紹介会社の勧める企業はコンプライアンスも大丈夫、というわけにはいかない
転職理由を正直に話してくれる優秀な人材は即採用、というわけにもいかな
転職してからヤバイ実態が判明した企業のケース
社内のコンプライアンス体制を外からうかがい知れますか?
入社前にじっくり情報収集をし、代表者をはじめ何人もの社員たちと話し合って、十分な手応えを感じて選んだ転職先の企業。ところが、実際に入社してみると、やはりいろいろな違和感やカルチャーショックがあるものだ。細かい社内の習慣や制度なら、少しずつ慣れていくしかないが、これがコンプライアンス(法令遵守)に関することだと、一個人の慣れの問題では済まなくなってくる。
「頼みがあるんだが、架空の売り上げを計上してくれないか…」
「大変ご無沙汰しておりました。お元気でいらっしゃいますか。1年ほど前に、転職の件でお世話になったWです。実は今回、改めてご相談したいことがあり、連絡申し上げました…」
こんな書き出しのWさんからのメールが届いた。Wさんは、確かに1年前に転職活動をしていた人で、営業マネージャーとしての仕事を何件か紹介したはずである。ただ、そのときには私の紹介した企業ではなく、別の企業に転職したのだった。仕事内容も、待遇や年俸の条件も、Wさんの希望どおりだったと聞いていたのだが、メールには「諸事情があり、再度、転職を考えております」と書いてある。さっそく、Wさんから詳しい状況を聞いてみることにした。
「実はあまり大きな声では言えない話なんですよ」 Wさんは、私たち2人以外は誰もいない応接ルームで、さらに声を低くして話し始めた。
「そろそろ年度末が迫ってきたという頃に、上司に呼ばれましてね。簡単に言うと、架空の売り上げを計上するよう操作をしてくれ、というわけなんですよ。関連会社に製品を売ったかたちにして、年度が明けたらまた買い戻すらしいんですけど…。まあ実体のない取引ですよ」
スポーツマンタイプで40歳という年齢よりも若く見えるWさんだが、この日は今ひとつ元気がないように感じられたのは、そういう事情だったのか。
「そんなことがあるんですか…。でも、Wさんの会社って、確か上場企業ですよね」 「だから問題なんですよ。しかも、聞いてみたら、今回が初めてじゃないようなんです。ここ数年、金額の違いこそあれ、ずっとそういう売り上げの操作をしているみたいなんです」
「それで再度転職を考えている?」
「まあ、一番大きい理由はそうなってしまいますね。いちおう、私の任されている課は赤字ではないですし、そんな架空売り上げなんてやりたくなかったから、今回は断ったんですけどね。どうせ来年になったらまた言われるような気もしますし、そういう体質の会社にちょっと嫌気も差しましてね」
Wさんは、年度末までまだ時間の余裕があるので、今度はじっくり期間をかけて、いい会社を探したい…と言った。 「また転職回数が増えてしまうんですけどね」。笑顔にも少々力がない。
「せっかくいい仕事が見つかったと思ったのに…」
こうしたケースは頻繁にあるわけではないが、転職の相談を受けていると、ときどきは遭遇するのもまた事実である。企業とコンプライアンスの問題は、昨今、ニュースやメディアで取り上げられることも多いが、細かい事例まで入れれば、実際にはその何倍もの問題が存在しているのは間違いないだろう。
経理担当者が役員から粉飾決算を要求されたというケース。年間の使用料が何千万円もする高額なデータベースを勝手にコピーして使用しているケース。医師にしか許されていない仕事を看護師任せにしている介護施設のケース……。これらは、すべて転職希望の人たちが退職理由として話してくれたものである。
「せっかくいい仕事が見つかったのに残念ですよね」。私は自分の言葉がほとんど何の慰めにもなってないのを感じながら言った。
「まあ、仕方ないでしょう。今の会社を紹介してくれた紹介会社もおそらく知らなかったことでしょうし。それよりも…」 とWさんは思いついたように私に質問した。 「こういう場合、次の面接に行ったときに、転職理由をどう説明すればいいんでしょうね? まさか本当のことは言えないですし…」
確かにそうなのである。企業に何か問題があって、退職という選択をした個人の場合、本人には落ち度がなくても、その転職理由をきちんと説明することもできないのが現状なのである。Wさんと私は、何か妥当な転職理由を見つけられないか…と一緒に考え始めた。
数日後、偶然だがWさんの勤務先の記事を経済新聞で見つけた。「X社、経常利益伸び好決算」とある。私は思わず複雑な気分になったのだった。
ネガティブな転職理由を漏らしただけで落ちた優秀な人材のケース
今の会社での不平・不満を正直に話しちゃダメですか?
