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コロナ後、企業存続のカギはリスキリング
~リスキリングを契機とした学び続ける仕組みの構築~

第一生命経済研究所 総合調査部 マクロ環境調査G 主任研究員 白石香織氏

コロナ後、企業存続のカギはリスキリング

【要旨】

  • 企業や国が主導する従業員の再教育を指す「リスキリング」は、日本では耳慣れない言葉であるが、世界では企業や国の存続をかけて、多額の投資をつぎ込む新しい人事戦略となりつつある。
  • 世界がリスキリングに注目する背景には、主にデジタルトランスフォーメーションとグリーントランスフォーメーションによる社会変革がある。
  • この2つの社会変革の波を受けて、企業はその戦略から商品・サービスまで大幅な経営改革を迫られている。企業が必要とする新しいスキルと現状のスキルとのギャップを埋めるために、従業員に対してスキルの習得を促し、新しい職務に円滑に移動させる人事戦略として、欧米ではリスキリングが積極的に導入されている。
  • 企業や国が主導してリスキリングの環境を整備する一方で、従業員の主体的な参画を呼び込むことが重要である。リスキリングを契機に、従業員が自身のキャリアを見据えて学び続ける仕組みを構築できれば、変化に柔軟に対応できる人材を社内で持続的に育成することができる。これが大きな社会変革の中で企業が存続していく鍵となろう。
  • 日本企業がリスキリングを導入する際は「①スキルギャップの見える化」「②スキルの評価」「③自律的な学びの支援」の3つの柱によって、従業員が学び続ける仕組みを整備すべきだと考える。その上で、従業員が長期的なビジョンを描き、自律的・持続的な学びにつなげていくことが理想である。
  • そのために、国・企業・個人が三位一体となってリスキリングを推進し、企業や国の存続・成長につなげていくことが重要である

1.世界がリスキリングに注目する背景

リスキリングとは、企業や国が主導して従業員への再教育を行うことを指すが、日本ではまだ耳慣れない言葉である。一方、世界では企業や国が生き残りをかけて、多額の投資をつぎ込む新しい人事戦略となりつつある。なぜ、世界でリスキリングが必要とされているのか。その理由を示したのが図表1である。

図表1 世界がリスキングに注目する背景

デジタルトランスフォーメーション(以下、DX)やグリーントランスフォーメーション(以下、GX)(注1)といった社会変革の大きな流れを受けて、企業はその戦略から商品・サービス、業務フローまで企業経営の大幅な変革に迫られている。その結果、ある職務は消滅し、新たな職務・業務フローが生まれるため、企業が必要とするスキルと現状のスキルとの間にギャップが生じる。これまで米国を中心とする欧米諸国では、職務がなくなればその人材を解雇し、新しいスキルを持つ人材を採用することでこのギャップを埋めてきた。しかし、社会変革が急速に進むと、このスキルギャップは従来よりも拡大し、新規採用ですべての人員を補充すると雇用コストも離職リスクも高まってしまう。そのため既存の従業員にスキルを習得させて、新しい職務や業務フ ローに就かせた方がメリットは大きいとの判断から、リスキリングを積極的に推進している。

リスキリングの身近な例として、スーパーマーケットの事例がわかりやすいだろう。AIやIoTといったDXによる自動化の波を受けて、日本でも大手スーパーではセルフレジやキャッシュレス決済、ネットスーパーの導入が進んでいる。その結果、在庫管理やレジ打ち等、店頭対応の仕事は減ったが、オンラインでの顧客サポートや買い物代行業等の新しい職務、そしてオンラインでの在庫管理やキャッシュレス決済等、新しい業務フローが増大した。米国や欧州の大手スーパーでは、こうした新しい職務・業務フローに既存の従業員が円滑に移行できるよう、リスキリングに多額の投資をしている。

DXに加えてGXも、欧州をはじめとする企業がリスキリングに投資する背景となっている。例えば、欧州のバッテリー業界団体では、バッテリー業務にかかわる従業員をリスキリングするとしている。新車販売の中心がガソリン車やディーゼル車から環境負荷の少ない電気自動車にシフトしつつあるためだ。欧州連合は2035年までにガソリン車等の新車販売を禁止する方針を打ち出しており、米国は2030年までに新車販売の半数を、電気自動車を含むゼロエミッション車にする大統領令を発表している。

こうした状況で、従来のエンジン部品や駆動部品、電装品等の開発・製造のスキル需要は小さくなり、新たに電気自動車の蓄電池や充電器、駆動用モーター、ソフトウェア等に関するスキルが必要となる。これらのスキルギャップを埋めようと、当該業界団体は加盟企業の従業員に対するリスキリングに踏み切った。欧州各国には2050年までに温室効果ガスの排出量実質ゼロを目指す拘束力のある目標(欧州グリーンディール)が課されている。社会全体からの目標達成圧力があるため、諸外国と比べて、GXが欧州のリスキリング導入により大きな影響を及ぼしているといえるだろう。

