Well-being QOLの視点『本格的な人手不足社会到来で何をすべきか』
第一生命経済研究所 常務取締役・首席エコノミスト 嶌峰 義清氏
コロナ後に顕著となった人手不足
先進国を中心に、人手不足が大きな社会問題となっている。とくに新型コロナウイルスの蔓延以降、その傾向は顕著となった。一部の業種では働き手が「戻ってこない」といわれている。
6月調査の日銀短観によれば、人手不足度合いを示す雇用人員判断DIをみると、大企業よりも中小企業、製造業よりも非製造業で人手不足度合いが大きいことが示されている。特に中小非製造業のDIはバブル期と同水準にあり、人を雇いたくても雇えない状況が窺われる。
筆者も、一部での人手不足を実感する。例えば、通勤に使っている地元の路線バスは、コロナ禍で便数を削減した後、人流が戻り乗客が増えた現在でも便数を増やしていない。背景には、乗務員(運転手)が不足していることが挙げられている。
宿泊業界では人手不足がより顕著で、外国人を含めた観光需要の回復にもかかわらず、人手不足のためにホテルの稼働率を抑えざるを得ないと聞く。「時給を倍にしても人が来ない」という地方のある旅館の悲痛な声も報道されていた。
多様な働き方が定着したことが人手不足の背景
欧米も含めた世界的な人手不足の背景には、コロナ禍を経て人々の働き方に対する考え方が大きく変わったことが指摘されている。特に蔓延初期には、サービス業を中心に一時解雇や休職対応、在宅勤務が急増した。この中で、オンラインで人々は在宅でできる仕事や、勤務時間に縛られない仕事を発見し、蔓延前の仕事に戻らない人が増えたとされている。実際、欧米を含めて労働参加率(労働力人口に占める就業、あるいは求職している人の割合)は低い水準にとどまっており、企業に就業しない労働者が増えていることを窺わせる。
こうした傾向は今後も継続する可能性が高いと筆者は考える。オンラインを通じてモノやサービスを顧客にダイレクトに提供できる環境は今後一層整備され、定着していこう。ワークライフバランスを重視する考え方も増えていこう。また、既存でマスな価値観ではなく、自分なりの幸福を重視するZ世代には、こうした働き方に価値を見いだす人も多いだろう。
景気の循環に伴って労働需給も一時的には変化すると思われるが、人口減少傾向も相俟って、企業の人手不足は趨勢的には強まりこそすれ、弱まることはないだろう。
企業・政府は新たな対応を
では、事業の存続が問われる人手不足社会の中で、企業はどのような対応を取れば良いのか。
一つは、そうした労働者側のニーズを汲み取って、多様な働き方を提供することである。働き手が“労働を提供する”のではなく、“労働することで付加価値を提供する”存在であることを今一度問い直すべきだ。付加価値を提供するにあたって、働き方は自由な選択に任せられるような制度や設備を整えることが必要になる。
そうしたことが困難な業務では、可能な限り機械化を進めることで、より少ない労働者で必要なサービスを維持することを考えるべきだろう。例えば店舗でのレジ業務も、相当程度自動化や機械化が進んでいる。そうした環境になじめない人への対応だけであれば、少ない人員で対応できる。
コロナ禍をきっかけに、働く環境は一気に多様化し、人々の働くことに対する意識も変わり始めている。それが人手不足という形で現れ始めたいま、企業側には柔軟な対応が求められている。政府も、多様な働き方に見合う魅力的な環境整備を行うことで、地域や規模の大小による人手不足の偏在を解消する努力が必要だ。
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