労使トラブル事例と実践的解決方法(上)
~年次有給休暇、退職金、メンタルヘルス休職者の解雇、休業手当をめぐるトラブル~
社会保険労務士(元労働基準監督官)
北岡大介氏
(この記事は、『ビジネスガイド 2009年12月号』に掲載されたものです。)
増え続ける労使トラブル
近年、従業員と会社間の労使トラブルは右肩上がりで増加し続けています。トラブルが発生した際、労使で最も身近な相談窓口は今でもなお労働基準監督署(労基署)になるのではないでしょうか。労基署には日々、様々な労使トラブルの相談が寄せられますが、同官庁は万能ではありません。あくまで労働基準法その他所掌法令の監督指導を任務としており、これを越えた監督指導は行いえません。
例えば、労基署に解雇の効力自体を争う労使トラブルが持ち込まれることがよくありますが、残念ながら同トラブルは労基署による紛争解決になじまず、労働局によるあっせん制度あるいは裁判所等を紹介されることとなります。
このように労基署が労使トラブルに介入しうる範囲には限りがありますが、労基法等の基本ルールは今なお重要です。ルールを十分認識していない場合、労基署において、会社側あるいはそれを支援する社会保険労務士が思わぬところで足をすくわれることがあります。
本記事では、労基署の主要任務といえる労基法遵守をめぐる労使トラブルについて、事例を示しながら、これに対する条文解釈と一般的なトラブル解決方法を解説し、事前の労使トラブル防止に万全を期していただくことを目的とします。
事例1
A社は小売業を営んでおり、各店舗には正社員の店長のほかは、すべてパート、アルバイトを雇用している。今年4月から、アルバイトCを1年間の有期契約で雇い入れたが、仕事の覚えがよくないうえ、他のパート・アルバイトにうまくなじめない。9月に入り、他のパート・アルバイト社員からCに対する不平不満が店長Bにぶつけられるようになり、BがCを面談することとした。その際、BはCの仕事に対して問題点を指摘し、「他のパート・アルバイトを見習ったらどうか」と述べたところ、Cは強い口調でBおよび店舗パート等を名指しで中傷した。これに激昂した店長BはCに対して、「そんなに不満があるなら、辞めたらどうか。あなたが来なくてもやっていける」と伝えた。
Cは当日、ロッカー内私品を自ら整理して、以後会社に来なくなった。Bとしては、本人が自ら退職したものと考え、Bに特段、連絡することなく、退職手続を行い、新規採用を行った。それから1ヵ月ほど経過した後、会社本社にCから内容証明郵便で、「即日解雇されたので解雇予告手当を支払え」との請求がなされた。これを無視したところ、労働基準監督署から呼び出し状が届き、Cに対する解雇問題について事情を聞きたい旨、記載されていた。どのように考えるべきか?
(1)事例1 問題のポイント
労基署に寄せられる労使トラブルの典型事例です。店長面談の際、B店長がCに対して「そんなに不満があるなら、辞めたらどうか。あなたが来なくてもやっていける」と伝えた点をどのように考えるかが、法的なポイントとなります。店長から見ると、「教育指導もしくは退職を勧めた行為」である一方、従業員からすると「会社からの解雇」に映ることから、厳しい労使トラブルとなるものです。
まず同トラブルを解決するルールとして、労働基準法20条を参照しなければなりません。なお、ここでは解雇の有効性(労働契約法16条参照)には言及いたしません。
(2)条文とその解釈適用について
(解雇の予告)
第20条 使用者は、労働者を解雇しようとする場合においては、少くとも30日前にその予告をしなければならない。30日前に予告をしない使用者は、30日分以上の平均賃金を支払わなければならない。但し、天災事変その他やむを得ない事由のために事業の継続が不可能となった場合又は労働者の責に帰すべき事由に基いて解雇する場合においては、この限りでない。
2 前項の予告の日数は、1日について平均賃金を支払った場合においては、その日数を短縮することができる。
3 前条第2項の規定は、第1項但書の場合にこれを準用する。
本トラブルにおいて、まず問題となるのが、店長Bの言動が同条にいう「解雇」に当たるか否かです。解雇に当たるとすれば、先の事例では、何ら予告がないことから即時解雇となり、原則として解雇予告手当の支払いが必要となります。
まず「解雇」について確認すると、「労働契約を将来に向かって解約する使用者側の一方的意思表示」を意味します。では、先の店長Bの言動が、一方的な労働契約の解約を意味するでしょうか。若干「あなたが来なくてもやっていける」との言動が気になるところですが、「辞めたらどうか」という発言自体は、C本人に退職を促すものにとどまり、ただちに一方的な労働契約の解約、つまり「解雇」には該当しないと評価しうるところと思われます。したがって、Cからの解雇予告手当請求は失当ということになります。
