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定型業務でも、やりがいは感じられる
従業員の「自律的モチベーション」を高める関わり方とは

九州大学大学院 人間環境学研究院 准教授

池田 浩さん

池田 浩さん(九州大学大学院 人間環境学研究院 准教授)

リモートワークが一般化し、働き方がますます多様になる中、従業員のモチベーションを維持・向上させることが企業にとって重要な課題となっています。従業員がいきいきと働く環境作りはもちろん、エンゲージメント向上による組織力強化のためにも重要なモチベーション。中でも留意すべきなのは、パターン化された作業を繰り返すことが多い「定型業務」に携わる人のモチベーション対策でしょう。ワーク・モチベーションを研究する九州大学大学院 人間環境学研究院 准教授の池田 浩さんは「ミスなく進めることが当たり前とされがちな定型業務には、従事する人のモチベーションを高めづらい側面がある」といいます。定型業務は従業員のモチベーションにどのような影響を与えるのでしょうか。モチベーションの維持・向上のために人事担当者やマネジメント層が取り組むべきことを聞きました。

プロフィール
池田 浩さん
九州大学大学院 人間環境学研究院 准教授

いけだ・ひろし/1977年生まれ。2006年九州大学大学院博士後期課程修了、博士(心理学)。日本学術振興会特別研究員、英知大学助教、福岡大学准教授を経て現職。2022年4月より産業・組織心理学会会長。専門は産業・組織心理学および社会心理学。組織における効果的なマネジメントとして、部下を支援するサーバント・リーダーシップやワーク・モチベーションを主たる研究テーマとしている。主な著書に『モチベーションに火をつける働き方の心理学』(日本法令)、『産業と組織の心理学』(編著、サイエンス社)、『人的資源マネジメント:「意識化」による組織能力の向上』(共著、白桃書房)、『職場のポジティブメンタルヘルス』(共著、誠信書房)、『<先取り志向>の組織心理学:プロアクティブ行動と組織』(共著、有斐閣)など。

リモートワークはモチベーションにどう影響するのか

池田さんの研究領域や、ワーク・モチベーションを取り上げている背景をお聞かせください。

九州大学の社会心理学研究室は伝統的にリーダーシップ研究が盛んです。私自身も学生時代から、古川久敬先生(九州大学 名誉教授)のもとでリーダーシップを研究してきました。ここ10年ほどはメンバーが自律的に働くためのサーバント・リーダーシップを主要なテーマとしており、その過程で重要になる要素がワーク・モチベーションだったのです。

従来、働く人のモチベーションについては決定的な測定方法がありませんでした。そこで社会心理学における研究成果や実験法などの知見を取り入れ、モチベーション・マネジメントの体系化や実践に取り組んでいます。

2013年には、ドイツで開催された国際学会に参加して森永雄太先生(武蔵大学 経営学部 経営学科教授)と知り合い、モチベーションについて語り合ったことがきっかけとなって共同研究を開始しました。以来、さまざまな企業や組織と共同でモチベーション研究や実証を進めています。

2020年以降は新型コロナウイルス禍をきっかけにリモートワークが一般化しました。こうした働き方の多様化は、働く人のモチベーションにどのような変化をもたらしたのでしょうか。

リモートワークが一般化したことで、働く環境が大きく変わったのは間違いありません。

その最たるものは「緩境界化」だと考えています。自宅で仕事をすることが当たり前になったことで、仕事と家庭の境界線があいまいになりました。リモートワークだと、いつでもどこでも仕事をしなければいけないようなプレッシャーに襲われる人もいるでしょう。

仕事の忙しさによって家庭がおろそかになったり、逆に子育てや家事によって思うように仕事に取り組めなかったりすることで「ワーク・ファミリー・コンフリクト」が生じ、モチベーションが低下しているケースもあるのではないでしょうか。

オフィスへ出勤すると、身近にあるさまざまな物事が私たちのモチベーションを刺激してくれます。スーツを着て出勤する、オフィスで同僚と顔を合わせる、社内の掲示物を見る……。私たちはそうした些細(ささい)なことをきっかけにオンとオフを切り替え、モチベーションを保っているのです。

「自律的モチベーション」を高める取り組み

在宅勤務を続ける中で、オンとオフを切り替えるタイミングを見失ってしまいがちな人も多いのではないでしょうか。

そうですね。在宅勤務では、オフィスで働くときよりも長時間労働になってしまうといった問題が実際に起きています。こうした環境下では、働く人が自分自身でモチベーションを調整するスキルを持つことが重要です。これを私は「自律的モチベーション」と呼んでいます。

