全く違う業界で働くことで
人材はいかに磨かれていくのか
――アサヒビールの「武者修行研修」の成果を聞く
アサヒビール株式会社 人事部長
樋口祐司さん
復帰後のキャリアは修行経験を活かせることが最優先
武者修行中、送り出した社員とはどのようにコミュニケーションをとっているのでしょうか。派遣先で問題や悩みを抱えて、人事部のフォローを求めるようなことはありませんか。
派遣後は、毎月一回のレポート提出を義務付けています。今月どんな仕事をしたか、仕事を通じて何を学び、どういう気づきがあったかをA4一枚で簡潔 にまとめてもらい、その内容を人事と人事担当役員、そして派遣前の職場の上司が共有するんです。また復職時には、当社幹部の前で、一年間の修行の成果を報 告する発表会も行われます。
修行期間中のトラブルは、今のところはないですね。これも弊社の風土かもしれませんが、人事がフォローするまでもなく、誰かが困っていると、周囲が ほどよく面倒をみるんですよ。例えば地方の企業へ武者修行に送り出しても、近くにある支社や営業所の誰かが気にかけてくれて、飲みに誘ってくれたりするみ たいなんです。直接の上司ではなく、顔も知っているかどうかという関係なのに。決して人事が頼んだわけでもないし、手を回したわけでもありません。私自 身、その話を伝え聞いて「そこまでしてくれるのか」と感激したくらいです。
なるほど、御社の社風の強みが発揮されているわけですね。では、修行期間中に派遣先で目覚ましい活躍を示したという例はありますか。
先ほども触れましたが、電機メーカーで商品開発部門に迎えられたマーケッターは、何と新しいスピーカーを一つ商品化するという貴重な経験をして帰っ てきました。しかも、そこそこヒットしたんですよ。先方のメーカーがよくやらせてくれたなと思います。本人はビール専門のマーケッターで、音に関しては素 人ですからね。送り出した私たちとしては、先方に感謝の気持ちでいっぱいです。
武者修行の経験は、その後のキャリアにどうつながっていくのでしょう。派遣先から戻った社員は、派遣前と同じ職場やポジションに復帰するのですか。
必ずしも同じとはかぎりません。マーケッター育成の目的で派遣されたマーケッターの多くは、マーケティング部門に戻っていますが、そうでないケース もあります。あくまで、修行先での就業経験を活かせることが最優先。会社としても、彼ら、彼女らに将来どんなふうに育ってほしいかというビジョンがあって 送り出したわけですから。例えば営業部門から送り出された社員が、せっかく派遣先でコーポレートスタッフの経験をさせてもらったのに、また営業に戻ってし まったらもったいない。人事としては、グループ全体に範囲を広げてでも、その社員がコーポレートスタッフの仕事に就けるように配置すべきでしょう。総合商 社に派遣されたある女性社員は、修業先で食品の輸出入の仕事を担当させてもらい、戻ってからもそのまま、ワインや洋酒の輸出入業務で活躍しています。武者 修行の経験がピタリとハマった好例ですね。