【言語聴覚士】
高齢化社会でますますニーズが高まる仕事
「話す」「聞く」「食べる」のプロフェッショナル
話す、聞く、食べる――私たちが日々自然に行っているこれらの活動が、障害や病気、加齢などの理由により不自由になることがある。脳卒中で大脳の言語領域が傷ついたり、先天性の病気や加齢であったり、原因はさまざまだ。言葉によるコミュニケーションや嚥下(えんげ=のみ込み)ができなくなると、日常のさまざまなシーンで困難が生じることは想像に難くない。そんな困難な状況からの自立や改善に向けた支援をしてくれる心強い存在が「言語聴覚士」。言語障害や嚥下機能の問題の発生メカニズムを明らかにするための検査をしたり、必要に応じて訓練・援助を行ったりする専門家だ。よりよく生きることをサポートする職業「言語聴覚士」の仕事とは?
「話す」「聞く」「食べる」に関するリハビリ専門家
言語聴覚士が向き合っているのは、ことばの障害(失語症や言語発達遅滞など)、きこえの障害(聴覚障害など)、声や発音の障害(吃音〈きつおん)・構音障害など)、食べる機能の障害(摂食・嚥下障害)などを持つ人々。これらの障害は先天性のものから、病気や外傷による後遺症といった後天性のものまであり、患者は子どもから高齢者まで年齢層は幅広い。
「言葉が出てこない」「音が聞きづらい」といった症状が現れたとき、直前に事故に遭っていたり持病があったりすれば原因を解明しやすいが、思い当たる原因が見つからない場合、本人や周囲にヒアリングを行いながら原因を探っていく必要がある。特に言葉でのコミュニケーションが取りづらい患者に対しては、言葉の代わりにその人の表情や動作、目や指先の細かい動きを見て、患者の思いをくみ取らなければならない。本人も伝えられないもどかしさを感じていることが多いため、言語聴覚士は観察力や想像力を最大限に発揮しながら患者の心の声に耳を傾ける。
患者の社会復帰や症状の軽減を二人三脚で目指すのが言語聴覚士の仕事だが、具体的な訓練はどのようなものなのか。例えば、言葉の理解と表出がしづらくなる失語症患者に対しては、カードに描かれた絵を見てそのものの名前を選ぶ訓練を行う。摂食・嚥下機能に障害のある患者に対しては、水やゼリーなどを使用した飲み込みの訓練など、障害やその度合いに対して適切な治療やリハビリを組み合わせていく。原因解明から治療、社会復帰までを支援するため連携先も多く、医師・歯科医師、薬剤師、歯科衛生士、理学療法士、ソーシャルワーカー、介護福祉士、介護支援専門員、教師、心理専門職など、さまざまな立場の人たちと意見を交わしながらリハビリプランを作成し、患者の回復を目指していくのだ。
言語聴覚士がケアするのは患者だけではない。患者の家族が抱く不安を多少なりとも和らげるのも言語聴覚士の役割だ。意思疎通が難しくなってしまった家族を前にすると、ほとんどの人は今後の生活が大きく変わってしまうのではないかと不安に思うだろう。そんな家族らに対し、患者と一緒にリハビリに参加してもらったり、患者とコミュニケーションをとる方法をアドバイスしたりすることで、家族間の架け橋となることができる。
言語聴覚士は今後ますますニーズが高まると予想される
言語聴覚士が活躍できる場は、他のコメディカルスタッフと比較してもかなり多い方だ。ことばによるコミュニケーションが難しくなった患者の支援、食事に困難をきたしている高齢者の支援、ことばの発達が遅れている子どもの支援など、「誰を支援したいか」によって選ぶべき職場は変わってくる。ざっと分けただけでも医療領域、保健領域、福祉領域、教育領域と多岐にわたり、病院の中にもさらにリハビリテーション科、脳外科、神経内科、小児科と、幅広いニーズがある職業だ。最近では、フリーランスとして働く言語聴覚士もいるという。
