日本には新たな人材プラットフォームが必要――
“人材市場の可視化”で企業に採用力を取り戻す
株式会社ビズリーチ
南壮一郎さん
管理職とグローバル人材に特化した会員制転職サイト「ビズリーチ」。企業が人材に直接アクセスできる人材データベースを提供しています。中途採用において、これまで多かった企業の「待ち」の姿勢に一石を投じ、企業自らが積極的に人を採る「攻め」の採用を可能にしました。代表取締役の南壮一郎さんが、サイトを立ち上げたのは今から5年前。「日本の人材市場を可視化し、そこに新たな人材プラットフォームをつくりたい」という思いからでした。なぜこのような考えに至ったのか。また、どのようにイノベーションを起こしたのか。その経緯とそこに至る思いについてうかがいました。
- 南壮一郎さん
- 株式会社ビズリーチ 代表取締役
みなみ・そういちろう/1976年生まれ。1999年、米・タフツ大学数量経済学部・国際関係学部の両学部を卒業後、モルガン・スタンレー証券に入社し、投資銀行部でM&Aアドバイザリー業務に従事した後、香港・PCCWグループの日本支社の立ち上げに参画。2004年、楽天イーグルスの創業メンバーとなり、チーム運営やスタジアム事業の立ち上げを行う。その後、株式会社ビズリーチを創業し、2009年4月、管理職・グローバル人材に特化した会員制転職サイト「ビズリーチ」を開設。ブラックボックスになっている日本の採用市場を可視化し、新しい働き方・企業の採用のあり方を創造。2010年8月、ビズリーチ社内で、セレクト・アウトレット型Eコマースサイト「LUXA」(ルクサ)を立ち上げ、分社化した株式会社ルクサの代表取締役を兼任。2012年10月、自ら海外事業の指揮を執り、シンガポールを拠点とするビズリーチのアジア版「RegionUP」(リージョンアップ)を立ち上げる。5年弱でビズリーチとルクサを合わせ、社員数300名(7カ国出身)の組織へと成長。著書には『ともに戦える「仲間」のつくり方』、『絶対ブレない「軸」のつくり方』(ともにダイヤモンド社)がある。
企業と求職者が“主体的”につながる市場を創造
会員制転職サイト「ビズリーチ」は、管理職とグローバル人材に特化した人材データベースを構築、企業に新たな人材プラットフォームを提供しました。どこからこのような発想が生まれたのでしょうか。
はじめに、弊社の事例をお話しさせてください。2009年4月、僕が仲間と共に立ち上げた会社は、5年弱で社員数220人(関連会社を含め300人)に急成長しました。「事業は人なり」といいます。僕たちがこの短期間でここまで成長できたのは、共に事業に取り組む仲間を大切にしてきたからです。優秀で熱い情熱をもつ仲間を巻き込んでいくことこそ経営者の一番の仕事だと考え、力を注いできました。この仲間集めで当社が実践しているのが「攻め」の採用です。「待ち」ではなく「攻め」の姿勢で、積極的に優秀な人材にアプローチしています。当社が運営する「ビズリーチ」のデータベースやSNS、社員紹介を利用して、大手日系メーカーから金融業界、外資コンサルまで様々な分野のプロフェッショナルを採用し、かつ、昨年に採用した正社員105名の採用費を1,700万円に抑えることができました。
当社が実践しているこの「攻め」の採用を企業に広めることが、僕たちが挑戦している採用市場のイノベーションです。当社は、会員制転職サイト「ビズリーチ」を立ち上げ、採用に苦労している企業が優秀な人材に直接アプローチできる市場を創設したのです。
この発想の原点は“市場の可視化”です。転職市場には仕事を探している人がいて、人材を探している企業がいる。これはモノを買いたい人と売りたい人がいるのと同じことで、本質的には非常にマッチングしやすいはずなのです。しかし、世の中ではなかなかマッチングが進まない。その一因は、構造的な問題で、人材紹介会社を介することで企業と人材の間がブラックボックスになっているためです。市場が見えないことで非効率になっているのです。