(3)実践的なトラブル解決方法について
ここまでは、実のところ難しくないのですが、むしろ労使トラブルの難しさはその後の対応にあります。その後、Cが解雇予告手当の請求を諦めて、復職を求めてくることがあります。この場合、会社としては、すでに同人の退職手続を終了させたうえ、新規採用の募集を進め、新人を採用教育している場合が多々あります。現実的にCの復職は難しいケースが多いわけですが、法的にみると、非常にやっかいな事態が生じることになります。
会社側は、「本人が自ら退職した」と主張するでしょうが、先のようなケースで従業員が退職届を提出していること等は極めて稀です。本人が自らロッカーを整理し、翌日から出社しなかったことについても、「会社から解雇されたと思ったため、そのような行為をとったものであり、自ら退職した覚えはない」と主張されれば、それはそれで筋が通ることとなります。さらに、店長BはCの退職手続を進めたことについて、電話等で確認すらとっていません。これを法的に見ると、会社とCとの間の雇用契約は今なお存続していることとなり、会社がどうしてもCの就労を拒絶したい場合は、改めて予告のうえ、または予告手当支払いのうえで「解雇」を行うほかないこととなります(雇用契約を維持しながら、休業手当を支払い続けるという方法もあるが、現実的ではない)。
なお、予告のうえ、解雇を行う場合については、同予告期間中、「引継ぎ」と称して労務を受領し賃金を支払うか、または自宅待機として「休業手当」を支払うか、いずれかの対応をしなければならないことは言うまでもありません。
このように考えると、先の労使トラブルの際に、Cが自ら退職した事実関係が認められない限り、会社としては解雇自体を否認しつつ、解雇予告手当相当額を解決金として支払い、円満退職扱いとする解決を目指すことが、最も穏当な実務解決策のように思われるところです。
(1)事例2 問題のポイント
労基法20条は解雇時に予告または予告手当支払いを義務付けていますが、適用除外事由として、以下の事項を定めています(同条1項ただし書および同21条)。
これら適用除外事由に該当するか否かが問題となります。
(2)条文とその解釈適用について
第20条1項 (中略)但し、天災事変その他やむを得ない事由のために事業の継続が不可能となった場合又は労働者の責に帰すべき事由に基いて解雇する場合においては、この限りでない。
第21条 前条の規定は、左の各号の一に該当する労働者については適用しない。但し、第1号に該当する者が1箇月を超えて引き続き使用されるに至った場合、第2号若しくは第3号に該当する者が所定の期間を超えて引き続き使用されるに至った場合又は第4号に該当する者が14日を超えて引き続き使用されるに至った場合においては、この限りでない。
1 日日雇い入れられる者
2 2箇月以内の期間を定めて使用される者
3 季節的業務に4箇月以内の期間を定めて使用される者
4 試の使用期間中の者
パート・アルバイト、試用期間中の社員については、解雇予告規制が適用されないとの誤解を持つ方がいますが、21条ただし書にある通り、一定日数以上の就労事実があれば、すべからく予告規制が及ぶことに注意が必要です。
さて本件については、Cは1年間の有期契約であるうえ、すでに5ヵ月以上の就労実績があるため、異論なく解雇規制の適用対象労働者となります。問題は、同条20条ただし書にある「労働者の責に帰すべき事由」による解雇といえるか否かです。同事由に該当するか否かについては、労基署長の認定を受けることが法文上、求められています(同条3項、19条2項参照)。
厚生労働省は同事由について、次のような基準を示しています(昭和23年11月11日・基発第1637号ほか)。
そのうえで認定すべき事由として、事業場内における盗取、横領、傷害等刑法犯に該当する行為、原則として2週間以上正当な理由なく無断欠勤し、出勤の督促に応じない場合などを例示として挙げています。
本事例については、重大な横領行為を犯したことが明白であることから、事実関係が認められれば、「労働者の責に帰すべき事由」に該当することとなります。
(3)実践的なトラブル解決方法について
