マタハラを克服すれば企業は強くなれる
人事担当者が知るべき、本当のマタハラ対策とは(後編)[前編を読む]
NPO法人 マタハラNet 代表理事
小酒部 さやかさん
<最終的にこの人事部長は「仕事に戻ってくるなら、妊娠は9割諦めろ」といい、その場で退職に同意させられた。(略)このときの録音をしなかったことを、私は後悔している。人事部長が退職強要などするはずがないと思い込んでいた。私が甘かった>――マタハラNet代表の小酒部さやかさんは、著書『マタハラ問題』の中でこのように綴っています。本来、マタハラから守ってくれるはずの人事担当者からマタハラを受けたときの心痛は察するに余りありますが、それでも小酒部さんは、人事こそがこの状況を突破し、マタハラ問題を解決することで企業を強くできる最適のポジションだ、と期待しています。インタビュー後編では、マタハラ解決のカギとなる考え方、産休・育休で人が抜けた穴を埋める仕組みなどについてうかがいました。
おさかべ・さやか●1977年生まれ。「NPO法人マタハラNet」代表理事。自身の受けたマタニティハラスメント被害の経験をもとにマタハラNetを設立。マタハラという言葉を2014年の流行語になるまで普及させ、女性の全面的な職場参加を支援している。2015年、アメリカ国務省が主催する『世界の勇気ある女性賞』を日本人として初受賞。著書に『マタハラ問題』(ちくま新書)がある。
オーダーメードなマタハラ対策は「おめでとう!」の一言から
来年1 月1日から企業のマタハラ防止策義務化が施行されますが、策を講じただけで、すべてが解決するわけではありません。より実効性の高い取り組みを進めるために、人事担当者が心がけるべきことは何でしょうか。
企業がとるべき防止措置の具体策や、どのような言動が防止措置の対象になるかなどの事例を盛り込んだ指針が厚労省から出ていますから、まずはそれをしっかりと理解することですね。指針で示された措置義務項目の中で特に強調したいのは、「社内の相談窓口の明確化・一本化」です。例えば妊娠・出産に関係する制度などの利用について、女性が直属の上司に相談しても、複雑な法律や規則の細部まではなかなか判断できないでしょう。そもそも相談している本人もよくわかっていないので、この期間は時短勤務にさせてほしいと思っても、上司から「そんな制度はない」と言われると、諦めてしまう人が多いんです。かくいう私がそうでしたから。セクハラやパワハラなど他の関連ハラスメントも含め、現場の上司に相談して判断を仰ぐのではなく、相談窓口を人事に一本化し、そこで最終ジャッジを行うことを明確に打ち出していくべきです。もちろん、そうするためにも、人事担当者は制度への理解を深めておかなければなりません。
ひとくちに妊娠・出産といっても、時期や状態は人それぞれですから、対応も難しいですね。
その通りです。女性がキャリアのどこで妊娠するかは、まったく読めません。20代で妊娠する人もいれば、40代で妊娠する人もいます。年齢で20歳も離れているわけですから、社内での立場も違えば、健康状態や妊娠の経過もさまざまでしょう。すごく順調で最後までバリバリ働きたいという人もいるし、私のように途中で切迫流産になったり、流産になったりする人もいます。そのため、直属の上司や会社の窓口であるべき人事部には、一人ひとりにオーダーメードの対応が求められます。オーダーメードの対応を実現するには、当然細やかなヒアリングが必要ですが、そこで私からお願いがあります。妊娠の報告や相談を受けたら、何よりもまず、「おめでとう!」と笑顔で祝福してあげてください。それがマタハラ防止のすべての始まりだと思うからです。私には、前の会社で言われた記憶がありません。上司や人事に報告すると、逆に「えーっ!?」と困ったような顔ばかりされて、悪いことでもしたかのような気分にさせられました。実際に働く女性の過半数が、職場への妊娠の報告に不安があるというデータもあるくらいですから、「おめでとう」のひと言もいってもらえないようでは、ヒアリングも何もありません。
小さなことのようですが、大事なことですね。
8月に厚労省が出したマタハラ防止策の指針にもありますが、やはりコミュニケーションはとても大切です。男性だって同じでしょう。例えば、男性社員が奥さんの妊娠を報告しに来たら、上司や人事担当の方には「育休は取るの?」ではなく、「育休はいつから取るの?」という対応を心がけてほしい。「取るの? 取らないの?」と聞かれると、言い出しにくくて、思わず「取りません」と答えてしまう人も多いようですから。育休を取る前提で、「いつから取るの?」と聞いてあげてください。
さまざまなジャンルのオピニオンリーダーが続々登場。それぞれの観点から、人事・人材開発に関する最新の知見をお話しいただきます。