大学1年生でもエントリー可能
星野リゾートが目指す「学生主体の就活」とは
星野リゾート 人事グループ キャリアデザインユニット ユニットディレクター
鈴木 麻里江さん

採用市場では「売り手市場」が続いており、企業間での人材獲得競争がますます激化しています。新卒採用に関する一定のルールはあるものの、就職活動の早期化・長期化を指摘する声も聞かれます。「学生のためになっていないのではないか」。就職活動を取り巻く現状に課題感を抱いた星野リゾートは、「学年問わず選考に参加できる、学生主体の通年採用」を開始しました。発案者で、採用チームを束ねる人事グループ キャリアデザインユニット ユニットディレクターの鈴木麻里江さんに、新卒採用活動の状況や通年採用制度導入の背景や、「学生主体の就活」に込めた思いを聞きました。

- 鈴木 麻里江さん
- 星野リゾート 人事グループ キャリアデザインユニット ユニットディレクター
すずき・まりえ/2012年新卒で星野リゾート入社。1年目に全国3カ所の施設での勤務を経て、「星のや京都」へ異動。2016年に学習休職制度を使い、経営学修士を取得。復職後は立候補制度により「星のや京都」のユニットディレクターに就任。2019年、再度立候補により人事グループに異動し、2020年より現職。
学生が「今だ」と思ったタイミングで選考に参加
貴社の新卒採用の状況を教えてください。
ここ数年、当社では毎年600~800名の新卒社員を採用しています。コロナ禍が明けて日本の観光業への期待が高まる中、今後も複数の施設を開業する予定で、引き続き積極的に採用活動を行っていきます。
新卒採用においては、個々のキャリアの志向性に応じて、「Service Meisterコース」「Management Meisterコース」「Facility Management Meisterコース」「Chef Meisterコース」という四つのキャリアコースを設けています。その中でも全体の9割以上が、サービスチームと呼ばれる、幅広い運営スキルを身に付け、接客サービスを通して顧客に価値を提供するチームに所属することを前提にした「Service Meisterコース」または「Management Meisterコース」を選択し、入社を迎えます。
当社は複数のブランドの施設を全国さまざまなエリアで展開しています。最も大切にしているのは「その地域、その季節でしか味わえない体験をしてもらい、旅の魅力を伝えること」。そうした体験をタイムリーに、顧客のニーズに合わせて提供するためには、現場の担当者が決められたサービスを提供するだけではなく、自ら考え主体的に決めて動く、構想と実行を一体化した働き方が求められます。顧客のニーズを捉えて新たな価値を創造することを目指すのが「Service Meister コース」です。
もちろん個人の力だけでなく、チームとしての価値創出も重要です。急速な成長が必要とされる環境下において、短期間でマネジメントに必要なスキル習得にコミットできる人は、顧客にサービスを提供しながら早期にマネジメント着任を目指す「Management Meisterコース」を選ぶことができます。キャリア志向は入社後変わりうるものだと考えているので、入社時のコース選択によってその後のキャリアが制限されることはありません。
貴社を志望する学生には、どのような傾向がありますか。
大きく二つの傾向があります。まずは「世界で通用するホテル運営会社になる」という当社のビジョンに共感してくれる方です。モノが飽和状態である時代において「体験」が価値になると言われて久しく、日本ならではの文化や思想、哲学的背景に基づいた主客対等の関わりは、世界に誇れるもの。星野リゾートの社員はそうした日本における体験価値を高めたいという志を持っています。
もう一つは、観光産業そのものが持つ力を感じている方です。パナソニック創業者の松下幸之助氏が「観光産業は平和維持産業である」と語っていましたが、当社も「旅は人と人をつなぐ魔法のような力を持っている」と考えています。世界に目を向けるとイデオロギーの違いによる衝突が起きていますが、旅を通じて人と人がつながり、友情や信頼が芽生えることで世界平和につながると信じています。この考え方に共感して入社する学生も多くいます。
貴社では2024年10月に「学年を問わずに選考に参加できる、学生主体の通年採用」をスタートしました。制度の概要について教えてください。

