全く違う業界で働くことで
人材はいかに磨かれていくのか
――アサヒビールの「武者修行研修」の成果を聞く
アサヒビール株式会社 人事部長
樋口祐司さん
ビジネスパーソンは“海の広さ”を知って大きくなる
目に見える成果とは別に、樋口さんからご覧になって、武者修行を経験した社員に、一人のビジネスパーソンとしての成長や変化を感じる部分はありますか。
まず間違いなく、視野を広げて帰ってきますね。外へ出てみたら、海は広かったということでしょうか。モノカルチャーで、外に目が向かないという弱み があったわけですから、海の広さを知って帰ってくるのはとても大きな収穫です。弊社の社員ももちろん頑張ってはいますが、外へ出てみると、まだまだ上には 上がいます。同年代のビジネスパーソンで、こんな凄いやつがいるのかと、刺激を受けて帰ってくることもあるでしょう。逆に、手前みそで恐縮ですが、意外と 自分たちは通用するなと自信を深めたり、実はアサヒビールってこんなにいい会社だったんだと再確認したり。すごく大切な環境なのに、ふだんはその中にどっ ぷりはまりこんでいるので、空気みたいに見えなくなっているんですね。あるのが当たり前で、ありがたみも何も分からなくなっている。一歩引いて外から見る と、アサヒビールの社員で良かったと痛感することも多いようです。
もうひとつ、成長したと感じるのはネットワークですね。もともと業種が業種なので、飲むとすぐ友だちになってしまう人が多いのですが、とにかく誰も がネットワークをぐんと広げて帰ってきます。研修が終わってからも、派遣先の人たちとずっと付き合っているみたいですね。それぞれが異業種で活躍している ので、お互いの刺激にもなっているでしょう。
決して長くはない一年間の「社外武者修行研修」を、ただ行っただけに終わらせず、実りあるものにするために、人事として最も気を配っていることを教えてください。
やはり復帰後の配置に尽きますね。戻ってから、彼らに何をやってもらうか。武者修行の経験が、社内での今後のキャリアにそのままつながらなければ、 本人も何のために行ったのか、となってしまうでしょう。そうならないように、復帰後の配置にはものすごく神経を使っています。帰任時に必ず本人と面談し、 五年先、十年先に自分が何をやりたいのかというキャリアデザインを聞いた上で、これまでの人事データや武者修行での経験、学びなどを勘案して判断するよう にしています。
私は、この武者修行研修の運営に限らず、なるべく先を見て手を打つことを、人事としてのモットーにしています。近年、企業経営は短期的な成果を求め られがちですが、人の問題に限っては、いま手を打っても明日結果が出るというものではありません。逆に言うと、いま目の前にある人事のさまざまな難問は、 五年前、十年前にやったこと、あるいはやらなかったことの影響が出ているのかもしれません。こういう思いを将来の後輩にはさせたくないんです。五年先、十 年先となると、見えないことも多いけれど、ある程度は見えていることもあるでしょう。いまからそこへ向けて打つべき手は打っておく、逆にしてはいけないこ としない。その見極めが大切なのだと、自らを日々戒めています。
(取材は2014年6月30日、東京・墨田区のアサヒビール本社にて)