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邂逅がキャリアを拓く【第3回】
データサイエンティストとの邂逅

株式会社ブレインパッド 常務執行役員 CHRO

西田 政之氏

株式会社ブレインパッド 常務執行役員 CHRO

時代の変化とともに人事に関する課題が増えるなか、自身の学びやキャリアについて想いを巡らせる人事パーソンも多いのではないでしょうか。長年にわたり人事の要職を務めてきたブレインパッドの西田政之氏は、これまでにさまざまな「邂逅」があり、それらが今の自分をつくってきたと言います。偶然のめぐり逢いや思いがけない出逢いから何を学び、どう行動すべきなのか……。西田氏が人事パーソンに必要な学びについて語ります。

採用の鬼門、データサイエンティスト

人事にとって「データサイエンティスト」(以下、DS)は、採用における鬼門と言っても過言ではないでしょう。そもそも母集団が少ないところに、高額の報酬を打ち出す大手企業が相次ぎ、争奪戦の様相を呈しています。ダイナミズムを求める優秀層は外資系を中心とした有名どころに刈り取られてしまっているため、焼け野原で生き残りを見つけなければならないのが現状です。

私も前職でDSを採用するにあたり、2年がかりでようやく一人採用にこぎつけた経験があります。具体的には、「大学学長へのアプローチ→教授からの紹介→産学連携プロジェクトの合意→産学連携プロジェクトへの学生派遣→派遣してもらった学生のインターン参加→会社あげてのアトラクト→本採用」というとても長いプロセスでした。幸いにも採用できたDSは大変優秀で、現在もDXの中心人物として活躍しているようです。

データサイエンティストとは?

そもそも、DSとは何者でしょう? 教科書的に言えば、大量のデータを分析・解釈し、そのデータから有益な情報や知見を引き出す専門家のことです。DSには大学院で物理や数学、情報処理などの学問を究めた人が多いのですが、データサイエンティスト協会(注1)では、データサイエンティストに必要なスキルセットとして「ビジネス力」「データサイエンス力」「データエンジニアリング力」の三つを定義しています。

DSはこれらのスキルを駆使しながら、企業や組織が直面する課題解決や新しいビジネスチャンスの発見に貢献します。データを活用することで、より賢明な意思決定を行い、ビジネスの競争力を高める役割を担っているわけです。詳しくは、ブレインパッドのオウンドメディア「DOORS」でDS自身が語っているので参照してみてください。また、経産省とIPA(情報処理推進機構)による「DX推進スキル標準」の詳細図を記載しますので、参考にご覧ください。

出典:デジタルスキル基準ver.1.0(経済産業省/独立行政法人情報処理推進機構)

出典:デジタルスキル基準ver.1.0(経済産業省/独立行政法人情報処理推進機構)

データサイエンティストはどんな人たちなのか?

世の中、これまで以上に先が見えない時代になりました。さらに、あっという間に生活の中に溶け込んだインターネットやスマホはもとより、VRや生成AIなど、技術の進歩が速すぎて社会システムが追いついていないのが現状です。

であれば、社会システムが整うまで待っている必要はなく、先行して好きなことをやった者勝ちになります。DSは、意図的か否かは別として、まさに、このやった者勝ちの精神で最先端を行く人たちに見えます。ステレオタイプ的に言うと、“好きなことをとことんまで突き詰めている人種”と言えるでしょう。

例えば、彼らの中には、朝から晩までずっとデータと向き合い続けている人もいます。会社でクライアントのデータと格闘しながら予測モデルを作って、課題に対するソリューションを考えているかと思えば、帰宅してからもKaggle(カグル)(注2)のデータを使って、どうすれば精度の高いモデルができるのかを考え、レポートを作ります。また、隙間時間はKaggleで成績をあげるために勉強をします。まさに知的ゲームを楽しむことに偏っているようです。

ブレインパッドのDSは比較的ビジネス感度の高い人が多いのであてはまらないかもしれませんが、もうかる、もうけるということに無頓着である人が少なくないのも事実です。これはマズローの欲求5段階説でいうと低階層の欲求の感度が希薄で、給料とモティベーションが連動していません。極端な話、データを触る時間を削るくらいなら、給料なんて上がらなくても構わないと本気で考えている人もいるくらいです。

マズローの欲求5段階説

DSは比較的高給であるという背景があるにしても、「効率化」と「稼ぐこと」が必ずしもリンクしていないわけです。ただ、彼らはある意味、究極的な自律の形を体現しているのかもしれません。一見してコミュ力が高そうに見えない特徴があるのも、余計な時間を取られるよりも好きなことに集中していたい、という指向性が働いているからだと考えられます。必要がなければ誰とも話さなくても、接しなくても構わない、というのが本音なのでしょう。そこまでして好きなことに集中する純粋な姿勢が、彼らの才能の発揮を支えているのかもしれません。

データサイエンティストAさんのプロジェクト事例

ここからは、若手DSのAさんがクレジットカードの不正決済を検知して止めるプロジェクトに参加した事例を基に、DSの仕事ぶりを紹介していきたいと思います。

フィッシング詐欺やパスワードリスト攻撃(注3)などによりクレジットカードが不正に決済された場合、カード会社はその損失分を補てんしなければなりません。また、不正に決済されるとサービスの安全性が損なわれ、善良なお客さまが安心して使えなくなってしまいます。カード会社から不正決済の検知のためにDSの力を借りたいと声がかかり、Aさんはプロジェクトに参加することになりました。

カード会社の要望は「今ある不正決済検知ルールをアップデートし、似た手口の被害がこれ以上広がらないようにしたい」というものでした。そこでAさんは要望通り、データ分析をもとにルールをアップデートして信頼関係を築くことから始めます。しかし、その裏でAさんは「要望は本当にこのプロジェクトで達成したいことなのか?」「真に解決すべき課題は何なのか?」と考えていました。

