「ネガティブな人」がいるから組織は成長する
心地良く働ける環境を実現するため、組織の多様性はどうあるべきなのか
青山学院大学 国際政治経済学部 教授
友原 章典さん
「従業員が幸せになれば企業にも恩恵があるから、従業員の幸せを追求する経営をするべきだ」という風潮がある一方で、トキシック・ポジティビティ(有害なポジティブさ)という言葉も聞かれるようになりました。果たして、コストをかけて企業が個人の幸せを追求することは、組織のメリットになるのでしょうか。また、ポジティブな気質ではない人は、利益を生み出さないのでしょうか。『会社ではネガティブな人を活かしなさい』(集英社)の著者であり、「幸福の経済学」を研究している、青山学院大学 国際政治経済学部 教授の友原章典さんに、組織における多様性のあり方についてお聞きしました。
- 友原 章典さん
- 青山学院大学 国際政治経済学部 教授
ともはら・あきのり/2002年ジョンズ・ホプキンス大学大学院よりPh.D.(経済学)取得。米州開発銀行、世界銀行コンサルタントを経験。ニューヨーク市立大学大学院助教授、ピッツバーグ大学大学院客員助教授、カリフォルニア大学ロサンゼルス校経営大学院エコノミストなどを経て現職。著書に『実践 幸福学』(NHK出版新書)、『移民の経済学』(中公新書)など。
従業員が幸せでポジティブであることは、必ずしも組織がうまくいくことにつながらない
最初に、「幸福研究」とはどういう学問なのか、教えてください。
幸福研究は、行動経済学や心理学、神経経済学など、さまざまな視点から幸福について考察する学際的な学問です。経済学者である私が専門としているのは、その行動経済学の一つの分野である幸福の経済学で、例えば「お金があれば幸せになれるか」「従業員が幸せになれば、生産性が上がるか」といったことが代表的な研究テーマです。ここでいう幸せとは、ポジティブな感情や気分、仕事や人生の満足度が高い状態を意味します。
一時期問題となっていた「ブラック企業」での従業員の扱いに対するアンチテーゼとしての側面もあってか、従業員の幸福を求める経営や組織論が盛んになりました。メディアでも「従業員を幸せにすれば業績も上がってWIN-WINだ」と取り上げられることが多いのですが、果たして本当にそうなのだろうか、という疑問から出発しています。
結論としては、従業員の幸福度を上げることが企業の業績向上につながるとは言えないのでしょうか。
従業員を幸せにすればすべてうまくいくかというと、それだけではないというのが結論です。さまざまな実験や研究結果から、従業員の気分が良くなると情報処理能力が上がるなど、プラスの側面はあるものの、その効果は限定的で持続しにくいことがわかっています。そのわずかな効果を出すためにはかなりのコストがかかるため、従業員を幸せにする労務管理は費用対効果があまり良くないと言えるでしょう。
ポジティブな性質の人もネガティブな性質の人も、それぞれの特性を活かせる場面はあるので、ネガティブな人を否定したり、全員をポジティブに矯正しようとしたりする必要はありません。
ネガティブな人の特性を活かせる場面には、どんなものがありますか。
ポジティブな人はソーシャルスキルが高く、対人関係を円滑に進められる傾向があるため、例えば人事の仕事なら、採用の場面などで活かすことができます。ただ、採用担当が人当たりのいい人ばかりだと、採用された人が配属後にギャップを感じることがあるため、採用担当者がポジティブであることは一般に思われているほど重要なファクターでないともいえます。
また、ポジティブな人は少し楽観的でおおざっぱな傾向があります。ポジティブな人が見逃しがちな点に気づけるという意味で、人事評価を行う際はネガティブな人のほうが多面的に見られるという利点があるでしょう。
一方、ネガティブな人の場合、不安感が強く、細かなところに気がつく人などは危機察知能力が高いので、労務法規に関する業務などでその能力を活かせるでしょう。取り扱いに注意を要するセンシティブな場面で注意深く対応することができるからです。
人事以外でも、例えば不安の強い人は、会計監査や品質検査などの細やかでミスが許されない仕事に向いています。「暗い」と見られやすい人は、論理立てて物事を考える傾向があるので、法務などで活躍できるでしょう。怒りっぽい人は、交渉の場面で相手の譲歩を引き出しやすいという実験結果もあります。
つまり、同じ組織の中にポジティブな人もネガティブな人もバランスよくいるのが望ましいと言えます。
人種や性別だけでなく、特性にもダイバーシティ&インクルージョンが必要
ポジティブな人ばかりのチームよりも、ネガティブな人も含めて多様な人材がいるほうが、生産性は上がるということですね。ダイバーシティ&インクルージョンというと人種や性別、年齢などの多様性に目が行きがちですが、特性にも多様性があったほうがいいのでしょうか。