企業によるリスキリングの流れは世界に広がり、2021年1月に開催された世界経済フォーラムでは「リスキリング革命(Reskilling Revolution)」と題し、世界のリーダーが「2030年までに全世界で10億人のリスキリングをする」と宣言した。日本ではDXへの取り組みは後れをとっており、コロナ渦でそれが顕在化した。様々な企業でDXが喫緊の課題と認識されている一方で、DXを推進するデジタル人材は不足している。情報処理推進機構(IPA)の「IT人材白書2020」によると、業界団体の会員企業等に対するにアンケートの結果(図表2)、IT人材の量が「大幅に不足」「やや不足」と感じている企業は、2019年度の調査では89%と、2015年度から4.8%ポイント増加している。

こうした状況から、リスキリングによってDXおよびデジタル人材不足に対応し、新事業に円滑に参入することで成長や企業存続につなげたいとする日本企業が増えつつある。また、日本でもDXを牽引する一部の企業では既にリスキリングを社内で導入している。

図表2 IT人材の量に対する過不足感

2.リスキリングのプログラム事例

リスキリングを導入している企業はどのようなプログラムを提供しているのか。自社の戦略に応じて必要となる内容を従業員に提供するため、プログラムの中身は企業によって当然異なる。一般的にリスキリングの学習分野はデジタルに限らないが、近年の傾向としてはデジタルスキルに関する内容が主流である。学習期間は比較的短期間(1年以内)のものが多く、仕事をしながらオンラインで学ぶケースが多い。リカレント教育と対比されることがあるが、リカレント教育は個人のありたい姿に焦点を合わせ、個人の学びの意欲が出発点となる点に大きな違いがある。

小売業を営む米国IT企業のプログラムを参考にしてみたい。近年、当該企業はAI・ロボティックス化の進展により、倉庫作業員を始めとするIT技術を持たない従業員が大幅な余剰要員となった。そうした従業員を解雇することなく、デジタルを中心とする幅広いプログラムを提供することで、社内の新しい仕事に就くよう促している。従業員のITスキルに応じて様々なレベルのプログラムがあり、社内のどの職務に就いて欲しいのか狙いが明確であるのが特徴的である。

プログラムの一つであるテクノロジー入門編では、倉庫作業員を中心とした従業員がITサポート技術者の職に就くことを目標としており、約3カ月の研修とOJT(On the Job Training)を受けた後に、ITサポート資格の取得を目指す内容となっている。また、テクノロジー中級編では、IT技術を持たない従業員がソフトウェアエンジニアの職に就くために、社内インターンを含む約1年のプログラムを提供している。大半のプログラム受講生は、受講後にIT部門の新しい職務に就くことができており、リスキリングによって従業員の給与と満足度の向上を実現している。

3.日本企業が導入する際のポイント

実際に日本企業がリスキリングを社内で導入 する際には、どのような制度設計とすれば良いのだろうか。そもそも、企業内研修やOJTで社内の人材育成をしてきた日本企業にとって、リスキリングは全く新しいコンセプトではない。ただ、日本企業における研修やOJTは、自身のキャリアを見据えてというよりは、ある程度の年次や役職になった際に企業から一律に与えられるものとして、従業員は受動的に受講してきたケースが多いと推察する。

今後もDXやGXによる社会変革が進むことを考えると、リスキリングを一過性の研修で終わらせてしまうのはもったいない。なぜなら、大変革の中で企業や国が成長していくには、変化に柔軟に対応できる人材を持続的に育成することが肝となるからである。そのため、企業が主導してリスキリングの環境整備をしていく一方で、従業員の主体的な参画を呼び込むことが重要である。導入にあたっては、リスキリングを機に、従業員が自身の長期的なキャリアを見据えた上で、次に必要となるスキルを見つけ、さらなる学習へとつなげていく「学び続ける仕組み」を構築することがポイントとなる。この仕組みを構築こそが、大変革の中で企業が存続していく鍵となろう。

ここで、2013年頃からリスキリングを経営戦略の一部として取り入れ、事業転換を果たした米国IT通信企業の事例をみていきたい。当該企業は、スマートフォンの拡大や通信の高速化という変化に直面し、ビジネスモデルの柱をハードウェアからソフトウェアに転換した。当時、ソフトウェア事業に必要なスキルを持つ者は、既存従業員の半数程度しかいなかった。そのため、当該企業は事業転換を見据えて従業員のリスキリングへの多額の投資に踏み切った。 

当プログラムの優れている点は、図表3にある3つの柱によって従業員の学びを循環させる仕組みとしたところにある。まずは①の社内のキャリアプラットフォームを活用し、従業員は自身のスキルと新しい職務に必要となるスキルとのギャップを認識することができる。その上で、そのギャップを埋めるために必要となるプログラムを自ら選択し学習する。次に、②のスキルの評価では、従業員が習得したスキルがしっかりと評価される制度となっている。さらに、従業員が学びを続けたい場合は、③の通り修士号取得を含めた幅広いプログラムを用意しており、自律的な学びを支援している。社内のインターン制度を通して、学んだスキルをすぐに実践できる点も注目すべき点である。

