障害者雇用の取り組みは、多様な人材・働き方を包摂した組織作りにつながる
~調査から見えたDEIへの好影響~
パーソル総合研究所 シンクタンク本部 研究員 金本 麻里氏
2024年8月末にパリで始まったパラ五輪では、女子選手や重度障害者に出場機会が広げられた。企業においても障害者の雇用率は拡大を続ける。2024年4月には法定雇用率※1が2.5%に引き上げられ、2026年7月には2.7%に上昇する。中でも、2018年に義務化された精神・発達障害者の雇用は増加を続けると予想されている。
障害者の活躍機会が広がる中、障害者雇用の目的として、「DEI(Diversity , Equity & Inclusion;多様性・公平性・包括性)」や「D&I(Diversity & Inclusion;多様性包摂)」を掲げる企業も増えている。つまり、障害者に限らず多様な人材を包摂する組織を作ることで、企業の競争力を高めようという取り組みだ。
本コラムでは、パーソル総合研究所が実施した「精神障害者の現場マネジメントについての定量調査[上司・同僚調査]」および「精神障害者雇用の現場マネジメント関するインタビュー調査」の結果から、精神障害者の雇用を例にとり、障害者雇用がDEIの実現につながるのかを見ていきたい。
※1 法定雇用率:企業や国、地方公共団体が達成を義務付けられている、常用労働者に占める障害者の雇用割合を定めた基準のこと
本調査における「精神障害者」の定義:
精神障害者の定義は場面によってさまざまだが、本調査では気分障害や神経症性障害、統合失調症、依存症、てんかん、およびそれらの関連疾患を抱えている方(高次脳機能障害、認知症、発達障害、性同一性障害は除く。)と定義。つまり、後天的に発症することが多い心の病気を抱える方を対象としている。
障害者雇用とDEI
DEIとは、すべての人に公正な機会を与えることで、人々が不当に偏った状況におかれることなく、多様な背景を受容できる社会の実現を目指す考え方だ。DEIには、「差別の撤廃」と「実利の追求」という2つの側面がある。日本企業においては、歴史的に法改正への対応(育児・介護休業法、障害者雇用促進法など)により差別の撤廃が進んできたが、近年、人材不足や産業構造の変化などを背景に、人材獲得競争力の強化や、イノベーションが起きやすい組織作りといった実利的な目的で、DEIが注目されるようになっている。
ダイバーシティ推進(多様な人材を積極的に登用し、それぞれの個性や能力を尊重して働きやすい体制を作ること)の目的について、84社中75%の企業が、「優秀な人材を雇用するため」「働きやすい職場にするため」と答えている ※2。他方で、「多様化する市場に対応するため」は56%、「革新的なサービスや商品を開発するため」は37%だ。人材不足が加速しているため、実利的目的の中でも、多様な人材が活躍できる組織風土や柔軟な働き方を推進し、優秀な人材から「選ばれる組織」になることが、ダイバーシティ推進の主な目的となっていることが分かる。
障害者雇用の目的・意義としても、法定雇用率の達成(法令順守)や社会的責任(CSR・ESG)のみならず、ダイバーシティ推進の一環として取り組みを進める企業が増えている。このような目的意識は、利益を追い求める存在である企業が、積極的に障害者雇用に取り組むモチベーションになる。
※2 三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社(2024)「企業におけるダイバーシティ推進に関するアンケート調査」https://www.murc.jp/library/report/cr_240612/ (2024年7月9日アクセス)
精神障害者の雇用によるDEIの実現可能性