「転職理由」は、企業での面接において必ず確認されるポイントである。できるだけポジティブな発想のできる人材が欲しい…というのが、どこの企業でも一般的になっているので、転職理由もまた「前向き」なものが好まれる。しかし、現実を見ると、前向きなだけの理由で転職を希望している人はほとんどいない。その落差のために、せっかくまとまりかけた話がまとまらないこともあるのだ。
「会社の合併でリストラも経験しましてね…」
「おもしろそうな仕事ですね。この分野はもう10年ぐらい経験がありますし、海外に2年ほど駐在していたこともあるから、英語も会議程度ならこなせますよ」
たまたまお会いしたHさんは、K社が求める人材にぴったり当てはまっているように思えた。K社のその求人は、技術系の専門知識を求めているうえに英会話力も必須。さらには事業部を立ち上げるスタッフの募集であるため、ベンチャー精神を持った人でなくてはならない…という、なかなかに欲張りな内容だったが、Hさんに求人票を見せると、本人もおおいに興味を持ってくれたのだった。
「今の会社が外資系で、去年、親会社の合併があったんですよ。個人的にも、勤めている会社の合併は2回目。そのたびにリストラも経験しましてね。私はリストラ対象にはならなかったんですが、今回も給与体系が変わって、結果的には年収も多少下がってしまったんです。そんなこともあって、次は日系企業もいいなと思っていたので、この募集にはぜひ応募してみたいですね」。Hさんは技術者らしい気取らない雰囲気の人で、転職理由についてもざっくばらんに話をしてくれたのだった。
さっそくK社に資料を見てもらうと、すぐに会いたいという話になった。K社のほうも力が入っている。
「履歴書を拝見した感じでは、経験も求めるところとかなり近いし、最初から役員がお会いすると言っています」と人事担当氏。候補者の数自体が少ないような募集なので、双方非常に期待が高まった中で面接日を迎えたのである。
さて、面接が行われた日の夜、さっそくK社に電話してみた。すでにHさんからは、面接終了直後に連絡をもらっており、手応えも十分あったという。
期待しながら受話器を握っていると、K社からは意外な答えが返ってきた。 「申し訳ありません。お会いした役員が今回は見送らせて欲しいと言っているんですよ」。心なしか人事担当氏の声も沈んでいる。
「今回は勉強になりました、ありがとうございました…」
「理由は、転職理由が前向きでない…ということなんです。現職の会社の状況が思わしくないから転職したいという理由は、当社のようなベンチャー企業には合わない、というんですね」
これには思わず唸るしかなかった。仕事に関する能力面ではまったく問題ない。人柄も裏表なさそうだし、きっと面接では好印象を与えるだろう…と思っていたのだが。
「でもHさんは本音で転職に至るまでの思いを話されただけだと思うんですよ。仕事に関しては、とても前向きな方だし、決してネガティブな発想をする人材ではないと思うんですが…」 何とかもう一度チャンスをもらえないかと交渉してみたが、役員がきちんと考えて決定したことだから…とK社の結論を覆すことはできなかった。
Hさんにこの結果を伝えると、ほんの少しの間を置いて気を取り直したような声が返ってきた。 「確かにそうですね。私が採用する側でも、やはり会社への不安や不満で転職する人より、前向きな転職理由の人が良いと思ってしまいますから…。次回から、そのあたりには十分工夫して臨むようにしますよ。勉強になりました」
候補者の本音を聞き出したい、人間性を知りたい…と言いながら、採用面接というのはまだまだ建前の力が大きい場なのだろうか。日々、多数の転職希望者と面談をしていると、人が転職を考える一番最初の動機というのは今の仕事や会社への不満である、と実感しているだけに、何ともやりきれなさを感じてしまった。