学年に関係なく、学生自身のタイミングで選考に参加できるようにしました。たとえば大学1、2年生でもエントリーが可能です。自己理解や企業理解が深まるタイミングは人それぞれ異なるもの。学生が「今だ」と思ったタイミングで選考に参加できます。一人ひとりが納得のできる意思決定をするためには、それぞれの事情にあった検討期間が必要と考え、選考を進めるペースも学生自身選択できるようにしています。
企業理解を深め、自身の価値観と合っているかを確かめてほしいので、年間を通していつでも参加できるセミナーやインターンシップも用意しました。インターンシップにはWEBで気軽に参加できるものもあれば、長期休みを利用し、実際に星野リゾートの施設で就業体験ができるインターンシップもあります。選考開始後も継続的に会社と接触する機会を持つことで、入社後の働き方が自身の価値観と合っているかどうかを見極めてほしいと考えています。
そのほかにも、たとえば星野リゾート代表のインタビュー動画や、星野リゾートにおけるサービスのあり方を紹介するコンテンツをYoutubeで公開しているほか、書籍も多数出版しています。会社がどのような理念を持ち、何を目指しているのか、星野リゾートでの就業を希望する学生の皆さんに知ってもらう機会になってほしいですね。
「今の就活は学生のためになっているのか」
制度導入の背景には、どのような課題意識があったのでしょうか。
2024年4月、例年であれば新卒採用のエントリーが本格化するはずが、エントリー数が明らかに少なかったので、おかしいと思い採用チームで調査しました。
すると、水面下でかなり早い段階から学生に内定を出している企業があることがわかりました。「インターンシップの推進に当たっての基本的考え方」(文部科学省、厚生労働省及び経済産業省合意)により、一定の要件を満たせばインターンシップで取得した学生の情報を広報活動・採用選考活動に使用することが可能となりましたが、それを拡大解釈する形でインターンシップ経由での内々定が増加し、結果として採用活動の早期化が進んでしまったと推察したのです。
こうした状況は本当に学生のためになっているのか。一体誰のための採用活動なのだろう。そんな疑問が湧きました。就職活動は多くの学生にとって初めての経験です。政府が要請している一般的な就職活動のスケジュールとは別に水面下で早期選考が動いていることは、一部の情報感度の高い学生や、周囲からたまたま情報を得られた学生を除いて、多くの学生は知らないでしょう。全国各地に施設を持つ当社は地方の採用を強化したいと考えていたので、都市部と地方の情報格差が一層広がることへの懸念もありました。
私たちが一企業として提案できることは何か考えた結果、「最終学歴に相当する学校に入学したタイミング以降、いつでも当社の選考を受けられるようにする」というアイデアがうまれました。
誤解のないようにお伝えすると、私たちは学生に「早く就職活動を始めるべきだ」と言いたいわけではありません。これまでも当社では、他社と同様に最終学年の春ごろから採用活動を開始し、一方で終わりの時期は決めずに通年で応募を受け付けてきました。そのため、卒業後に就職活動を始める、留学スケジュールに合わせて選考を受けるなど、学生にとってベストなタイミングはそれぞれ違うと肌で感じていたのです。
もっと早い段階で企業と関わりを持ち、場合によっては早めに内定を得ることが本人のキャリア、ひいては会社にとってもよい選択となる可能性があるのでは。私たちの思いを学生に正しく伝えるため、こうした取り組みを水面下で行うのではなく、企業としてメッセージ性を持って表明することにしました。
どのような学生からのエントリーを期待していますか。
就職活動では、どうしても「内定を得ること」がゴールになりがちです。限られた期間で結果を出さないといけないので、仕方がないことかもしれません。
しかし、時間に制約がなければ、納得できるまでじっくりと考えることができます。納得感のある選択ができれば、入社後の時間が充実したものになり、結果として事業への貢献につながるため、自分の将来やキャリアを真剣に考える方々が増えることを期待しています。
選択肢が増えると、大変だと感じる学生もいるかもしれません。しかし、自身のキャリアにしっかりと向き合い、自分で決断することはとても大切です。決して簡単なことではありませんが、入社した後にも求められる力なので、採用の段階からそうした姿勢を重視しています。