前述の通り、労基法上、会社側は解雇予告除外を求める場合、労基署に対して除外認定申請を行い、この認定を得る必要があるとされています。しかし、この認定を受けずに解雇した後、認定を事後的に受けることはできるのでしょうか。また、認定を受けずとも、解雇予告手当支払いをなさなくとも良いかが実務上よく問題となります。というのは、労基署の解雇予告除外認定申請は、申請時に相応の資料を添付することが求められるうえ、首尾よく申請受理がされたとしても、その認定に2週間以上、場合によっては「30日」以上要することがあります。労基署の認定を待ったうえで即時解雇をなす方針であった企業からみれば、「こんなことなら、予告のうえ、解雇したほうが早いし、手間もかからずに済む」という事態が生じることも、ないわけではありません。
そもそも解雇予告除外認定の法的性質について確認しておくと、同認定は行政法学上の「確認」処分にすぎず、認定処分を受けずとも、労働者の責に帰すべき事由に該当する場合、解雇予告もしくは予告手当の支払いが民事上、強制されることはありません(最近の裁判例として、旭運輸事件・大阪地判平20.8.28労判973-21)。また、即時解雇に固執しない限り、解雇予告除外認定を受けず、かつ何ら予告を行わなくとも、解雇自体の効力は通知後30日間経過後等に生じることも最高裁判決において確認されています(細谷服装事件・最2小判昭35.3.11民集14-3-403)。
したがって、解雇後に除外認定申請を行い、あるいはそもそも除外認定申請を行わずとも、労働者の責に帰すべき事由に該当する場合は、民事上は解雇予告手当を支払う必要はないということになります。
ただし、労基法が罰則を設ける刑事法の側面を有することは、看過できないところです。この刑事免責を受けるという1点において、解雇予告除外認定を受けておくことは、法的に意義あるところといえます。
また、特に雇用関係の助成金給付を受けている会社などは、会社都合による解雇案件が生じた場合、助成金受給に影響を与えるため、時間と手間をかけつつも、解雇予告除外認定申請を行う必要が生じます。その際は粛々と解雇予告除外認定手続を進める要があるでしょう(解雇予告除外認定手続の詳細については、『ビジネスガイド』2009年11月号38ページ以下、難波知子「増加する解雇関連労使トラブルと『解雇予告除外認定』の手続き」を参照)。
事例3
以前、サラ金などの金融機関から多額の借金をしていた社員Aがいた。同社員のあまりの困窮ぶりを見かねて、本人の懇願に基づき、給料2ヵ月相当額分を無利子で貸し付けた(10回の分割返済。返済期日到来済み)ところ、分割返済がまったく履行されないうえに、7日ほど欠勤を続けたうえ、月末に郵送で退職届を送付してきた。当社は給料支払方法を月末締め、翌月末日払いとしており、Aに対する未払賃金として、前月分と今月分(欠勤7日分控除)がある。前借分2ヵ月には足りないが、同賃金をもって前借分と相殺しようと考えていたところ、本人から突然、内容証明郵便で未払賃金の請求を受けた。これに対して、郵送で貸付額(2ヵ月分相当)と相殺する旨、連絡したところ、労基署から呼び出し状が届いた。会社の対応に何か問題があるか。なおAは当社退職後、再就職しておらず、住居も親戚・友人間を転々としているとのこと。
(1)事例3 問題のポイント
民法505条は相殺について、次の通り規定を設けています。「2人が互いに同種の目的を有する債務を負担する場合において、双方の債務が弁済期にあるときは、各債務者は、その対当額について相殺によってその債務を免れることができる」(ただし、相殺禁止特約を締結していた場合は別。民法505条2項参照)。
通常の商取引であれば、A社・B社間で互いに売掛金を有していた場合、同条に基づきA社もしくはB社が決済時に相殺の意思表示を行い、残金のみを支払うという実務は広く行われています。そのように見ると、本件における会社対応は評価される(欠勤7日分控除分を放棄)ことはあれ、非難される要素は何一つないところと思われるところですが、従業員の賃金については、特別な規制が設けられています。これが労基法17条および24条です。
(2)条文とその解釈適用について
(前借金相殺の禁止)
第17条 使用者は、前借金その他労働することを条件とする前貸の債権と賃金を相殺してはならない。
(賃金の支払)
第24条 賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない。ただし、法令若しくは労働協約に別段の定めがある場合又は厚生労働省令で定める賃金について確実な支払の方法で厚生労働省令で定めるものによる場合においては、通貨以外のもので支払い、また、法令に別段の定めがある場合又は当該事業場の労働者の過半数で組織する労働組合があるときはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がないときは労働者の過半数を代表する者との書面による協定がある場合においては、賃金の一部を控除して支払うことができる。