ここで「じりつ」という言葉について一段深く考えてみましょう。私たちはよく「自立」「自律」と、二つの字で書き分けますよね。いずれもモチベーションを考える上では重要なので、それぞれの意味を確認したいと思います。

まず「自立」とは、他者の助けに頼ることなく自らの意思で仕事に取り組んでいる状態を指します。物理的に会社から離れているリモートワークだからこそ、どんな仕事も自分のものとして考え、責任を持って取り組み、ひいては企業に貢献する存在としての自覚を持つことが求められます。産業・組織心理学ではこれを「心理的オーナーシップ」と呼んでいます。これが欠けた状態が、俗に言う「やらされ感」です。

一文字違いの「自律」は、自分を律して仕事に取り組むことを指します。先ほどもお話ししたように、自分自身でモチベーションを高めていく仕組みが必要なのです。リモートワークでは、自律的モチベーション次第で仕事の成果が大きく左右されます。

自律的モチベーションを高めていくために必要なことは何でしょうか。

短期的には、日々の仕事においてモチベーションを自己調整するためのスキルを身につけることが重要でしょう。基本となるのは、仕事を始める際に目標をしっかり設定し、どのような順番でタスクをこなしていくのかを決めることです。

タスクの順番を考える上で重要なのが「認知資源」です。私たちは仕事の中で、物事に集中したり、選択と判断をしたり、ある手掛かりから推論したり、アイデアを創造したりと、多岐にわたる知的な情報処理を行っています。こうして消費される知的エネルギーを「認知資源」と呼びます。認知資源は有限で、思考のたびに消費され、長時間が経過すると枯渇してしまうのです。

1日を通してモチベーションを保つためには、創造性の高い仕事や思考力が求められる仕事は午前中に取り組み、メール対応などの雑務は午後に回すなど、適切な時間配分を行うべきだと言えます。

長期的な観点では、自分の仕事にどんな意義があるのかを再定義することも重要です。働く人が主体的に自らの職務をデザインすることでモチベーションを高める「ジョブ・クラフティング」と呼ばれる取り組みがそれに当たります。仕事の目的や、同僚・顧客などの関係者に与える意義を捉え直すことで、仕事に新たな意味を見出したり、仕事内容の範囲を変えたりといった工夫につながっていきます。

「モチベーションが保ちづらい職務」の傾向とは

組織にはさまざまな職務が存在しますが、モチベーションを保ちづらい職務にはどんな傾向がありますか。

私たちの研究では、「成功への接近が求められる職務」と「失敗からの回避が求められる職務」に分け、後者はよりモチベーションが保ちづらい職務であると考えています。

職務における「回避」と「接近」の図(池田浩氏提供)

職務における「回避」と「接近」の図(池田浩氏提供)

過去のモチベーション理論は基本的に「成功への接近が求められる職務」、つまり仕事をすることで成果が出る業務を前提としていました。アメリカを中心とした成果主義に基づく研究です。営業職や企画職などは仕事の成果を何かしらの形で測定でき、顧客の評価も返ってくるため、モチベーションのサイクルを作りやすいと言えるでしょう。

一方、安全の順守や管理、トラブル対応など「失敗からの回避が求められる職務」においては、反復的な定型業務をミスなく進めることが当たり前とされがちで、何かトラブルが起きるととがめられてしまいます。経理や総務、人事の一部業務など管理部門も同様です。こうした仕事では比較的モチベーションを高めづらい傾向にあります。

定型業務について、「向いている人」「向いていない人」の傾向はありますか。

社会心理学では、個人の目標志向性について研究した「制御焦点理論」があります。この理論では、希望や夢を達成してポジティブな結果を目指す目標志向性を示した「促進焦点」と、損失や失敗といったネガティブな結果の回避を目指す目標志向性を示した「抑止焦点」が提唱されています。

実際の職場にも、大きな夢を描いて前に進むのが好きな人もいれば、細かな部分に配慮して仕事を進めるのが好きな人もいますよね。こうした個人の特性と仕事の特性がうまくフィットしたときに、大きな成果が生まれると考えられています。現在では個人ごとの焦点(傾向)を測定するためのスケールも開発されています。

