全く違う業界で働くことで
人材はいかに磨かれていくのか
――アサヒビールの「武者修行研修」の成果を聞く
アサヒビール株式会社 人事部長
樋口祐司さん
受け入れ先とのニーズのすり合わせが成否を分ける
受け入れ先を開拓する際、どういう企業にアプローチするのか、基準や条件などはあるのでしょうか。
先ほど“飛び込み営業”と言いましたが、もちろん大切な社員を送り出す相手ですから、受け入れてくれればどこでもいいというわけではありません。条 件としては、まず弊社と同じくBtoCビジネスを展開し、しかも事業内容は重ならないこと。また、弊社を取り巻く環境が免許制に守られた保守的な業界です から、そうではなく、なるべく自由で競争の激しい市場を生き抜いている企業にお願いするということも、狙いとして持っています。派遣期間は原則1年。これ まで、運輸会社、インターネットサービス会社、電鉄会社、玩具メーカー、自動車メーカー、電機メーカー、コンビニエンスストア、商社などの約10社に、弊 社社員20名弱を受け入れていただきました。そのうち4社とは双方向の人事交流ということで、こちらも先方の社員の“武者修行”を受け入れています。
武者修行を通じて、こういう人材をこんなふうに鍛えたいというポイントがあると思います。そのあたりは受け入れを要請する中で、先方と話を詰めていくわけですか。
もちろんそうです。ただ「預かってください」では、先方も何をさせればいいか困りますし、こちらとしてもすべて先方に委ねて、もし新入社員が担当す るような仕事を与えられたりしたら、社員を送り出す意味がないでしょう。ですから、派遣に際しては、テーマを設定しています。第一に、今後の事業展開に不 可欠なマーケッターやグローバル人材の育成。受け入れ先にもそこを意識して、しかるべき職務につけてくださいとお願いしているんです。
マーケッターはマーケッターとして、業種の違う派遣先でも、これまでと同じような仕事ができるということですか。
まったく同じというわけではありませんが、例えば弊社のマーケッターを、あるインターネットサービス会社はeコマース部門で、また、ある電機メー カーは商品開発のメンバーとして迎え入れてくれました。要は、部門・部署に関係なく、マーケッターとして育てるために必要な“修行の場”を、1年間与えて もらうというスタンスなんです。もちろん業種は違っても、マーケティングの理論などはある程度共通して使えますし、逆にそこは基本としてマスターしていな いといけない。一から教えないといけないような人材では、修業先の戦力になりません。
何人も送り出していくうちにわかってきたのは、受け入れる側にも求める人材のニーズがあるということです。最低でもこのレベルまでの経験やスペック は欲しいとか、受け入れる予定の部署は若手が多いので、あまりベテランに来てもらっても困るとか――。そうしたニーズを細部まですり合わせ、とことん話を 詰めた上で、それに合う人を選ばないと、せっかく送り出してもミスマッチを起こしかねません。武者修行の成否を分けるカギの一つですね。
人選については、人事からの指名が多いということでしたが、逆にそうでない場合はどうやって選んでいるのですか。
最近はおかげさまで、他社から人事交流をしましょうと声をかけられることも多くなり、派遣の仕方も多様化してきました。先方の要望が絞られている場 合は指名で行くしかありませんが、ある程度要件がゆるく、たとえば「20代でこういう人を」という程度なら、一部は公募で決めています。募集すると、「自 分も修行に出てみたい」とけっこう手が挙がるんですよ。そういう意味では、最初に申し上げたモノカルチャーで内向きの風土が少しずつ変わってきているのか もしれません。社内での認知度も上がっていますし、何より武者修行に行って帰ってきた社員が実際に活躍する姿を見て、他の社員が「よし、自分も」と思うよ うになってきた。それが大きいですね。