2 賃金は、毎月1回以上、一定の期日を定めて支払わなければならない。ただし、臨時に支払われる賃金、賞与その他これに準ずるもので厚生労働省令で定める賃金(第89条において「臨時の賃金等」という。)については、この限りでない。
まず17条は、戦前の芸妓契約に見られたように、労働契約の締結の際またはその後に、労働することを条件として使用者が本人もしくはその家族に貸付けを行い、将来の賃金により弁済することを約することを禁止しています。労働者の不当な身体拘束を防止することをその目的とするものです。問題は同条にいう前借金に、本事例のような貸付金が含まれるか否かです。
これについて厚生労働省は、使用者が従業員に対して、生活必需品購入のための生活資金を貸し付け、その後、賃金から分割控除していたケースについて、「貸付の原因、期間、金額、金利の有無等を総合的に判断して労働することが条件となっていないことが極めて明白な場合には、本条の規定は適用されない」(昭和23年10月15日・基発第1510号ほか)としています。本事例については、貸付けの原因(本人の依頼)、金額(2ヵ月分賃金相当額)、無利子および分割返済等の諸事情から、労基法17条の適用はないと考えてよいと思われます。
これに対して、24条はどうでしょうか。同条は賃金支払いについて、いわゆる四原則を定めています。賃金の直接払い、通貨払い、全額払い、そして一定期日払い原則です。このうち本事例において問題となるのが、全額払い原則です。労基法では賃金全額を労働者に支払うことを義務付けており、その例外を法令に別段の定めがある場合、もしくは従業員過半数を代表する労働組合等との労使協定に定めを設けた場合に限定しています。
なお、法令に別段の定めがある場合とは、所得税・住民税および厚生年金保険料、健康保険料、雇用保険料等の徴収を指します。この規制は非常に厳しく、従業員本人が会社に対して負う債務と賃金を相殺することを一旦、同意した場合においても、その同意について「右同意が労働者の自由な意思に基づいてなされたものであると認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在する」といえるのか、裁判所は慎重に判断を行っています(日新製鋼事件・最2小判平2.11.26民集44巻8号1985頁)。
今回の事例について考えてみると、まず会社側が本人の了解を得ることなく、貸付金について一方的に賃金から相殺することは、労基法24条に反し許されないこととなります。また、仮に貸付け時に賃金との相殺を約していたとしても、それが口頭の約束に留まる場合は、前述の最高裁判例に照らしてみると「労働者の自由な意思に基づいてなされたものであると認めるに足りる合理的な理由」があるとは認めがたく、やはり労基法24条に基づき、賃金支払いが義務付けられる可能性が多分にあるものです。
(3)実践的なトラブル解決方法について
以上が法的な検討結果ですが、ここまで読んで割り切れない思いをもたれる方が大半であると思われます。「貸した金はどうなるのだ」という問題は残っているからです。これについて、労基法24条は何ら答えるものではありません。あえて答えるとすれば、賃金を支払ったうえで、貸付金の返済については、別途請求し、支払いがなければ民事訴訟を提起してくださいということになろうかと思いますが、事例にある通り、在籍社員であればともかく、退職した社員の資力、住居等を見れば、自発的な返済が難しいうえ、民事訴訟を提起しても、本人の所在が不明となり、どちらにしても回収できない可能性があります。何よりも2ヵ月分賃金程度の貸付金返済を民事訴訟で争うことは、訴訟費用、弁護士費用等を考慮すれば、会社側にとってペイしないことは明らかです。
このように考えれば、会社としても、貸付金返済のめどを立てさせたうえで、初めて未払賃金を支払うという戦術を検討せざるを得ません。労基署がこのようなトラブルを申告案件として対応する際にも、会社としては、まずは賃金を支払うことを説明したうえで、本人に対する直接支払いを行いたい旨、労基署に伝えることが得策です。
先に確認した通り、賃金は本人に対する直接支払いが原則であるため、従来の取扱いが銀行振込みであったとしても、会社側が退職社員に対する支払方法を直接払いにすることは原則に立ち戻るだけであり、何ら法的に問題はないものです。そのうえで、本人に会社訪問の際、事前にアポを入れることを求め、本人が会社に訪問した際、貸付金の返済方法をきちんと詰めていくということになります。その際、話合いにより、本人と返済方法についての合意書を得ることもありえるでしょうし、あるいは一旦本人に賃金を支払ったうえで、その場で貸付金を返済してもらう(賃金支払いのうえで、その場で返済してもらう形であり、労基法24条に反しない)ことが考えられます。もちろん、その話合いの場において、会社側が暴行、脅迫など違法行為をなすことが許されないのは当然です。
