「戦略の実行」を担う人事部が、
いま行うべき「人材育成」とは?
フリービット株式会社 戦略人事部ジェネラルマネージャー
酒井 穣さん
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新卒には、当たり前のアプローチとプラスαを行う
会社の規模が大きくなり、新卒を採用する段階となると、彼らに対する人材育成の仕組みを作っていかなくてはなりませんね。
新卒に関してはまず、「当たり前」のアプローチをちゃんとやるということを考えています。例えば、新入社員1年目で、起こりやすい心理的な変化というものがあります。それについて目をかけ、何かあったらフォローアップし、フィードバックしていくこと。これは新卒の場合、入社3年目あたりまで必要でしょう。基礎的な研修も重要です。
しかし、そうした「当たり前」だけでは不十分です。我々はベンチャーですから、大企業にはできないプラスαが常に必要だと思っています。例えば、入社3ヵ月で中国に駐在させる、というようなこと。経営企画室に配属された新入社員は、早々に社長に対してプレゼンテーションを行ったり、企画を出したりしています。これらは、彼らにとっての“修羅場経験”となります。そのため、普通の大企業とは成長のスピードが全く違ってきます。もちろん、今後は大企業もしっかりと育成計画を立てて、こうした動きに対抗してくるはずです。単純に、ベンチャーと大企業を相対させるような切り口だけでは、人材育成は語れないと思います。
それから、キャリアカウンセリング的な活動を取り入れているのも特徴です。これからは人材の流動化が進み、さまざまなバックボーンや国籍を持った人たちと競い合っていくことが当たり前になります。そうした時、どのような心構えで仕事をしていけばいいのか。例えば、同期入社の中国人は、日本語も英語も話せます。さらに、専門性の高い技術も持っている。そういう人たちと切磋琢磨していかなければならないわけです。おそらく、日本人社員には焦りがあることでしょう。と同時に、同期だから負けたくないということで、目線が高くなります。競い合う存在として、自分よりレベルの高い同期がいること。これは、人材育成という意味では良いことだと思っています。
緊張感にさらされることで、成長のスピードも違ってくると。
オランダでは、探求型の学習ができています。自分が何をしたいか、どうしたいかが明確なので、自分の周囲は、競争相手ではなくて、よきアドバイザーだと思っています。だから、焚きつけるようなことはしなくていい。一方で、少し悲しいですが、追い詰めないと勉強しないのが多くの日本人です。事実、中国に駐在する辞令を出せば、中国語を勉強しようとします。でも、辞令をださないと、なかなか本気で語学を勉強したりはしませんよね。本来は、こうした学習は自発的であるべきでしょう。
今後日本人は、少し厳しい環境に置かれることが必要だと思います。その際、ストレッチすれば届くような目標を与えていくことが欠かせません。ただ、世界的に見れば、そんなのん気な状況は他にありませんね。事実、当社に入ってくる外国人社員は、初めから何をやりたいかどうかが明確です。
初期の段階で身に付けるべき物事を突き詰めて考える力、探求心が養われていないことが大きな問題でしょうか。
仕方のないことですが、時間は取り戻すことができません。だから、現在地はここにあるということをシビアに捉えて、そこからより良い場所に行くことを考えていくしかありません。つまり、現在が、自分にとって一番人生の若い瞬間だと。そこからしか、変えていくことができないと自覚することです。
コーチとアセスメントをうまく活用する
実際にあきらめる必要はなく、今の地点からでもできることはたくさんあります。例えば日本では、プライベートでコーチを付けたりすることはあまりありませんが、本当は、誰にとってもコーチのような存在が必要です。外から自分の良いところ、悪いところを判断してもらったり、意見をもらったりといった「成長のための客観的な視点」が必要だからです。特に、新入社員の3年目までというのは、座学がすごく効きます。まだ自己流のクセなどがついていないので、基礎理論の吸収も早い。まさしく、打てば響く時期です。