そう思います。野球で4番バッターやエースばかりのチームを組んでも強いチームにはならないように、職場もいろんなタイプの人が混在しているほうがいい。同じような特性の人ばかり採用するのではなく、性格も含めた多様な人を受け入れる環境を作ることが組織に利益をもたらすと考えています。
そのためには、多様性に寛容な「意識」を育むことが重要です。「ダイバーシティ&インクルージョン」とメディアで取り上げられている間はまだまだで、そんな言葉も使われなくなるぐらい当たり前にならなければいけません。外国人比率や女性管理職の割合など、表面上の数値さえ上げればいいというわけではないのです。
私がこのように考えるようになったのは、アメリカで働いた経験が影響しているからかもしれません。多くの日本企業では、従業員に空気を読んで、周りに合わせることを強要する雰囲気があります。一方、アメリカでは個々人が違うことが当たり前で、むしろ違った考え方をぶつけ合う中で、新たな価値を見いだそうとします。違いから何か成果を生み出せないか、アイデアを得ようとするわけです。同じように考えることを求められるような同調圧力は日本ほど強くないように感じます。
さまざまな意味での多様性を活かせるチームや会社の文化が、結果的に生産性や企業価値へつながっていきます。そうした意識が浸透すれば、数字は自然と上がっていくはずです。また、そのように多様性に寛容な意識を育むためには、子どもの頃からそうした環境に接するような教育も重要でしょう。
職場に多様性が必要とのことですが、一人当たりの生産性を上げる流れと逆行する「やる気がなさそうに見える人」なども受け入れるべきなのでしょうか。
一見やる気がないように見える“昼行灯(ひるあんどん)タイプ”の人にも、活躍の場面はあるはずで、存在価値が全くないわけではありません。例えば、もめ事をうまくまとめて場の雰囲気づくりに貢献してくれる人や、問題にぶち当たったときにユニークなアイデアを出してくれる人などもいるでしょう。有名な話ですが、アリのグループに2割存在する「働かないアリ」も、組織が存続するために貢献していると言われています。
全員が同質で一斉に働くよりも、多様な働き方をするチームのほうが安定して成果が残せる可能性は高いと言えます。そうした多様性に寛容な懐の深さがある企業が、100年スパンで生き残っていけるのではないでしょうか。
また、上に立つ人が部下の特性を見極め、最適な業務を託すことができることが重要だと思います。例えば、すぐに人の意見を否定する人には、クレーム対応マニュアルの作成を任せることで、活躍の機会を与えられるかもしれません。
多様性を生み出すため、管理職が意識すべき採用・マネジメント手法とは
日本企業で多様性を生み出すためには、具体的にどのような取り組みが有効なのでしょうか。
企業文化を変えるにはコストも時間もかかります。取り組みやすいアプローチの一つとして、各部署のリーダーに採用や働き方などを決める裁量を与えてみるのはどうでしょう。リーダーは自分との相性や成果を出すために必要なチーム構成を考えて採用するので、チームごとのカラーが出て、人材が多様化します。ポジティブなリーダーはポジティブな人ばかり採用すると懸念する方もいるかもしれませんが、そんなことはありません。優秀なリーダーであれば、メンバーの成長や成果を出すために必要なバランスを考慮するはずです。
また、部署間でスカウトやトレードもできるようにすると、よりマッチングの精度が高まります。上司との相性や適性のアンマッチが原因で離職することを避けることができ、将来活躍するかもしれない人材を手放さずに済むでしょう。
人事が採用や人材配置のすべてを完璧に行うのは大変です。人事には、裁量を持たせられる適切なリーダーを配置し、その周辺業務を支援することに集中してもよいと思います。
管理職は多様な人材をマネジメントしていくうえで、何を意識すればいいのでしょうか。
対応にメリハリをつけることが大切です。例えば全員に対してほめて伸ばすなど、一律の対応をするのではなく、ある程度相手に合わせた言い方や伝え方を考えることが重要です。
また、最近はオンラインでのミーティングや、チャットなどでのやり取りも増えています。メールやオンラインは真意が伝わりにくいので、少しオーバーなくらいに感情を伝えてもよいと思います。怒る場合などはハラスメントになるのではないかと心配するかもしれませんが、意思表示自体は悪いことではありません。書類内容に不満であるといった場合には、客観的に不備を列挙するなどして、意思表示の仕方に注意すればいいのです。
管理職には、部下の性格や作業内容によって「緊張感を持って接したほうが伸びるだろう」「ほめてゆったりと見守るほうが成果を出すだろう」といったことを見極める力が必要です。また、それに合わせたコミュニケーションを取ることも大切です。
そのためには大きすぎる部署よりも、小さいグループに分けてリーダーがきめ細やかに対応するほうが、個々の力を発揮させやすいのではないでしょうか。