反復的な定型業務では、何がモチベーション向上につながるのでしょうか。

定型業務は目標達成や売り上げ、顧客評価などによる達成感を得づらいため、モチベーションが低くなりやすい傾向があります。自分の仕事にやりがいを感じられないままだと、離職につながるケースもあります。

一方、失敗からの回避が求められる定型業務が多い職場でインタビューを行っていると、モチベーションを保つために個々人が工夫している例も多数見られました。

たとえばお客様のトラブルを受け付けるコールセンター。「機械が故障した」などのクレームを受け、イライラした状態の顧客へ対応しなければならないタフな仕事です。これを長年続けているベテランは、「自分の仕事でお客さまの困りごとを解決し、感謝された」という社会的貢献感をモチベーションの源泉としていました。

同様に社会的貢献感がモチベーションにつながる例は、ライフラインを担う企業や医療現場などでも見られます。「人や社会から必要とされたい」「自分の価値で世の中に貢献したい」という気持ちは誰もが持っており、それが満たされることで自分の仕事に対する誇りが生まれ、モチベーション向上につながっていくのです。

これを如実に示している有名な事例としては、新幹線の車内清掃を担うJR東日本テクノハートTESSEIの取り組みが挙げられるでしょう。清掃業務といえば、失敗からの回避が求められる定型業務の典型例だと思うかもしれません。しかし同社では清掃に関わるスタッフの仕事の定義を見直し、単に新幹線を清掃するだけでなく、「清掃を通してお客さまの旅をお手伝いする」ことを目的としたのです。結果、その目的に向かってスタッフが高いモチベーションを保ち、自律的に行動するチームが生まれました。

ワーク・モチベーションの源泉としての「自己価値充足モデル」図解(池田浩氏提供)

ワーク・モチベーションの源泉としての「自己価値充足モデル」図解(池田浩氏提供)

業務の段階ごとに求められるマネジャー・人事の関わり方

定型業務を担当する従業員が自律的にモチベーションを維持・向上できるようにするため、マネジメント層や人事はどのように関わるべきなのでしょうか。

前提として、従業員に社会的貢献感や仕事への誇りを感じてもらうためには、マネジャーや人事のマネジメントが非常に重要です。ただ単に仕事を与えて「ミスなくやってください」と割り振るだけでは、従業員はモチベーション高く働くことができません。

実際の関わり方については、「着手段階」「途中段階」「完了・結果段階」に分けて考えるべきでしょう。

まずは着手段階の関わりから。仕事を始める前に、従業員へ「この仕事がどんな意味を持っているのか」「どんなことを期待しているのか」を伝えることが大切です。人は期待されるとうれしいし、それに応えたいと思うもの。逆に、目的や期待が不明瞭な仕事は、取り組む前からモチベーションを削いでしまうかもしれません。

次に途中段階の関わりです。特に長期的なスパンの仕事においては、従業員の様子に関心を持ち、適切なタイミングで激励したり、助言したりするべきでしょう。

ただし注意してほしいのは、そのアプローチが「監視」になってしまわないようにすること。リモートワークが広がる中では、離れた場所で働く部下のマネジメントの一環として、画面に向き合っている時間やタイピングした文字数などを監視する仕組みを導入している職場もあるようです。こうした仕組みはマネジャー自身の不安を取り除くことには有効かもしれませんが、当の従業員は監視されればされるほど、自律的モチベーションを高められなくなってしまいます。

この問題について私が注目しているのは「安全基地」(セキュア・ベース)という考え方です。イギリスの児童精神科医ジョン・ボウルビィは、子どもが幼少期に養育者との愛着関係を築き、「この人は自分にとって安心できる相手だ」と認識することによって、危険のある外界へチャレンジしていけるようになるという「愛着理論」を提唱しました。

これを職場に応用したのが安全基地の考え方で、マネジャーが従業員にとっての安全基地となれていれば、従業員はマネジャーがいなくても自律的に行動できるとされているのです。チャットなどのやり取りで「何かあったらいつでも相談してね」と添えるだけでも、従業員に安心感を与えられるのではないでしょうか。

こうして仕事が無事に進み、「完了・結果段階」になったら、担当してもらった仕事に対する労いと感謝の気持ちを伝えることが重要です。着手段階できちんと目的や期待を伝えているからこそ、完了後の感謝が意味を持ちます。