内定を出してからが本当の採用活動
早期に内定を出すと、入社までの期間が長くなることでフォローが難しくなると考えられますが、どのように対応していますか。
入社まで数ヵ月の学生と、3年後に入社する学生とでは状況が大きく異なります。残りの期間が1年以上ある学生については特に、定期的にアプローチする必要があるでしょう。その学生のニーズにあった機会を提供できるようにフォローや提案を行っています。
私たちは、「内定を出してからが本当の採用活動」だと考えています。選考中に内定を得るために見せてくれる顔と、内定後に見えてくる顔には、少なからず違いがあります。それが悪いわけではなく、そういうものだという前提に立って、内定を出した後にこそ丁寧なコミュニケーションが求められるのです。
そのため、年間を通してさまざまなフォローイベントを用意しています。たとえば社員との1対1での対話、内定者同士の交流、対面あるいはオンラインでのイベント、施設での宿泊体験など。思いつくものはほとんど網羅しているのではないでしょうか。
内定後にインターンシップに参加することも可能です。どの学年で内定を得ても参加できるので、たとえば1年生で内定を得た学生が、1年目の夏休みは北海道で、2年目の夏休みは沖縄県でインターンシップに参加する、ということも可能です。入社時点で先輩社員よりも会社のことをよく知っている、ということも起こりうるかもしれませんね。
オファー承諾期限はどのように設定していますか。
内定後1週間以内に、一次回答として「辞退」「受諾」「検討中」のいずれかを選んでもらいます。検討中を選んだ学生は、原則として半年後を最長期限とし、自身で回答期日を設定。期日が近づいても決めきれない場合、相談によっては延長も可能です。
将来やキャリアにしっかり向き合う学生が増えている
学生からの反応はいかがでしょうか。

おおむね好評です。私自身、リーマンショックのタイミングで就職活動を行ったこともあり、若い頃から「日本の就活って何だろう」と思っていました。今の学生も同じような違和感を抱いているのでしょう。「こういった選択肢を待っていました」「他の会社にもあったらいいのに」といった声をいただいています。私たちが発信してきた「焦らず自分のタイミングで考え、動いてほしい」というメッセージが正しく伝わっている手応えを感じています。
海洋学研究のために大学院への進学が決まっていて、「大学院の2年間は研究に集中したい」という強い希望を持った学生がいました。しかし、大学院を修了する2年後に就職するためには、1年目から就職活動を始める必要があり、自分がやりたい研究に没頭できないと困っていたそうです。
その学生は「星野リゾートの仕事なら自分の研究が生かせる」と考え、大学院に進学する前に選考を受けてくれました。入社は先になりますが、研究に関して私たちが力になれることがあればぜひ連絡してほしいと伝えました。今後は、このように学びとキャリアを事前につなげられる事例が増えてくるかもしれませんね。
「真剣に自身のキャリアを考える学生」が増えてきた印象はありますか。
早い段階で選考を受ける学生の多くは、入社後のキャリアをよりよいものにするためにどのような選択肢をとるべきかを真剣に考えています。
これまでは、学生が早期に動きたくても選択肢が限られていました。たとえば合同説明会への参加が3、4年生に制限されるなど、情報へのアクセスに壁があったのです。しかし今は、自分でいくらでも情報が入手できる時代。大学1年生のうちから情報収集を始めたり、インターンシップ・説明会に参加したりと、早い段階から自分のキャリアに向き合い、主体的に活動している学生が増えていると感じます。
また、今の世代は物質的に満たされた環境の中で育ってきているので、仕事に対する洞察がとても深い印象があります。給与や条件は重要ですが、それだけではなく、この仕事で本当に納得できるのかを若いうちから考えている印象です。そういった価値観を持つ学生の期待に応えられるような環境を提供していきたいですね。
エントリー数や学生の傾向に変化はありましたか。
1、2年生のエントリーは、数としてまだそれほど多くはありません。しかし、それは私たちが伝えたいメッセージが正しく届いている証拠でもあるため、ネガティブに捉えてはいません。
業務が平準化されるなど、うれしい誤算も
新しい人事制度の導入を検討する際、社内の理解を得るのに苦労する人事担当者は少なくありません。学年を問わない通年採用制度の導入の際、社内から反対の声はなかったのでしょうか。
