人事マネジメント「解体新書」第51回
2012年 これからどうなる!?「人事」と「人事部」(前編)
~日本の「人事」の行く先、方向性を探る
グローバル化、少子高齢化が一段と進む中、思いもかけなかった東日本大震災、そしてTPP問題など、混乱を極めた2011年が終わろうとしている。依然として、景気の先行きは不透明であり、この先も年金問題や派遣法の改正、新卒採用の短期化など、人事部には対応しなければならないテーマが目白押しだ。それでは、2012年を迎えるに当たって、人事部はどのような「人事戦略」を講じていけばいいのだろうか。『前編』では、“これからどうなる!?「人事」”をテーマに、日本の「人事部」が押さえておくべき「人材戦略」と「人材育成」について、いくつかのポイントを記してみたい。
「人材戦略」において、どう舵を切るのか
◆日本的な「人材戦略」が変質してきた
グローバル化が進む中、経営を取り巻く環境の変化が、一段とスピードを増している。さらにITを活用したコミュニケーション、ソリューション対応が当たり前となってきている現在、経営では何事もスピード感をもって行うことが必須条件となっている。厳しい経営環境下で生き残りを図っていくためには、好むと好まざるとにかかわらず、多くの企業にとってスピード対応は待ったなしの状況と言えよう。
それは、「人材戦略」の面でも同様。これまで伝統的な日本企業では、新卒で採用した人材をさまざまな部署へとローテーションし、いろいろな上司の下で経験を積ませながら、手間隙をかけて育てていった。しかし、このようなやり方は通用しなくなってきた。変化の激しい時代に企業が適応していくためには、今、必要とされている人材を必要なところへスピーディーに供給しなくてはならない。しかし、現実には内部からの調達は難しく、必要とされている能力・スキルを持った人材を、いろいろな施策や手段を用いて、外部から調達することを推し進めていった。その結果、終身雇用を前提とした年功序列的な制度をはじめ、従来、日本企業に見られた人事慣行の見直しが進められていった。
例えば、この10年くらいを見ても、不採算部門から撤退して事業を人材と一緒に売却したり、早期退職などのリストラ策が行われたりする一方、M&Aを推し進めて人材を含む経営資源を丸ごと買収するといった経営戦略が、当然のように行われるようになった。これらは、明らかにこれまでの日本的経営とは違う類のものである。その結果、「三種の神器(年功序列、終身雇用、企業内組合)」に支えられた日本企業特有の一体感や求心力が、徐々に消えていったように思う。さらに、さまざまな弊害も出てくるようになった。
◆経営が行うスピード対応の持つ“危うさ”
まずは、働く人のモラールの低下が上げられる。いくら生き残りを図るためとはいえ、いきなり会社が人を取捨し、売買していくような状況下で、果たして社員は自分の身を捧げて働こうとするだろうか。これでは、会社に対してロイヤリティーを持つことは難しいように思う。また、必要な時には重宝されても、いったん不用となったらリストラされるかもしれない職場では不満や不安が募るばかりで、長期的なキャリア形成や能力開発を考えることができない。これでは、モラールが上がるわけがない。
また、事業組織が度々変わったり、M&Aが頻繁に行われたりするような組織では、異なる組織文化や職場風土の衝突が避けられない。日常的に摩擦が起こる中で、働く人たちの意識は疲弊していく。以前のような一体感や仲間意識を持つことは難しいだろう。何より、“赤の他人”ばかりの職場では、相互理解や協働意識も生まれてこないのではないか。
結局、その時々に必要な人材で構成される組織を素早く作ったとしても、うまく機能するとは限らない。いくら優秀な人材でも、また頭数や工数をきちんと揃えても、お互いが疑心暗鬼で、信頼関係が結ばれていない環境では、事業の継続と成長に不可欠なチームワークや組織力などは、望むべくもない。むしろ、低下する危険性があるのではないか。その意味からも、経営が行うスピード対応を“英断”だと賞賛するばかりではなく、人材戦略という意味から言えば、スピード対応の持つ“危うさ”を捉え直す必要もあるのではないだろうか。
◆「ヒト」「モノ」「カネ」を、同列に論じてはいけない