精神障害者の雇用は、近年急速に増加しているが、雇用現場では課題も多い。精神障害者の雇用を円滑に推進するには、現場の上司、同僚、本人のみならず、人事の採用強化や現場支援、他部署・経営層の理解、支援者の巻き込みが重要だが、取り組みにはマンパワーが必要だ。生産性の観点で障害者雇用にマンパワーを投じる意思決定がなされづらい企業もあるが、精神障害者の雇用が他の多様な人材の包摂にもつながるのであれば、マンパワーを投じる意思決定がなされやすくなるのではないだろうか。
では、実際のところ、精神障害者の雇用はDEIの実現につながっているのだろうか。パーソル総合研究所が実施した精神障害者と共に働く上司・同僚へのアンケート調査結果 ※3から見ていきたい。本調査では、DEIのうち、多様な人材を包摂する組織風土の醸成や人材マネジメント力の向上に着目した。
図表1を見ると、全体として、精神障害のある従業員と共に働く上司・同僚の約6割が、「職場の多様な人材・働き方への対応力が上がった」「互いに助け合う雰囲気が強まった」と感じていた。精神障害のある部下・同僚とのコミュニケーション頻度が高いほど、実感する割合も増える傾向があった。ただ、半数は、「職場に個別配慮が広がることで、全員の働きやすさにつながった」に対して否定的に回答しており、必ずしもDEIにつながっているとはいえないかもしれない。
※3 ここでの「共に働く上司・同僚」とは、精神障害のある部下・同僚と仕事上の関わりがあり、かつ精神障害のある部下・同僚の障害種を知っている人を指している。「精神障害者」とは、障害者手帳を持ち精神障害への配慮を得ながら働いている人を指している。
そこで、職場が精神障害のある従業員の受け入れに成功しているか ※4 によって、上司・同僚を低群・中群・高群に3等分割すると、受け入れ成功度が高い群では、約8割とほとんどが多様性包摂の対応力・意識向上を実感していた(図表2)。しかし、受入れ成功度が低い群では2~4割と少なく、顕著な差がある。なお、身体障害や知的障害、発達障害などのその他の障害者と働く上司・同僚にも同じ調査項目を尋ねているが、受け入れ成功度別の実感率はほとんど同様だった。
※4 ここでの「受け入れ成功」は、「期待通りの業績・成果をあげている」「業務パフォーマンスが安定している」「モチベーションを維持して仕事に取り組んでいる」といった業務パフォーマンス、「周囲によい刺激・影響を与えている」「職場の仲間とうまくやれている」といった周囲との関係の良好さ、「職場での受け入れはうまくいっている」といった総合評価から成る6項目で聴取している。
つまり、職場の体制整備や理解醸成に取り組み、受入れに成功することを通じて、このような波及効果を実感することが分かる。他方で、環境整備が不十分で、受け入れがうまくいっていない状況では、DEIを実感することは難しいどころか上司・同僚の負担が大きくなり、より受け入れが難しい風土が醸成されてしまうことも調査結果から示唆されている。
精神障害者をはじめ、障害者の受け入れの成功に向けた環境整備に取り組むことで、職場のDEIの意識や対応力が高まることが分かる。
精神障害者の雇用によって職場のDEIはどのように実現されるのか
では、精神障害の雇用の取り組みが、具体的にどのように多様な人材を包摂する組織風土の醸成や人材マネジメント力の向上につながるのか。
精神障害への合理的配慮は、業務のカバー体制の構築や体調悪化につながる生活面の問題把握、苦手を省いた業務の切り出し、福祉・医療・行政の支援者との連携、接し方の工夫など、多岐にわたる。個別の症状に応じて、大きな声で話しかけないなど、細やかな配慮をするケースもある。合理的配慮の多様さや、すり合わせの難しさを考えると、精神障害者の雇用は他の多様な人材の受け入れと比べて難易度が高い。しかしこの点は、裏を返せば、精神障害への合理的配慮を職場で実践していくことを通じて、さまざまなタイプのマネジメントのノウハウが蓄積され、他の多様な人材への対応に応用することができるとも言える。異なる属性の人材でも、上司のマネジメント方法は共通する点が多いからだ。