オランダには、自分からコーチを見つけ出して、その人に「コーチ(メンター)になってください」と自ら言いに行く習慣があります。私にも複数のコーチがいましたし、私自身にもそれなりの人数の人のコーチとして活動した経験があります。コーチは、基本的に自分の上司でないほうが良いです。できれば、社外の人が理想的です。その人の目標に対して、並走してきちんとコミットできる存在でないといけない。ただ当社の場合、こうした面はまだ不十分です。現状では、月に1回の面談を行う私が、そうした機能を果たしているように思います。
同時に、行動変容を確認するなど、アセスメントを受けることはどうですか。
アセスメントはとても重要です。変化は、自分ではなかなか分かりませんから。また、世界で戦う場合は、データの比較も日本だけではなく、グローバルに比較することが必要です。こうした対応は、今後進めていきたいと考えています。
今後については、どのような課題をお持ちですか。
ここまで話してきたことは、「消極的学習者」のことです。基礎力もあってやる気もあるが、どうやっていけばいいのか分からない。放っておくと、10年も20年も語学を学ぼうとしない。でも、現地に送り込めば1年くらいで話せるようになる、というのが多くの日本人なのです。元CCLの研究員、マイク・ロンバルト氏は、こういう「消極的学習者」は組織全体の6割くらいを占めているといいます。これらの人に対しては、アセスメントをして、コーチを付けていくなどすれば、確実に成長していくでしょう。
日本の将来を考えた場合、このような消極的学習者を「積極的学習者」へと移動させ、増やしていくことが大切です。皆が「もっと知りたい、勉強したい」と思うことを見つけることです。
大切なのは、気がついたその瞬間から、学習することを始めるしかないということですね。
好きなことに気がついた、今が大切なのです。このことを忘れてはいけません。
これから、人事部が担う「役割」とは?
結局のところ、従業員に気づかせることが、企業の人事や教育担当者にとって、より大切なことになってきますね。
例えば、「人事部員は会議を英語化する」など、まず人事部が率先して行動を示すことでしょう。そうしないと、従業員に勉強するように言っても、正当性がありません。そうした意味で、人事部自身が現在位置を確認することが必要です。
また、具体的に従業員が気づくためにするべきこととして、私なら「週末に自費で北京か上海に行っておいで」と言います。現在、成長の著しい中国社会がどのような状況にあるのか、それを自分の目で、しかも身銭を切って見に行くこと。すると、危ないのは「日本の将来」ではなくて、「自分の将来」であることが感じられるはずです。我々は今、生存競争の危機にさらされているのです。これが、日本にいると非常に分かりにくい。だからこそ今、一番成長している現場で、その勢いを見て、このままではまずい、と思うことが気づきのファーストポイントとなります。
組織との関係も、雇用契約から、一人ひとりがフリーエージェント化する関係へと移っていくことになるでしょう。近い将来、何らかの特定分野のトップ集団にいないと、食べていけない社会になっていきます。そのためには好きなことを探して、その道の熟練したプロになるということが、前提条件となります。そして、常に学習することでトップ集団にいることができる。そういう社会が、すぐ目の前まで来ています。
ただ、個人的には楽観もしています。日本の30代前半の若者にはすごく優秀な人材が多く、自分でベンチャー企業をスタートさせている。世界の中でも、しなやかに勝てる若者が出てきています。また、彼らはネット社会の中でも発言力がある。いわゆる76世代と呼ばれる年代に、こうした人材が集中しています。この層が牽引力となって、これからの日本を引っ張って行ってくれるのではないか、という期待を持っています。
厳しい社会ですが、気づき、学んで熟練していくことで、新しい道は開けてくるように思いました。そのためにも、まずは人事部が率先して、範を示していかなければならないわけですね。本日はお忙しい中、ありがとうございました。
取材は2010年7月8日、東京渋谷区のフリービット本社にて
(取材・構成=福田敦之、写真=東幹子)
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さまざまなジャンルのオピニオンリーダーが続々登場。それぞれの観点から、人事・人材開発に関する最新の知見をお話しいただきます。