日々会話を重ねていく中で、カード会社から「昔、AIモデルを利用したことがあるが、予測した結果がなぜ不正なのかを、お客さまにも社内にも説明できなかった。そのため、決済を止めるという高リスクな打ち手を講じることができず、今なおルールベースのアップデートを続けている」という話を聞きました。そこでAさんは、プロジェクトのゴールを再設定することを提案しました。

もともとのルールベースの検知でも、一定の成果は出ていましたが、より安心・安全なサービスを実現するためには、ルールだけでは取り締まれない手口も検知する必要があります。そのためには、高度な予測ができるAIモデルの強みを活かせるとAさんは考えたのです。また、昨今はブラックボックスなAIモデルを説明するための手法であるXAI(Explainable AI、説明可能なAI)が発展しているという環境変化もありました。

これらを踏まえたAIモデルの再設定により、真のプロジェクトのゴールである「既存の手口だけに留まらず、さまざまな手口の不正を防ぐこと」が達成できる可能性があると、Aさんは説明しました。その提案を聞いたカード会社は、AIモデルの構築にもう一度チャレンジすることを決断。真のプロジェクトのゴール達成に向けて、舵を切ることになりました。

さらにAさんは、AIモデルの活用方法についても提案しました。人間もAIモデルも、100%正確に検知することは不可能です。AIモデルが誤判定し、善良なお客さまの決済を止めるようなことがあれば、どうなるでしょう。お客さまにご迷惑をかけることはもちろん、カード会社としてもその対応のためのコストが発生してしまいます。そこでAIの予測結果を使っていきなり決済を止めるのではなく、二段階認証によって本人かどうかを確認するようにしたり、怪しい決済が行われた場合はすぐに確認メールを送って、不正だった場合の被害を最小限に留めたりするなど、低リスクの施策から始めることにしました。

この提案をきっかけにAIモデルの構築と運用が始まり、お客さまはより安心・安全にカード決済サービスを使うことが可能になったのです。

データサイエンティストA君のプロジェクト事例

ネオ・データサイエンティストの時代

DSというと「研究を重ねて高度な機械学習モデルを作る人」と誤解されることもありますが、Aさんの事例でもわかるように、それはあくまでもDSの仕事の一部であり、機械学習モデルはビジネス課題を解決するための強力な道具のひとつに過ぎません。もっと言うと、これからのDSは戦略コンサルタントのように深いところまで踏み込み、お客さまも気づいていない、課題の本質の解明を求められることになるでしょう。

そんな時代の要求とともに進化したDSになるためには、何かが必要でしょう。私は、ベースとなるデータ分析力に加え、哲学的思考力を身に付けることが必須であると考えています。哲学者の近内悠太さんは、哲学には、1)背理法、2)対概念、3)アナロジー、という三つの道具があるとおっしゃっています。DSはまさにこれら三つの道具を駆使しながら、論理的、批判的、抽象的思考で、物事を多面的に深く洞察するケイパビリティを磨き上げることで、経営判断の正当性の確保に寄与することができると考えます。

これはある意味、「理系思考の経営人材」を作ることと同義かもしれません。どのような職種でも、時代の変化と共に変わり続けなければ、その価値は維持できません。最先端であるDSもその例外ではなく、まさに “ネオ・データサイエンティスト”への進化が求められていると言えるでしょう。

なお、ご紹介したDSのプロジェクト実例については、あくまでも一つの見方、とらえ方をご紹介したものであり、全てのDSに当てはまるものではないことを付言しておきます。

注1)一般社団法人 データサイエンティスト協会のHPより抜粋
https://www.datascientist.or.jp/common/docs/10thsymp_skill.pdf

注2)Kaggle(カグル)はAI/機械学習を用いたデータ分析技術を競う世界的コンペティションプラットフォーム。世界中のデータサイエンティストやエンジニアら18万人が参加し分析技術の腕を競い合います。このコンペティションで秀でた成績を残した人には「称号」が与えられます。
出典: 日鉄ソリューションズ株式会社
https://www.nssol.nipponsteel.com/future/stories/kaggle-001.html

注3)パスワードリスト攻撃とは、インターネット上で提供されているサービスに不正にログインするための攻撃手法の一つです。攻撃者は何らかの方法で入手したIDとパスワードの組み合わせのリストを用いて、ログインを試みます。

西田 政之氏
西田 政之氏
株式会社ブレインパッド 常務執行役員 CHRO

にしだ・まさゆき/1987年に金融分野からキャリアをスタート。1993年米国社費留学を経て、内外の投資会社でファンドマネージャー、金融法人営業、事業開発担当ディレクターなどを経験。2004年に人事コンサルティング会社マーサーへ転じたのを機に、人事・経営分野へキャリアを転換。2006年に同社取締役クライアントサービス代表を経て、2013年同社取締役COOに就任。その後、2015年にライフネット生命保険株式会社へ移籍し、同社取締役副社長兼CHROに就任。2021年6月に株式会社カインズ執行役員CHRO(最高人事責任者)兼 CAINZアカデミア学長に就任。2023年7月より現職。日本証券アナリスト協会検定会員、MBTI認定ユーザー、幕別町森林組合員。日本CHRO協会 理事、日本アンガーマネジメント協会 顧問も務める。

企画・編集:『日本の人事部』編集部

Webサイト『日本の人事部』の「インタビューコラム」「人事辞典「HRペディア」」「調査レポート」などの記事の企画・編集を手がけるほか、「HRカンファレンス」「HRアカデミー」「HRコンソーシアム」などの講演の企画を担当し、HRのオピニオンリーダーとのネットワークを構築している。

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この記事ジャンル 採用概論

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