従業員に対し「能力不足」による降格を実施する場合の
法的留意点と踏むべき手順
弁護士
藤井 康広(ベーカー&マッケンジー法律事務所(外国法共同事業))
1. 降格ないし降格処分の性格
「降格」あるいは「降格処分」というと、懲罰として実施されるイメージを持つ方が多いと思います。しかし、降格は、必ずしも懲戒処分として実施されるものとは限りません。
降格には、懲戒処分としての降格の他に、人事異動としての降格があります。例えば、能力不足が、業務命令違反や勤怠不良などの職務上の義務違反の問題であれば、懲戒処分としての降格を検討することになります。他方、能力不足が、労働者の個人の能力、経験、知識不足、あるいは、性格を原因とする業務遂行能力の不足、あるいは、職務ないし役職への適性ないし適格性の欠如という問題であれば、人事異動としての降格の実施を検討することができます(職務上の義務違反は、業務遂行能力の不足あるいは職務適格性の欠如を示す事実として評価することもできる)。
このように、降格を実施する場合には、能力不足と判断されている原因あるいは要因を確認したうえで、「懲戒処分としての降格」と「人事異動としての降格」のいずれを実施するのかを選択することになります。
2.懲戒処分としての降格
懲戒処分としての降格は、一般的な懲戒処分の問題ですので、詳細は省略します。概略を申し上げますと、懲戒処分は、あらかじめ就業規則等において懲戒の種 別および事由を定めておかなければ、これを実施することができません(フジ興産事件・最二小判H15.10.10労判861号5頁)。したがって、懲戒処 分としての降格が可能かどうかを判断する場合には、まず、就業規則等に定める懲戒事由に該当する事由があるかどうかを検討することになります。
具体的には、業績不良や能力不足の理由ないし要因に、「上司の指示に従わない」「遅刻欠勤が多い」、あるいは、「上司に対し反抗的な態度を取る」といった企業秩序違反が含まれている場合は、就業規則等にそれぞれの違反行為が懲戒事由として定められているかどうかを確認します。次に、懲戒事由に該当する違反行為が認められる場合には、事実の適切な調査および確認、ならびに、弁明の機会の付与を経たうえで、降格が相当な処分かどうかを判断することになります(就業規則等に懲戒の手続きが定められている場合はその手続きを経なければならない)。
ところで、通常、業績不良あるいは能力不足そのものが就業規則等において懲戒事由として定められていることはありません。では、仮に業績不良あるいは能力不足を懲戒事由と定められている場合、これらを理由に懲戒処分としての降格を実施することはできるのでしょうか。
懲戒処分は、労働者の企業秩序違反行為を理由として課せられる一種の制裁罰です(関西電力事件・最一小判S58.9.8労判415号29頁)。このような制裁罰は、労働者の意思にかかる行為に対して科せられるべきものであって、労働者の能力、経験、知識不足、あるいは、性格といった特性に対して科せ られるべきものではありません。したがって、仮に、業績不良や能力不足が就業規則等に懲戒事由として定められていたとしても、労働者の個人の能力、経験、知識不足、あるいは、性格を原因とする業績不良や能力不足を理由として懲戒処分としての降格を実施することは、信義則あるいは公序良俗に反して許されないと考えられます(労契法15条)。
なお、降格が、事後、懲戒処分として行われたのか、あるいは、人事異動として行われたのかは、降格の効力をめぐる訴訟においてはしばしば争点となるところです(アメリカン・スクール事件・東京地判H13.8.31労判820号62頁など)。懲戒処分として実施される降格と人事異動として行われる降格とでは、効力要件が大きく異なりますので、降格を実施するに際しては、いずれの降格であるかを労働者に説明をするとともに、通知文書等においてもこれを明確にしておくことが望ましいでしょう。
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