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『ビジネスガイド』提携

定昇「廃止・縮小」を行うとどうなる?
中小企業における「定期昇給見直し」の考え方と実務上の留意点 【前編】
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日本大学経済学部教授
平野 文彦

ビジネスガイド photo『ビジネスガイド』は、昭和40年5月創刊の労働・社会保険の官庁手続、人事労務の法律実務を中心とした月刊誌(毎月10日発売)です。企業の総務・人事・労務担当者や社会保険労務士等を読者対象とし、労基法・労災保険・雇用保険・健康保険・公的年金にまつわる手続実務、助成金の改正内容と申請手続、法改正に対応した就業規則の見直し方、労働関係裁判例の実務への影響、人事・賃金制度の構築等について、最新かつ正確な情報をもとに解説しています。ここでは、同誌のご協力により、2012年5月号の記事「中小企業における『定期昇給見直し』の考え方と実務上の留意点」を掲載します。
『ビジネスガイド』の詳細は日本法令ホームページへ。
ひらの・ふみひこ ● 日本大学経済学部教授、早稲田大学社会科学部講師。早稲田大学大学院商学研究科博士課程修了。専門は経営学、人的資源管理論、賃金論。日本賃金学会会長。実践経営学会会長。著書に『賃金管理の基本と課題』(学文社)、『新版・人的資源管理』(編著、学文社)、『賃金事典』(監修、労働調査会)等。
中小企業における「定期昇給」の位置付けを整理する

1.定期昇給制度をめぐる誤解と混乱

「定期昇給制度」について、一般に多くの誤解と混乱が存在しています。そこで、以下の諸点を確認しつつ議論を進めることが有用と考えます。

(1)「制度」とは「当事者が粛々と遂行すべき約束」のこと

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第1に、「制度」というものは一般には、「国家・団体などの統治・運営のために、制度的手続きによって定められたきまり」と理解されています。また、「社会における人間の行動や関係が、一部の勢力によって無秩序化されることのないように、すでに当事者間において長期にわたって守られてきている慣行やきまり」も、社会制度として理解されています。

いずれにせよ、「制度」は、当事者間の約束として、誠実に履行されていくことに基本的な意味があるものです。したがって、定めるにあたっては当事者間の十分な議論と理解を踏まえることが不可欠であることは、言うまでもありません。「定期昇給制度」についても、この意味において、「約束としての制度がある」ということと、「昇給が行われている」ということとは、本来的には区別して理解されなければならないところです。

(2)「定期」ということ

したがって、「定期に」ということは、「決まった時期に必ず実施する」という約束を意味することになります。

「定期昇給制度」については、これまでの慣行からみても、「2年に1度であるとか、昨年は4月、今年は5月に実施とか、あるいは会社に余裕がないときには実施しない」といった運用は、一般的にはなされていないものと考えられます。

(3)「昇給」ということ

次に、「昇給」とは、単なる「増給」や「追加支給」とは異なり、あらかじめの約束としても「制度」に基づくものを言います。

「定期昇給制度」は、一般には「従業員の賃金を管理していくために当事者間に公表されている基本給表に基づいて引き上げていくこと」を意味します。したがって、「当事者間に基本給表が公表されている」ことと、「賃金を引き上げていくためのルールがある」ことが大事なことになります。「賃金を上げる」ということと、「昇給させる」ということを明確に区別しないで把握するところに、誤解と混乱の原因があるものと言えましょう。

なお、企業によっては、定期に基本給額の改定を積み上げてきた結果としての基本給表があり、毎年、それに何がしかを積み上げることを慣行としていることをもって「定期昇給制度あり」、とする企業もあります。しかし、それは「増給」に近いもので、必ずしも「制度化された昇給」とは言えない側面をもっていますが、確立された労使関係の中で、話合いや交渉によって相互に合意に達し、その誠実な履行が約束されるものであれば、それも「制度的な昇給」とみて差し支えないこととは考えられるところです。

(4)「定期昇給を見直す」ということ

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「定期昇給の見直し」の意味についても、基本的な誤解が見られるところです。すでに述べた観点からすれば、それは「制度を見直す」という意味と、「今年は前年通りに賃金の引上げを行うかどうか、その引上げ幅に関する考え方は前年通りでよいのかどうかを検討する」という意味の、少なくとも2つの意味があることが理解されなければなりません。言うまでもなく後者については、いわゆる「賃上げ」の問題と考えられますから、「個別企業の事情と今後の方針を踏まえて、慎重に判断すべき」ということになります。

焦点は前者です。「定期昇給制度」は、多くの場合、次に示すようないくつかの基準によって、運用されているものです。

[1] 基本給表上の金額ランクを一定段階、自動的に上に進ませる場合の基準
[2] 平均の昇給段階数を決めたうえで、昇給査定などによって一人ひとりの進ませる段階に差を設ける「査定昇給」を行う場合には、その基準と手続き
[3]「昇給額」を、自動昇給分と査定昇給分の組合せとする場合には、その基準と手続き
[4] 年齢帯によって、適用に違いを設ける場合には、その基準と方法
[5] 特別昇給制度をもつ場合には、その基準と方法
[6] 「昇格」との関係を処理する基準
[7] 中途採用者に対する扱い、等

「定期昇給制度」が果たしてきたこれまでの役割を熟慮するならば、これらのうちのどの部分に「見直しが必要になっているのか」について、慎重かつ十分な議論をすることが必要と言えます。まして「制度の凍結」や「廃止」は、企業風土を変質させてしまうだけの大きな影響力をもっていることを考慮して、どこまでも慎重でなければならないものと考えられるところです。


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