実はそれほどハードルが高くありませんでした。アイデアの種ができてから約2ヵ月間、採用チームのメンバーで徹底的に議論し、考えられる可能性や懸念をすべて洗い出した上で、「やる価値がある」という結論に至りました。その結論を私の上司である人事部長、そして代表と相談したところ、「最前線で採用市場の動向に触れている採用チームがそう言うのであれば」と比較的スムーズに賛同を得られました。
サービスチームと同じで、現場最前線のチームが議論を重ねて出した意思決定は積極的にやってみる、というのが星野リゾートのスタンスなのです。
代表に話を通した後、総支配人全員が参加する会議で説明する機会がありました。15分ほどのプレゼンテーションで、私たちが何を見て何を感じているのか、学生は何に困っていて私たちが本当に向き合うべき相手は誰なのかを、しっかりと伝えました。「星野リゾートらしい答えだね」と背中を押してもらったので、気持ちが引き締まりましたね。
このアイデアを起案したのは私ですが、採用チームのメンバーはただリーダーの提案に追従するのではなく、懸念点などしっかりと意見を述べてくれました。「健全な批判」を出し合えるチーム風土が大事であると改めて感じ、私自身、非常に学びのある体験でした。
チーム内からあがった懸念には、どのようなものがありましたか。
「応募のタイミングが自由になると、学生は逆に大変になるのでは」などいくつかありましたが、一番大きな懸念は採用チームの業務負荷でした。これまでは大学生であれば3、4年生を対象にすればよかったところ、4学年分対応することになるため、業務負荷が大きくなるのでは、という意見がありました。
「やってみないとわからない」と制度導入に踏み切ったのですが、大きな混乱は起きないだろうという確信はありました。私たち採用チームのメンバーは、全員がホテルでのオペレーション業務を経験しています。業務フローを組んで状況に応じて柔軟に調整することはサービス業務の基本であり、得意分野なのです。
結果的に、むしろ負荷が下がった実感があります。以前は4月ごろになるとエントリー数がピークを迎えて多忙な日々を送っていましたが、エントリー時期が分散したことで、繁忙期がなくなったのです。うれしい誤算でしたね。
入社までの期間が長いと、採用計画を立てづらくなることはありませんか。
もともと、当社の新卒社員は4月だけではなく、6月、10月、2月入社を選択することもできます。また、キャリア採用も常時行なっており、年間通じて入社を受け付けています。新規開業施設も毎年一定数あり、人員計画については、そういった細かい変動要素を加味して判断していく必要があるため、必要人員を常に細かく確認しています。
それだけ頻繁に動きがあることも、柔軟に対応できているという理由の一つでしょう。入社が2年後、3年後になれば、逆に調整がしやすくなるともいえます。
常にフェアな状態で就活できる環境を目指す
今後、さらに取り組みを強化していきたいことはありますか。
「学生主体の通年採用」の取り組みに対して多くの反響をいただいていますが、まだ少数派の取り組みでしかなく、市場のあり方が大きく変わるまでには至っていないのが現状です。しかし近年、新卒一括採用をやめたり、新卒とキャリア入社の垣根をなくしたりする企業が増えてきています。あまり遠くないうちに、こうした変化が当たり前の世の中になるのではないでしょうか。焦って就職活動をする学生がいなくなり、常にフェアな状態で就職活動ができる環境をつくることを目指しています。
採用活動はマーケティングに近いと感じています。そこで働くことに意義を感じ、価値を抱ける環境があるか。そういった環境を提供することは、会社や人事の責務です。
サービス業は他業界と比べて、給与や労働環境の面で価値を十分に伸ばしてこられませんでした。観光業界に追い風が吹いている今、千載一遇のチャンスだと捉えています。サービス産業を一流産業にしていくために、待遇面も含めて、この業界で働くことに価値を感じられる状況をつくっていきたいですね。

(取材日:2025年4月9日)

人事・人材開発において、先進的な取り組みを行っている企業にインタビュー。さまざまな事例を通じて、これからの人事について考えます。
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