課題遂行過程からみたモチベーションマネジメント
図表:課題遂行過程からみたモチベーションマネジメント

日々の関わりにおいて、アプローチするタイミングや時間帯などで留意すべき点はありますか。

1日の業務が終了するタイミングでの関わりが特に重要だと思います。と言うのも、人間のポジティブな感情はあまり持続性がない一方で、ネガティブな感情は長く持続する傾向があるからです。

仕事でミスをしたり、顧客からクレームを受けたりすると、嫌な思いをした記憶が長く残ってしまう。いわゆる「引きずってしまう」状態ですね。ネガティブな感情を翌日以降に持ち越さないためには、マネジャーや人事が適切に関わり、1日の業務が終了するタイミングで「役に立てた実感」を持ってもらうことが大切なのです。

実際にコールセンターで実施した調査では、クレームの電話を受けることが多い従業員に対して、毎日の終わりに「うまく対応できたと感じた事例」を思い出し、それを言語化してもらう取り組みをしました。ポジティブ心理学のメソッドとして知られる“3 good things”を応用したものです。これを1ヵ月続けたところ、本人のモチベーション向上につながりました。

従業員は、定型業務だからといって漫然と仕事を続けていくのではなく、日々の振り返りからポジティブな要素を見つけ、そのポイントに対してマネジャーや人事がねぎらいの声をかけていくことを強く意識する必要があります。

マネジメント層のモチベーションは「部下への信頼」がカギ

ここまでは定型業務に携わる従業員のモチベーション向上についてうかがいましたが、マネジメント層や人事担当者自身も、定型業務に加えて創造的な業務も求められるなど多忙化しています。マネジメント層や人事担当者自身がモチベーションを高めるためには、何を意識すべきでしょうか。

これは重要な問いです。実は従来、マネジメント層のモチベーションに関する議論は看過されがちな傾向にありました。しかしマネジメントに求められる役割が複雑化するなかで、近年はマネジメント層自身のモチベーション向上にも注目が集まっています。

特にリモートワークになってからは、コミュニケーションの機会が不足したことで1on1などの取り組みが頻繁に行われるようになり、以前よりも多忙になって時間に追われているマネジャーやリーダー、人事担当者が多いのではないでしょうか。

そうした状態に置かれているマネジャーやリーダー、人事担当者にとって重要なのは、従業員との信頼関係を築くことです。月並みな言葉に聞こえるかもしれませんが、リモートワークが当たり前になった今だからこそ、信頼関係の意味を問い直すことが重要なのです。

みんなが同じオフィスで仕事をしていたころ、マネジメント層は自然と「部下は与えられた仕事をしっかりやってくれるだろう」という期待を持つことができたと思います。もし仕事をさぼれば周囲の目にとまるので、ちゃんとやってくれるはずだと。これは信頼関係ではなく「安心」がある状態ですね。しかし、オフィスではない場所で働く人が増えてくると、この安心が揺らいでしまいました。

そんなリモートワーク時代に問われるのは「二つの信頼関係」です。一つは、部下からマネジメント層に対する信頼。部下の信頼を得ることはマネジメント層の影響力の源泉となるため、この信頼関係については以前からよく議論されてきました。

さらに今問われているのが、マネジメント層から部下に対する信頼です。安心感だけでマネジメントをするのではなく、「この人は本当に仕事をやってくれるはず、自分を裏切らないはず」という信頼関係に基づいたマネジメントが求められています。

マネジメント層が部下を信頼できないと何が起きるでしょうか。監視のための仕組みばかりが次々と増え、チェック項目が煩雑化し、マネジャーや人事は貴重な認知資源を使ってしまい疲弊する一方。これでは自身のモチベーションを高められるはずがありません。逆に、離れた場所で働いていても安心して任せられる信頼関係があれば、1on1を頻繁に行う必要すらなくなるかもしれません。

つまり、リモートワーク時代に合った信頼関係を築き、適切なマネジメントを行うことが、マネジメント層や人事担当者自身のモチベーション向上には不可欠なのです。重要な意思決定を担う立場だからこそ、自身の認知資源を大切にして、組織が掲げる本来の目的に向き合うことが大切です。

(取材:2022年4月6日)

企画・編集:『日本の人事部』編集部

Webサイト『日本の人事部』の「インタビューコラム」「人事辞典「HRペディア」」「調査レポート」などの記事の企画・編集を手がけるほか、「HRカンファレンス」「HRアカデミー」「HRコンソーシアム」などの講演の企画を担当し、HRのオピニオンリーダーとのネットワークを構築している。

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