第88回 ソニー株式会社
異業種へのチャレンジが、個の力を伸ばし組織を成長させる!
社員の“主体的なキャリアチェンジ”をサポートする、ソニーの社内募集制度
ソニー株式会社
人事センター 人事1部 統括部長 北島久嗣さん
人事センター 人事1部4課 統括課長 堀田綾子さん
キャリアチェンジで強みを活かす風土が、長らく根づいている
制度のバリエーションが豊富ですね。利用する際には、社員の方々のキャリアに対する主体性が重要に思えます。
堀田:社内募集制度は長く根づいている仕組みですし、職種を変えた社員やいろいろなことにチャレンジしてきた社員が、身近にもたくさんいます。上司自身が社内募集でキャリアチェンジに成功した例も多く、異動をネガティブに捉えていないんですね。社内でどうキャリアを築いていくのかを、社員一人ひとりが当たり前のように考えているようです。
そのうえで人事からは、定期的にキャリアを考える機会を提供しています。例えばキャリアアドバイザーとの面談は、上司でもなく担当人事でもない第三者との対話でキャリアを客観的に捉えることができます。また、キャリアを振り返るエクササイズを盛り込んだ年齢別研修の実施や、有識者による講演なども定期的に開催しています。
日本の企業の中には、「会社側がキャリアを用意する」という考えが根強く、キャリアの主体性を促せずにいる会社も少なくありません。
堀田:ソニーでは、比較的早いうちから経験者を採用してきました。終身雇用や年功序列が当たり前だった時代から、キャリアの柔軟性を高めて努力してきた背景があります。そのため、違った経験を重ねてきた人が入ってくることや、メンバーが新境地でチャレンジすることも、組織文化として自然と受け入れられているのだと思います。
北島:さまざまな事業分野にチャレンジしているという会社の特性を活かし、社内であっても、あたかも社外に転職するように、ビジネス領域や専門領域を超えて自由にキャリアを実現することが可能です。
堀田:しかし社員の様子を見ていると、いわゆるジョブホッパーのような人は見当たりません。異動は多いけれど、専門性や強みを活かしながら、他の分野にチャレンジしている印象です。自身の軸となる部分がはっきりしているので、新しい環境での自分の役割や期待されていることを理解し、能力を発揮できているのだと思います。
2番手の成長や意外なマッチングなど想定外の効果も
社内募集制度をリニューアルして、どのような変化がありましたか。
堀田:まず、想定していた以上に活用されている印象があります。社内で展開している人事サイトの中でも社内募集は最もビューワー数が多く、注目度は非常に高いですね。エントリーしていない人でも「自分のキャリアはこのままでよいのだろうか」と、常に考えながら閲覧している様子がうかがえます。通年で募集をかけていますから、会社を取り巻く環境の変化をキャッチアップできるという部分もあると思います。また、FA制度は各部署からの関心が高いですね。権利を行使した社員に「会ってみたい」とリクエストが殺到するケースも少なくありません。
北島:ヒアリングやアンケートを行っても、ポジティブな意見が多いですね。異動につながらなかった場合も、「仕事を見直すいい機会となった」といった声を聞きます。仕事がマンネリ化していても、見方を変えれば新たな魅力に気づくことができ、エンゲージメントが高まっています。また「FA権を取得したことで、行使はしなくても自信につながった」という声も聞かれるなど、異動した数やエントリー数などの表面的な数字だけでなく、潜在的な効果もありました。
人材が流出した部署に影響はないのでしょうか。
堀田:むしろ、プラスの作用が起こっています。例えばFA権を行使して優秀な人材が異動したことにより、2番手、3番手が育っているケースがあります。組織はどうしても、優秀な人に仕事が集まる傾向があります。しかし、キーパーソンが抜けることで次のキーパーソンが生まれ、組織活性化へとつながっている。FA制度をつくったときは、権利を与えられる社員にばかりフォーカスしていたので、思わぬ効果でしたね。
北島:組織運営の視点でいえば、どの職場も優秀な人材が集まる、魅力のあるチームづくりへと意識が向いているように感じます。自分たちが取り組むビジネスの意義や社会的価値などを考察して発信力を高めていくなど、組織としての競争力強化につながっている印象です。
新しい仕組みによる興味深いエピソードがあれば、教えてください。
堀田:キャリアプラスでは、アニメコンテンツとハイレゾ商品を融合させたマーケティングプロジェクトが面白かったですね。熱烈なアニメファンがプロジェクトに参画したのですが、消費者ならではの斬新な視点が参考になっただけでなく、在籍するメンバーをインスパイアするような関わり方をしてくれたと聞いています。さらに、プロジェクトに参加するために自身の主務も効率よくこなし、生産性も上がったそうです。
北島:FA制度では、本人も含めて周囲が考えもしないキャリアパスが生じるケースがいくつも見られました。間接部門で品質保証業務を担当していた人が、ゲーム開発に移った例もあります。通常なら考えにくいので、FA制度がなければおそらく実現しなかったでしょう。
今回のお話を通じて、キャリアの主体性を高めるには制度を整えるだけではなく、風土の醸成が重要だと分かりました。
北島:こういったキャリア形成の制度運用には、組織と個人のバランスがとても重要です。それぞれの会社に合ったやり方を考えることがポイントとなるでしょう。例えば組織としての動きを重視する会社だと、後任をどう補充するかなどの問題が出てくるので、私たちのやり方をそのまま取り入れてもうまくいかないと思います。組織は個の力があって成り立つものですし、逆に組織がしっかりと機能して個の力は発展発揮されるもの。そのさじ加減を見極めて、人事制度として設計していくかどうかが成否の分かれ目になるのではないでしょうか。
堀田:現場との連携も大切ですね。いくら人事ばかりが理想論を言っても、受け入れられなければ意味がありません。ソニーの場合は、本社機能としての人事とは別に事業部としての人事もあり、我々は両方に携わっています。どのような人事制度であれば社内に浸透し、個人と組織の成長をサポートできるのかは、常に課題ですね。改善のカギは、現場との密なコミュニケーション。そのひと言に尽きると思います。