図表3 リスキングを契機とした従業員が学び続ける仕組み例

4.学び続ける仕組みの構築に向けて

リスキリングを契機とした学び続ける仕組みを構築していくことが、変化に柔軟に対応する持続的な人材育成につながり、DXやGXの社会変革の中で企業が生き残る鍵であると述べてきた。こうしたリスキリングの仕組みを構築した上で、従業員の長期的なビジョンを含めた持続的・自律的な学びにつなげていくことが理想である。具体的なイメージとして、図表4を参考にしていただきたい。

図表4 リスキングを契機とした学び続ける仕組み

企業が提供したリスキリングによって新しい仕事に就いた従業員が、今度は自身のありたい姿や働きがい・生きがいも視野にいれた長期ビジョンを描き、持続的かつ自律的な学び直しにつなげていく。これこそが、リスキリングを導入する際の目指すべき姿であると考える。

こうしたリスキリングを契機とした学び続ける仕組みを構築するには、企業だけでなく国との連携も重要となる。図表5の左側に、企業と国が実現すべき課題を挙げた。

図表5 リスキングの課題と意義

国から企業への課題としては、従業員の学びを支援する企業への「企業人材育成支援金」等の拡充に加えて、リスキリング導入に向けてリソースが限られる中小企業への支援が挙げられる。リスキリングは自前で研修制度を用意することは難しく、オンラインにてデジタルスキルを提供する教育関連企業との連携が必要となる。外部企業を活用したリスキリングプログラムの事例共有や、スキルの評価やリスキリング履歴を公的に証明する枠組みづくりの強化が求められる。

国から個人に対しては、学び直しを支援する「職業訓練給付制度」による給付金およびプログラムの拡充、また学び直しをする際に有給休暇を付与する「教育訓練休暇制度」をはじめとした学び続ける環境整備の強化が求められる。

企業の課題としては、学び続ける仕組みを構築するため、前項で米国IT通信企業から学んだ「スキルギャップの見える化」「スキルの評価」「自律的な学びの支援」の3点が挙げられる。学んだスキルを社内で実践できる副業やインターン制度等を整備できれば、なお良いだろう。

以上、国と企業の課題について簡単に述べてきたが、リスキリングは国、企業、個人の視点からも大きな意義がある(図表5の右側)。まず、個人にとっては、変化の時代に新しいスキルを身に付けることで、新しい仕事に挑戦しキャリアを築くことができる。企業は解雇することなく、既存の人材を低コスト・低リスクで新しい分野に投入し、事業転換することが可能となる。そして、国は成長力が低下した産業に人材が停滞するのを避け、産業構造の大きな転換を促し、人材不足の中小企業への支援を行うことができる。このように国、企業、個人にとってリスキリングは大きな意義がある。

今後も世界で加速するであろうDXやGXによる社会変革の中で企業が生き残り、国としても成長を続けていくために、リスキリングは大きな役割を果たすと考えられる。そのためにも、リスキリングを一過性のものとはせずに、従業員が学び続ける仕組みを構築するために、国・企業・個人が三位一体となり推進していくことが重要である。

【注釈】
1)温室効果ガスを発生させないグリーンエネルギーに転換することで社会経済を変革させ、成長につなげていくこと

【参考文献】
  • ダイヤモンドオンライン「アマゾン、ウォルマート、AT&T…従業員再教育に巨費を投じる海外企業の『リスキリング』」(2021年3月30日)
  • ハーバード・ビジネス・レビュー「デジタル時代の戦略的アウトソーシング(後編)」(2019年1月)
  • リクルートワークス研究所「リスキリング~デジタル時代の人材戦略~」(2020年9月)
  • 独立行政法人情報処理推進機構社会基盤センター「IT人材白書2020」(2020年8月31日)
  • Harvard Business Review “AT&T’s Talent Overhaul”(2016年10月)
  • Amazon “Amazon Pledges to Upskill 100,000 U.S. Employees for In-Demand Jobs by 2025”(2019年7月)
  • Amazon “Amazon Upskilling 2025 Report”(2020年12月)
  • World Economic Forum “Towards a Reskilling Revolution; A Future of Jobs for All”(2018年1月)
  • World Economic Forum “Closing the Skills Gap: Key Insights and Success Metrics”(2020年11月)
  • EIT InnoEnergy “Thousands of workers to be upskilled in France to keep the pace with the battery revolution”(2021年7月7日)
株式会社 第一生命経済研究所

第一生命経済研究所は、第一生命グループの総合シンクタンクです。社名に冠する経済分野にとどまらず、金融・財政、保険・年金・社会保障から、家族・就労・消費などライフデザインに関することまで、さまざまな分野を研究領域としています。生保系シンクタンクとしての特長を生かし、長期的な視野に立って、お客さまの今と未来に寄り添う羅針盤となるよう情報発信を行っています。
https://www.dlri.co.jp

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