事例4
部下に対する指導にあたり、社会通念上許されない言動を伴うことが多い課長職Aがいる。先日も新入社員が些細なミスをしたことを咎め、1時間以上、他社員も多数執務する部屋内において、「馬鹿野郎、その程度もできなくて、なぜ○○大卒なんだ。小学校からやり直せ」等の叱責を大声で行い、その後、同社員が病気休職に陥ってしまった。
同社員の両親からの苦情等を受け、社内調査を進めた結果、明らかに度を超したパワハラ行為であることが確認できたため、まず、懲戒処分として減給処分(1日の平均賃金の半額分)を行った。同懲戒処分については、Aも特に異論はなかった。
その後、人事考課・異動を迎え、Aについて検討を行ったところ、やはり先日のパワハラ行為を含めて、管理職として職務不適任であるとの結論を得たため、課長職から降職させ、係長相当職にすることとし、部下なしのスタッフ職に処遇することとした。当社賃金規程は職務給制のため、Aの賃金額は月額で実質的に10万円程度減給することとなる。(月額給与50万円→40万円)。
この同人事異動を行ったところ、Aは労基署に対し、労基法に定める懲戒規定の制限を超えている違法な懲戒に当たると申立てを行った。どのように考えるべきか。
(1)事例4 問題のポイント
労基法は会社の懲戒処分に係る規制はさほど設けていませんが、その例外として、労基法91条を設けています。また本事例については、労基署の権限外ではありますが、民法1条3項の定める権利濫用法理および労働契約法15条に定める懲戒権濫用法理も重要です。
(2)条文とその解釈適用について
(制裁規定の制限)
第91条 就業規則で、労働者に対して減給の制裁を定める場合においては、その減給は、1回の額が平均賃金の1日分の半額を超え、総額が一賃金支払期における賃金の総額の10分の1を超えてはならない。
懲戒として減給処分を行う場合も、1回の額が平均賃金の1日分の半額を超え、総額が1賃金支払期における賃金総額の10分の1を超えないよう定めています。これを超える懲戒処分は労基法に違反しますので、無効ということになります。
同社は懲戒処分における減給制裁については、前述の通り1回あたり平均賃金の1日分の半額以内としており、この点に違法性はありません。これに対して問題となるのが、人事権行使としての降職処分です。たしかに降格処分によって、月額給与について20パーセントもの減額が認められることから、これが懲戒処分と観念される場合は、労基署が同条に違反する制裁処分であるとして指導対象とすることになります。
まず「減給制裁」の定義が問題となりますが、厚生労働省は制裁としての減給と称していなくとも、その性質上減給の制裁と解されるものはこれに含まれるとします。そのうえで降給、減俸を行うも、従来と同位置の業務に従事せしめながら賃金額だけを引き下げるようなケースは、この減給制裁に該当し、規制対象になることを明らかにしています。
それでは本事例のように降職(職務変更)に対応した賃金額引下げはどうでしょうか。これについては同省も「格下げ、降職については「職務毎に異なった基準の賃金が支給されることになっている場合、職務替によって賃金支給額が減少しても法第91条の減給制裁規定に抵触しない」と解すべきであろうとしています(昭和26年3月31日・基収第938号)。本事例についても、あくまで人事権行使の一環として行われていることは明らかであり、同規定に抵触するとはいえないことになります。
(3)実践的なトラブル解決方法について
以上の通り、本件対応について、労基署から指導される懸念はありませんが、人事権行使が権利濫用にあたり無効となるか否かについては、なお問題となる余地があります。このような紛争については、前述の通り労基署は関知せず、労働局によるあっせん制度等の行政ADRか、あるいは裁判所が判断を示すこととなります。
権利濫用性判断においてポイントとなるのが、人事権行使の合理性です。裁判所も、人事権行使については、会社側の裁量を比較的広く認める傾向がありますが、賃金減額が伴う場合、その目的・手段等について厳格な司法審査が及ぶ可能性があります。同処分を行う際には、その目的、方法および程度等について慎重に検討を行っておくことが肝要です。
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