楽天市場はモノの売り買いの市場を可視化して成功しました。そこには旧態依然とした流通があった。それまでモノを売りたい人は買いたい人に直接売れませんでした。生産者と消費者の間に複数の卸業者が存在することによって、市場が見えていなかったからです。楽天市場はそこを可視化し、直接取引できるようにしました。これは小売市場のイノベーションだったわけです。
僕たちが何をやっているかというと、まさに採用市場の可視化です。求職者と求人企業を直接結び付けたことが、ビズリーチの最大のイノベーションです。企業が優秀な人材に直接声をかけるダイレクト・リクルーティングの市場をつくったのです。企業が直接アプローチできるのも、市場が可視化できたおかげです。
市場が可視化されることによって、そこに参加する人や企業の行動が変わるということですね。
楽天の三木谷浩史さんは、よく「エンパワーメント」という言葉を使います。広義で「能力を与えていく」という意味ですが、これは相手に解決策や方法論を伝えることによって自らの行動を変えさせる、一種の啓発活動なのです。私が広めたいのは、企業に採用力を取り戻すこと。ビズリーチを使う企業が主体的に採用活動を行えるように、啓発していかないといけないのです。そこに目標を置くことが、可視化された市場をつくる上で大事なことだと思います。
南社長は起業まで人材業界とはまったく関わりがありませんでしたが、当初は市場にイノベーションを起こせるという自信はありましたか。
はい、可視化された市場をつくり、フェアな条件を設定すれば、どんな市場でもオープンにできるはずだと考えていました。なぜそう思えたかというと、日本以外の国には当たり前のようにオープンな人材市場が存在したからです。ヨーロッパにも米国にもアジアにも、企業が求職者のデータベースを自ら見て、自ら人材を採りに行く場がありました。それが日本にだけなかったのです。
日本の人材紹介料は紹介者年収の30~35%程度ですが、米国でもアジアでも、おおよそ15~20%と低くなっています。求人広告の料金も、日本は大手ネット媒体で2週間掲載数十万円~100万円が相場ですが、世界では数万円程度しかかかりません。日本は世界一採用コストが高い国だったのです。なぜそうなったのか。それは、採用市場がブラックボックス化されていたからに他なりません。
海外と日本の転職市場が違っていると気付かれたのは、南社長が前職を辞められ、転職活動をされたときですか。
前職を辞めたときは起業するつもりがなく、転職活動をしていました。そこで1ヵ月に27社の人材紹介会社の担当者に会ったのです。するとみな同じことを言いました、「南さんにぴったりの求人がありますよ」と。しかし、見せられた案件は27社すべてが違っていました。しかも、社会を変えられるような事業を創ってみたかった僕は、そのビジョンが叶えられる職場であれば、別にベンチャーでも中小企業でも大手企業でもよいと伝えたところ、紹介された案件はいずれも大企業や外資系企業のものばかりでした。そのとき、大きな違和感を覚えたのです。
そこで、業界に詳しい人に話を聞いたところ、企業と求職者の間がブラックボックスになっていること。人材紹介会社の売り上げは、求職者が転職した先の年収に比例するため、中小企業や知名度の低い企業には人材が紹介されにくいという事情があることを知りました。海外はどうなっているかも調べてみました。すると市場が可視化され、企業が自ら動け、比較的安いコストで人材を採用できる仕組みがちゃんとあった。
将来性の高い事業を手掛け、これから成長していこうとする中小企業に優秀な人材が流れていかないことは、日本の経済にとっても大きな損失です。私はこの構造を壊すべきだと考え、自ら起業を思い至ったのです。そのときから「企業が自ら動けて、欲しい人材をより早く、より安く雇えること」、そして「求職者が自立して、自分のキャリアの可能性を主体的に知ったうえで、どうするかを決められること」。この、ごく当たり前のことが成立する世の中にするために、活動したいと思うようになったのです。
日本を代表するHRソリューション業界の経営者に、企業理念、現在の取り組みや業界で働く後輩へのメッセージについてインタビューしました。