とはいえ、成長著しい諸外国を相手に戦っていかなくてはならない昨今、経営におけるスピード対応は必須だ。そこで提案。この両者の“ジレンマ”を解消するために、変化に対する適応性が高いハイポテンシャルな人材を、育成していくことを考えてはどうだろうか。
周知のように、経営資源には「ヒト」「モノ」「カネ」があるが、これを同列に論じてはいけない。確かにスピード経営は必要だが、そのスピード感を「モノ」や「カネ」と同じように「ヒト」に当てはめていくと、前述したような働く人のモラールダウンや、組織文化の荒廃、組織生産性の低下を招いてしまう危険性があるからだ。なぜなら、「モノ」や「カネ」と違い、「ヒト」だけが心や感情を持っているからである。1+1が、必ずしも2にはならない。対応の仕方一つでマイナスになることもあれば、逆に、5にも10にもなるのが、「ヒト」という資源の大きな特徴であり、ポテンシャルということができるだろう。
つまり、今いる人材が、これから他分野でも必要とされる人材となるようにしていく、ということである。サッカーなどでは、いろいろなポジションをこなせるポリバレントな(多様性を持つ)選手が重宝されるが、それと同じ考え方である。では、そのためにはどうすればいいのか――?
◆スピード対応できる「人材ポートフォリオ」を構築していく
まずは中長期的な視点から、これから進出を想定している領域で、どのような人材・職種・能力・スキルなどが必要なのか、その「人材要件」の概要(人材ポートフォリオ)を描いていく。そして、今いる人材と比較し、質量の両面で検討していく。それを踏まえた上で、社員には「今、行っている仕事」に加え、「これからの仕事」もさせていくことである。一般的には、ローテーション、あるいは兼務で行うことになるだろう。場合によっては、別途プロジェクトを設けたり、関連企業や協力会社へ出向したりするという形もあるだろう。グローバル展開を進めている企業では、こうした対応を行っている企業も少なくない。いずれにしても、将来的に必要となる事業分野での“経験値”を積ませ、人材としての適応性を高めていくことが大切である。
このようなアプローチを進めていくことで、スピード対応できる人材の社内ストックが蓄積されていく。もし難しければ、将来を担う層やハイパフォーマーに限ってもいい。これができれば、経営戦略に合った人材を社内から調達するという「人材戦略」が可能となる。すると、新規の領域だからといって、やみくもにM&Aをすることなく、また、外部から調達する人材も、組織調和的な観点から、適正な水準で対応することができるようになると思う。
◆人材の「適材適所」を実現する
しかしながら、企業は生き物である。業務がこれから全盛を迎えようとしている時期もあれば、新しい領域に向けて活路を見出さなければならない時期も必ず出てくる。その時に、全部が全部、同じ人材でやっていけるほど、世の中は甘くはない。特に最近は変化が激しい分、本当に力を発揮してくれる人材のスペックや能力、人材像なども当然変わってくる。その意味からも、外部人材は不可欠な存在である。何より、人材の流動性とフレキシビリティーを組織の中では担保しておかないと、経営が硬直化してしまう。
外部人材の活用については、業務をコアとノンコアという分け方をした場合、ノンコアだけでなく、コアでも業務分析を正しく行うことによって、外部に出すことができる。そして、もっと付加価値の高い業務を社員にさせていったほうが、組織としての生産性はより高くなると考える。実際、外部のマーケットに相当数の優秀な人材がいるわけだから、外部人材をいかに適切に組み合わせていくかを、このような視点から講じていくことがこれからは必要となってくるだろう。
そして、人材の流動性を的確に進めていけば、各人材の持っている能力・スキルを社会全体として有効に活用することができる。一企業でも、人材ミックスをうまく組み合わせ「適材適所」を実現していくことにより、変化に対して適応性の高い組織となっていくことだろう。
スピード対応が迫られている現在、日本的人事の良い部分は残しつつ、次の時代を見据えた戦略的な「人材ポートフォリオ」を構築していくことが、まさに求められているように思う。
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