全く違う業界で働くことで
人材はいかに磨かれていくのか
――アサヒビールの「武者修行研修」の成果を聞く
アサヒビール株式会社 人事部長
樋口祐司さん
多様な資質を活かす、多様な価値観を醸成する――多様性こそ戦略人事の要諦と言われるようになって、久しくなりました。しかし、既存のメンバーが既存の環 境に身を置いたまま、今までにない新しい視点や発想を学ぶことは容易ではありません。日本企業のように同質性の高い組織ではなおさらでしょう。そこで、ア サヒビールが出した答えは“社内にないものは社外に学ぶ”ということ。2008年から、グループ外の他社に社員を期間限定で送り出し、異文化での就業経験 を通じて成長を促す、ユニークな研修制度を実施しています。名づけて「社外武者修行」。すでに電鉄、陸運、電機メーカーなど、自社と全く違う業界の10社 に人材を派遣し、復帰後の本人のキャリア拡大や組織風土改革といった成果につなげています。自社では得られない貴重な経験を創出し、それを単なる経験で終 わらせない「武者修行」の秘訣を、同社人事部長の樋口祐司さんにうかがいました。
- 樋口祐司さん
- アサヒビール株式会社 人事部長
ひぐち・ゆうじ ● 1988年アサヒビール株式会社入社。東京工場物流部・東京支社中央支店(営業)を経て、1992年にアサヒビール労働組合専従中央執行委員に就任。賃金 の改善とともに、労働条件向上から、働きがい向上へと活動の軸足を移すことに取り組む。1995年中央書記長、1998年中央執行委員長。2000年に復 職し、広報部へ。会長・社長の広報サポートなどを行う。2008年から人事部。次期経営者養成プログラムやグループのキーポストの候補者育成・配置などを 担当。2011年に副部長、2012年4月から現職。「人的競争力と働きがいの向上」をテーマに、人事諸施策に取り組んでいる。
強みが弱み――モノカルチャーの殻を破るために
組織への帰属意識が強い日本のビジネスパーソンにとって、慣れ親しんだ自社を離れて縁もゆかりもない他社へ派遣される経験は、まさに“武者修行”。通常の出向や社外研修とは、まるでインパクトが違いますね。
研修の性格上、人事から参加者を指名する場合が多いのですが、指名された本人にとっては、まさに青天の霹靂(へきれき)です。特に導入当初は社内に 周知しないまま、人を送り出していましたからね。「9月1日付で○○株式会社へ出向」と突然、内示されるんです。その社名を知っていたとしても、そこで働 くとは思ってもいないから、驚くのは無理もありません。人事発令の一覧が掲示される際も、名前の横に「○○株式会社、武者修行を命ず」と書いてあるだけ で、何のことやらさっぱりわからないし、周囲もびっくりするばかり。最初の頃はとにかく驚かれたので、その都度丁寧に説明し、納得してもらうようにしまし た。もともと弊社の社員は会社が好き、仲間が好き、商品が好き。自社への愛着が強いんです。だから、他社への出向を命じられるインパクトは相当大きい。こ ちらとしては、そこが狙い目でした。
なぜなら、愛社精神や仲間意識が強いという社風は弊社の強みであり、反面、弱みでもあったからです。われわれは「モノカルチャー」と呼んでいます が、集団としてまとまっている分、逆に同質化しやすい。ものの見方や考え方が内向きになり、単一の価値観に凝り固まってしまう傾向があるんですね。長年、 ビール中心の単品商売を続けてきたことも、このモノカルチャー的風潮に拍車をかけていました。しかし近年、弊社の事業構造は、嗜好の多様化やグローバル化 の進捗によって大きく様変わりしています。事業領域も急速に拡大するなか、肝心の社員がモノカルチャーの殻に閉じこもっているようでは、さらなる成長は望 めません。そこで2008年から本格導入されたのが、異文化での就業経験によって社員の成長を促す「社外武者修行研修」です。早い話が「外に学ぼう」とい うわけです。
なぜ社内ではなく、社外にあえて“修行”の場を求めたのでしょうか。
この制度を発案したのは、当時の人事担当役員で、現社長の小路(明善氏)です。小路自身、グループ内で異なるいくつもの部門を歩き、さまざまな役職 に就いてきました。そのキャリアから、環境変化に伴う多様な経験にこそ学ぶことが多いと気づき、そうした機会や場を意識的に創っていこうと考えたようで す。ただ、モノカルチャーな組織の中にいたのでは、モノカルチャーから脱皮することはできません。視点を鋭く、視野を広く、視座を高くする経験を与えて人 材を育てるには、やはり社内の異動だけでは限界がある。小路はそう判断し、社外武者修行の仕組みづくりに力を注いだのです。
まず、修行を受け入れてくれる企業を探さなければ、話は始まりません。私は直接経験していないのですが、最初の頃の出向先の開拓は“飛び込み営業” さながらで、かなり大変だったそうです。何の関わりもない他社を相手に、ただひたすら制度の趣旨を説明して協力してもらおうというわけですからね。たまた ま3社ほどから良い返事をいただいて、本格的にスタートさせることができました。
ちなみに「武者修行」と名のつく研修制度が、弊社には三つあります。海外の事業所に若手を送り、グローバル人材として早期育成する「海外武者修行研 修」と、グループ内のハイパフォーマーに一週間“弟子入り”して、仕事に対する姿勢や哲学を直接学ぶ「社内武者修行」、そして今回のテーマの「社外武者修 行研修」です。先の二つは社内あるいはグループ内の異動にとどまっています。