例えば、勤怠・パフォーマンスが不安定な精神障害者の業務のカバー体制の構築は、子供の体調不良などによって突発休が多い育児期社員の業務マネジメントと類似している。精神障害者の体調悪化を防ぐためのプライベートも含めた問題把握は、介護中社員の介護状況を把握しておくことに通じる。わかりやすい業務指示や異なる捉え方の理解・尊重は外国人材への対応に、苦手を省いた業務の切り出しは高齢社員への対応に通じる。
このように、障害者の雇用によって得たノウハウを他の多様な人材のマネジメントにも活かしていくために、特定の上司だけにノウハウを属人化させず、文書や会議体を通じて管理職同士で共有する取り組みも効果的だと考えられる。
職場のDEIは全員の働きやすさにつながる
また、受け入れを成功させる取り組みによって職場の多様性包摂の対応力・意識が高まると、周囲の働きやすさにつながることが確認された。職場の多様性包摂の対応力・意識が高まったと感じていた上司・同僚は、“はたらくWell-being”(はたらくことを通じて、その人自身が感じる幸せや満足感)や、現在の会社で働き続けたい意向が高い傾向があった(図表3)。多様性包摂の対応力・意識向上の高群では、約6割が「はたらくことを通じて、幸せを感じている」「この会社にずっと勤めていたい」と回答している※5。なお、その他の障害者と働く上司・同僚においても、同様の傾向が確認された。
※5 共分散構造分析によって、受け入れの成功が直接上司・同僚の“はたらくWell-being”・勤続意向を高めているわけではなく、受入れの成功によって多様性包摂の対応力・意識向上が実感されることを通じて、“はたらくWell-being”・勤続意向が高まる傾向が確認された。
インタビュー調査では、精神障害者の雇用に取り組むことを通じて、「障害への配慮が全社員にとっての配慮になり、会社が優しい空気になった」との声があった。この企業では、採用時のマッチング強化や支援者との連携、全社の理解醸成といった取り組みを通じて、法定雇用率を大きく上回る人数の精神障害者を雇用し戦力化している。理解醸成によって職場で精神障害への配慮が当たり前になることで、育児・介護中の社員や高齢の社員の個別の事情にも、配慮して働いてもらうことが当たり前だという意識が広がったという。共働き・共育て化、高齢化などで多様な人材の労働参画が進む昨今、何らかの個別対応を求める人は増えている。障害などの個別事情に柔軟に配慮してもらえ、それぞれが最大限の力を発揮できる職場環境は、全員の安心感や働きやすさにつながる。それが企業の採用力や競争力につながっていくと考えられる。
まとめ
本コラムでは、精神障害者雇用の現場マネジメントについての調査結果から、障害者の雇用による多様性包摂の対応力・意識向上について取り上げた。本コラムのポイントは以下の通りである。
- 精神障害者の受け入れ成功が高い上位3分の1の職場では、共に働く上司・同僚の約8割が職場の多様性包摂の対応力・意識向上を実感。一方、受け入れに成功していない下位3分の1の職場では、このような実感は2~4割と少ない。障害者の受入れの成功に向けた環境整備に取り組むことを通じて、多様性包摂の対応力・意識向上を実感することが示唆された。
- 精神障害への合理的配慮は多様なため、育児・介護中社員や高齢社員、外国人社員といった他の多様な人材のマネジメントに通じるものが多く、結果的に精神障害者以外の多様な人材・働き方への対応力を高めることにもつながる。
- 職場の多様性包摂の対応力・意識向上を実感する上司・同僚は、“はたらくWell-being”や勤続意向が高く、職場のDEIの実現が従業員の働きやすさにつながり、ひいては採用力・競争力の強化につながることが示唆された。
本コラムが障害者雇用の推進の一助となれば幸いである。
【関連調査】
「精神障害者雇用の現場マネジメントについての定量調査[上司・同僚調査]」
「精神障害者雇用の現場マネジメント関するインタビュー調査」
「精神障害者雇用の現場マネジメントについての定量調査[企業調査]」
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