言語聴覚士は1997年に国家資格になったばかりの比較的新しい職業で、有資格者総数は2万7000人ほど。約7万人が有資格者である作業療法士と比べても、さほど多くない。高齢化が急速に進む日本では、今後もことばの障害や食べる機能の障害などを抱える患者が増加していく可能性が高く、それにともなって言語聴覚士が必要とされる場も広がっていくことが予想される。
また、日本言語聴覚士協会の調べによると、同協会の会員である言語聴覚士は約80%が女性。リハビリ中心の業務のため、緊急性の高いイレギュラーな出勤や夜勤はほとんどなく、規則的な就業時間の中で働けること、託児所を併設している施設も多く、国家資格を持っていると一時的に職を離れても復帰しやすいことなどから、子どもを持っても働きやすく、女性が安心して選べる職業の一つになっているのだろう。
しかし、国家資格取得のハードルもさることながら、仕事そのものは一筋縄ではいかない。リハビリは苦しくつらい訓練であるため、ネガティブになったり心を閉ざしたりする患者もいる。そのため、言語聴覚士には目の前の生身の人間と向き合うことのできる「対人力」や「根気強さ」が求められる。さらに、小さな変化に気付くことのできる「観察力」や、外部と連携する際の「協調性」も必須な素養となるだろう。
言語聴覚士になるには、養成施設に通い受験資格を得ることから
言語聴覚士として働くには、国家資格を取得しなければならない。高校卒業後、大学や専門学校などの言語聴覚士養成施設で3年以上学ぶことで、国家試験の受験資格を得ることができる。一般の4年制大学を卒業した場合は、指定された大学・大学院の専攻科または専修学校に2年間通っても同様に受験資格を得られる。合格率は60~70%台で推移しており、他のリハビリ職種と比べるとやや合格率は低めとなっている。
養成学校では、障害の実態や医学的処置といった医学的な知識はもちろん、患者の気持ちに寄り添えるよう心理学や認知科学、音声学や社会福祉といった幅広い分野を学ぶことになる。最終学年では臨床実習をメインとしながら、秋口からは国家試験対策を始める学校が多いようだ。
最後に、給与面はどうだろう。言語聴覚士はさまざまな施設で活躍する場があるため、施設の種類や規模、地域や雇用形態によってばらつきがある。平均的には月収25~30万円程度、年収は350~450万円がボリュームゾーンのようだ。この金額は、他のリハビリ職種より若干低いが、言語聴覚士はまだ比較的新しい職種であるため、有資格者は20~40代がほとんど。若年層が多いことに加え、夜勤や休日出勤がほとんど無いことで平均を押し下げている可能性がある。しかし前述の通り、言語聴覚士はニーズの高い職種だ。高齢化による医療費の逼迫(ひっぱく)が社会課題となっている今、病院ではなく介護・福祉施設やデイサービスでも言語聴覚士は必要とされている。人手不足が深刻化すれば、昨今の保育士の例のように賃金が上がる可能性もあるだろう。
この仕事のポイント
やりがい | リハビリには信頼関係が重要。症状が回復したときはもちろん、ふさぎ込んでいた患者が心を開いてくれたときや、明るい表情が見られたときが大きな喜びを感じる瞬間。 |
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就く方法 | 「言語聴覚士」の国家資格取得が必要。国家資格の受験資格は、高校または大学の卒業後、言語聴覚士養成施設で一定期間学んだ人に付与される。 |
必要な適性・能力 | 生身の人間と向き合い続けることのできる対人能力と忍耐力。小さな変化に気付くことができる観察力や協調性も必要な適性だ。 |
収入 | 平均月収は25~30万円ほど。年収にすると約350~450万円がボリュームゾーン。ただし、夜勤や休日出勤は少なめ。 |
あまり実情が知られていない仕事をピックアップし、やりがいや収入、その仕事に就く方法などを、エピソードとともに紹介します。