上司の部下への接し方は、相性も重要なのですね。リーダーが自分と相性の良さそうな人を採用するには、どこに着目してその人の特性や自分との相性を見極めればいいのでしょうか。
例えば、履歴書のフォーマットをフリーなものにすると、わかりやすいでしょう。細かい文字でビッシリと書き込む人もいれば、箇条書きでシンプルにまとめる人もいるなど、違いが如実に出ます。そうするとこの人は少し心配性なのかな、などと判断の材料になると思います。
また、面接で「最近うれしかったことは?」のようにおおざっぱな聞き方をすると、旅行に出かけた話をする人もいれば、お金の話をする人もいるなど、個性が出るように感じます。
タイプ診断のアプリなどを開発して、採用や部署異動のマッチングに使えるようにしてみるのも面白いですね。一般的な性格診断に加え、特に重視したい特性に関する質問を入れることで自社オリジナルのものにすれば、よりマッチング機能が高まるのではないかと思います。
多様な人材を活かすために、人事評価ではどのような指標を重視すればいいのでしょうか。
評価で意識すべきポイントは二つあります。一つ目は、「チームへの貢献度」。会議で目立つ人やアピールする人ばかりが評価されるのではなく、裏で意見調整するなど縁の下の力持ちになっている人の影響力や貢献度が、正当に評価される軸があることが望ましい。バスケットボールでいう「アシスト・パーセンテージ」も評価するというイメージです。在宅勤務が広がって、裏で支えてくれている人の貢献が見えにくくなった側面もあるはずです。
もう一つは「長期スパンで見る指標も持つ」という点です。短期的な数字に対する評価だけでなく、長期的な貢献を評価する指標もあっていい。ネガティブな人が活躍する場面と、ポジティブな人が活躍する場面は状況によって変わるので、長い期間で評価するほど、多様な人材の評価につながります。環境や業務内容が変われば、特性を活かして活躍できることもあるので、直近半年間の評価と中長期的な評価では違う結果になることもあると思います。
社会全体で意識や文化を変えていくことで「全体的な幸福感」が高まる
「社員を幸せにする労務管理は費用対効果に見合わない」とのことでしたが、最近重視されている「ウェルビーイング経営」には、どのような目的で取り組めばよいのでしょうか。
企業が従業員を幸せにするための取り組みを否定するわけではありませんが、一企業が職場で幸福度を上げるための取り組みは意外と割に合わないことが多いのです。幸福度を上げるには非常にコストがかかりますが、その効果は一時的なものであり、従業員が当たり前に感じるようになるので効果が長続きしません。例えば幸福度を上げるための代表的な施策に在宅勤務の導入がありますが、世の中の多くの企業で実施されるようになれば、ありがたがらなくなってしまいます。
幸福度を上げるには、社会全体のカルチャーが変わるほどのインパクトが必要です。例えば先日、トヨタ自動車が時短勤務を認める子どもの対象年齢を18歳まで引き上げると報じられましたよね。こうした取り組みが影響力のある企業で実施されて広がっていけば、だんだん文化が変わって、それが当たり前のことになっていくのが望ましいと思います。時間はかかっても、社会全体で意識を変えていくのがよいのではないでしょうか。
意識の変化といえば、Z世代は就職の際、お金よりも自分らしさや社会貢献を重視する傾向があるそうです。こうした緩やかな意識の変化により、幸福に働くために職場に求めるものも変化していくように思います。
たしかに、私も大学で若い人と長く接してきた中で、仕事に求めるものに対する意識の変化は感じています。かつては「お金」だったのが、「生きがい」を求めるようになり、最近は「自由な時間」を求める若い人が増えています。自由な時間を提供できる職場環境であれば、仕事中だけでなく勤務時間外も含んだ全体的な幸福感が高まることが期待できます。
全体的な幸福感が高まれば、多少職場での満足度が低くても、転職率が低くなるなどのさまざまなメリットがあることは研究結果からも示されています。
「個人の幸せ=組織のメリット」ではなく、もっと大きな枠組みで社会全体の働き方や企業文化を改善していく取り組みが重要なのではないでしょうか。職場は私たちの生活の一部でしかないのですから。
最後に、人事担当者、管理職、経営者に向けてメッセージをお願いします。
従業員全員を強引にポジティブな状態に矯正する必要はありません。多様であることや同質でないことの効能を受け入れ、それぞれのペースに合わせて長い目で付き合っていくことで、すべての人が心地良く働ける環境を実現できるのだと思います。その延長線上に個人と組織のWIN-WINがあると期待しています。
(取材:2023年4月26日)
さまざまなジャンルのオピニオンリーダーが続々登場。それぞれの観点から、人事・人材開発に関する最新の知見をお話しいただきます。