感じることが、「闘争・逃走反応」を生み出し、学習や協働を大きく阻害していることがニューロサイエンスの研究からも明らかになってきています。これらをワークプレイスから減らし、いかに「Trust(信頼)」と「Safety(安全・安心)」を育むことができるかが、今後の人材・組織開発、リーダーシップ開発において重要なテーマになることが感じられた基調講演でした。
勇気とバルネラビリティ(講演者:ブレネー・ブラウン氏)
二人目の基調講演者は、日本においても『Daring Greatly(邦題:本当の勇気は「弱さ」を認めること)』などの著書で知られる、ブレネー・ブラウン氏。オープニングでは、ブラウン氏の最初の仕事がAT&Tにおけるトレーナーであったことから語られ、聴衆からも同様の立場として共感を持って受け入れられていました。
ブラウン氏の講演では、勇気(Courage)とバルネラビリティ(Vulnerability)にフォーカスが当てられました。この二つが結びつくことが、良いリーダーになるために必要ということが、彼女のリーダーシップ開発や組織文化の研究や自身の体験を交えて語られました。
ブラウン氏は、勇気あるリーダーとは、皆が話すことをためらうようなことについて掘り下げていく人であると言います。たとえば、人種について職場で話すことはためらわれますが、そうした感情が反応するような困難な状況においても、コンフォート(快適)な状態を超えて、勇気を持って踏み込むことが大切。そうした勇気あるリーダーが安らぎをもたらすというのです。
ブラウン氏の研究によると、勇気あるリーダーシップは、「バルネラビリティ(Vulnerability)」、「バリューの明確さ(clarity of values)」「立ち上がる力(rising skills)」「信頼(trust)」の四つの柱で構成されるとのこと。ブラウン氏は、「皆さんはバルネラビリティは欠点や弱点であると教わりましたか?」と問いかけます。バルネラビリティは、日本語だと傷つきやすさや脆弱さといったように訳されます。リーダーは強くなければならないというのが万国共通の認識である世界において、一見すると勇敢なリーダーシップとバルネラビリティは結びつきづらいようにも見えます。しかし、ブラウン氏は、そうではないと説きます。「バルネラビリティは弱さではありません。勇気を測る最も正確な物差しなのです。バルネラビリティは、恥や恐れ、不安の中心にあるものと捉えられがちです。しかし、それと同時に、愛、喜び、勇気、信頼、イノベーション、フィードバック、適応力、そして倫理的な意思決定の源泉となるのです。バルネラビリティがなければ、リスクを取ることができません。そして失敗がなければ学ぶことはりません。鎧を脱いで、自分自身であることが大切です。自らの統合された価値、バリューに基づき行動することで、人は信念や勇気をもち、なぜそこにいるかを思い出すことができるのです」
ブラウン氏の身近なストーリーが織り交ぜられたスピーチは、聴衆からも多くの共感を持って受け止められていました。一人目の基調講演者のサイモン・シネック氏とも、切り口は違えど、共通するメッセージが見受けられます。両者のスピーチから今後のリーダーシップのあり方が、信頼や共感を大切にする方向に向かっていることへの示唆が感じられました。
Better & Faster(講演者:ジェレミー・グーチェ氏)
ジェレミー・グーチェ(Jeremy Gutsche)
マーケティングやデザイン、テクノロジーやその他の分野で次に来るもの(The Next Big Thing)を発掘し、世界中の視聴者に提供することで、月に何百万ものアクセス数を記録するTrendHunter.comの創始者です。ベストセラー作家であり、カナダで最も人気のあるスピーカーの一人です。
最後の基調講演は、TrendHunter.com創始者のジェレミー・グーチェ氏でした。ここ数年のATDの傾向として、最後のスピーカーはインタラクティブなパフォーマンスを通して参加者にエネルギーを与えるような講演が多いのですが、グーチェ氏もエネルギッシュな講演を通して、イノベーションに関する示唆や情熱を提供してくれました。
グーチェ氏は、イノベーションを、新しいことを追い求め、適応する能力であると捉えます。多くの人はイノベーションを大きくて、壮大で、大発見が必要なものと考えますが、実際には多くのブレークスルーは、小さなアイデアを拡大させていき、既に起きているさまざまなトレンドを掛け合わせることで生み出されます。そして、チャンスは身近にあり、ほとんどの人が気づかない領域をつなげることでイノベーションが起きるが、往々にして組織は、現状を効果的に維持するためのルールや手順、標準にとらわれ過ぎて、成功する機会を見逃してしまっていることに警鐘を鳴らします。そうならないための指針として、グーチェ氏は、「Better & Faster」を上げ、その実践に向けた考え方を、レッドブルやZARAなど具体的な企業事例とともに紹介しました。
まず、グーチェ氏は、企業が変化したり、新たな機会を見逃してしまう要因として、三つの罠(わな)を挙げました。一つ目の罠は、成功へのComplacent(無関心)です。私たちはいつの間にか、かつて持っていたハングリーさをなくしてしまいます。二つ目は、Repetitive(反復)です。私たちは成功した過去のやり方・パターンを繰り返すことをイノベーションとして捉えてしまいがちです。三つ目は、Protective(保護的)です。私たちは、これまで力を注いできたアイデアやプログラムを守ることに必死になってしまい、それが、機会を見逃すことにつながります。
そして、こうした罠にかからないために、毎日新しい機会をInsatiable(貪欲)に探し続けること、Curious(好奇心)をもってコミュニケーションすること、一見つながりの見えないようなDestructive(破壊的)なことに挑戦することの重要性を語りました。あわせて、Better & Fasterのステップとして、以下の三つが紹介されていました。
ステップ1:Awaken 機会=獲物に気づく
ステップ2:Hunt 狩り=具体的な行動を行う
ステップ3:Capture 捕獲=成功をつかむ
グーチェ氏のハイテンションでスピード感あふれる講演に、会場も大きく盛り上がっていました。日本から参加した方々の受け止め方はさまざまでしたが、特に伝統的な大企業で人事や人材開発に取り組む方々にとっては大きなインパクトがあったようでした。今、多くの企業において変革やイノベーションが求められていると思いますが、Better & Fasterのマインドセットを、いかに組織のカルチャーとして育んでいけるかが重要なポイントになると感じられました。