花王株式会社:
健康づくりの本質は人材育成
ヘルスリテラシーの高い組織を目指す「健康経営」の取り組みとは
人材開発部門 健康開発推進部 部長
花王健康保険組合・花王グループ企業年金基金 常務理事
豊澤 敏明さん
社員の健康増進が生産性や収益性の向上につながり、それが企業価値を高める――企業の持続的成長を図る観点から、社員の心身の健康に配慮した「健康経営」の考え方に注目が集まっています。厚生労働省や経済産業省の推奨もあり、健康配慮への取り組みを進める企業は増えていますが、なかでも際だって先進的と評価されるのが花王株式会社の「健康づくり事業」です。同社は今年3月に日本政策投資銀行の「DBJ健康経営格付」で最高ランクを取得し、最優遇金利の適用を受けました。企業健保との連携やPDCAサイクルの導入、健康状態の「見える化」など――同社人材開発部門・健康開発推進部の豊澤敏明部長に、健康経営を軌道に乗せるためのさまざまなヒントをうかがいました。
- 豊澤 敏明さん
- 花王株式会社 人材開発部門 健康開発推進部 部長
花王健康保険組合・花王グループ企業年金基金 常務理事
(とよさわ・としあき)●1977年花王石鹸株式会社(現花王株式会社)入社。東京工場事務課(勤労G)に配属後、秘書室、OA推進本部、人事、総務、財務を担当。2001年人事部門茅場サービスセンター部長として福利厚生等を担当。2003年給与事務アウトソーサーである人事サービス・コンサルタント(株)(現エイチアールワン(株))設立に関わり、同社出向。2006年花王健康保険組合常務理事、2010年人材開発部門ライフキャリアサポートセンター部長、2012年人材開発部門健康開発推進部部長も兼務し現在に至る。社会保険労務士。
“給与化”できないのは健康だけ
豊澤さんは、人材開発部門・健康開発推進部の責任者として社員の健康増進に取り組まれる一方、企業健保(花王健康保険組合)の常務理事も兼務していらっしゃいます。母体企業と企業健保の“二足のわらじ”というのは珍しいですね。
はい。社員であり健保職員でもあるということで、初対面のときは両面印刷の名刺を出しながら“裏表のある人間です”と自己紹介しています(笑)。企業健保とはいえ会社とは別組織ですから、普通は指揮系統も違うし、ともすると社員の健康に関する施策の進め方などはタテ割りになりがちなんですよ。例えば健康に問題のある社員がいても、健保の職員では職場に配慮するよう指示命令を出したりすることはできません。でも私は、社内における健康開発の担当者でもあるので、所属長に協力を要請するなど、会議の席などで直接お願いをすることができるんです。そもそも弊社の場合は、私の立場に象徴されるように会社と健保の関係が極めて密接。社員の健康づくりの取り組みも、両者が一体となって運営する体制をとっています。
その“健康づくり”が、経営課題として浮上してきた経緯をお聞かせください。
1990年代後半だったでしょうか、バブル崩壊後の景気低迷が深刻化するなか、多くの企業では福利厚生のあり方を見直す議論が進んでいました。弊社でも、さまざまな福利厚生施策やサービスを“給与化”しようという方針が打ち出され、例えば社宅や社員寮といった住宅補助はいちはやく現物支給から給与化へ切り替わりました。確かに見直していくと、たいていのフリンジ(フリンジ・ベネフィット=賃金外給付)は給与化できるんですね。でもそうして議論を深めていく過程で、私たちはひとつだけ給与化できない福利があることに思い至りました。それが「健康」だったんです。
会社から福利厚生として「一万円出すから健康のために使いなさい」なんて言われたら、すぐに呑みに行ってしまいます(笑)。健康管理どころか、逆効果になりかねません。健康だけは、会社が社員一人ひとりに対して“現物支給”するしかない。その必要性にあらためて気づいたわけです。
なるほど。当初は「健康経営」というより、あくまでも福利厚生の一環として社員の健康管理に取り組まれたんですね。
ちょうどその頃、グループ内で販売会社の合併再編が行われ、各地に大規模な販売拠点が生まれました。当時、工場や研究所など生産・開発系の事業所には社員の健康管理を担当する医務室のような施設がありましたが、販売系にはなかったんですよ。大規模化に伴って、販売会社にも産業看護職(保健師・看護師)が置かれるようになると、今度は全国各地の事業所に散らばる数多くの産業保健スタッフとどう連携するかという問題が出てきました。それならやはり、本社で一括して見たほうがいいだろうと。私たち人材開発部門の管轄下に全国の産業看護職を集めて、「全国保健スタッフ会議」を立ち上げたんです。そのあたりが始まりといえば、始まりかもしれませんね。
最初からいきなり明確なビジョンや計画を打ち出して、全社的に健康づくりを進めてきたというわけではないと?
私の記憶では、自然発生といったほうが近いでしょうね。進めていくうちに課題が見えてきたというか、それをクリアしていくことで、健康づくりに対する雰囲気が徐々に醸成され、体制やしくみも整っていったというのが実情です。