正式な採用辞令が待てなかった求職者
前任者の退職理由を明かしたくない企業
これも「ご縁」というものなのか
間に合わなかったオファーレター
米国本社からOKが出ない!
「実は○月末までに退職手続きを行わないと、新しいプロジェクトがスタートしてしまうんです。そうなると、また半年以上抜けられなくなります。このタイムスケジュールだけは死守したいんですよ…」
Aさんが要望を伝えてきたのは、転職活動が進展し、数社から最終面接の連絡が入った頃だった。
「いったんプロジェクトが動き出してしまった後で私が抜けると、影響がすごく大きいんです。引き継ぎにもかなりの時間がかかりますし…たぶん、一段落するまではいてほしいという話になってしまうと思うんです」
経験豊富なプロジェクトマネジャーであるAさんは、転職活動も順調だった。第一志望の外資系企業をはじめ、この調子なら何社かで内定が出るだろう。転職活動はプロジェクトとプロジェクトの合間を狙って行なっているのだが、そろそろ新しい仕事が動き始めるタイミングらしい。プロジェクトの中心になるAさんが途中で抜けると会社にも大きな迷惑をかけてしまう。そうなる前に退職手続きを始めたい…というAさんの意向はごく当たり前のものだった。
ほどなくして、第一志望であったK社から内定の連絡が入った。
「おめでとうございます! あとは正式なオファーレターだけですね。念のため待遇などが確認できる書面をもらってから退職手続きを行って下さい。○月末にはまだ十分余裕がありますから、問題ないですよね」
Aさんも、これまでの経験が一番活かせそうなK社から内定が出て一安心したようだ。
「ありがとうございます。では書面を確認してから正式にお返事したいと思います。気持ちはもうK社に決まっているのですが…。どうぞよろしくお願いいたします」
すべては順調のように思えた。ところが…。
「K社の米国本社から、OKがまだ出ないらしいんですよ。もう少しだけお待ち下さい」
まもなく○月末日という頃になって、私とAさん、そしてK社の日本サイドの人事担当者までが焦りを隠せなくなっていた。
本当に採用する気があるのでしょうか
「本社の採用担当役員が休暇に入ってしまったらしく、採用の決裁がまだ降りないんですよ。Aさんにはお待たせして申し訳ないとお伝え下さい」
K社の人事担当者からは数日おきに丁寧な報告をもらえるのだが、正式なオファーレターが出てこないことには変わりない。○月末日は刻々と迫ってくる。
「もう2日しかありません。Aさんには現在のお仕事の事情があり、月末を過ぎると半年以上転職時期が延びてしまうらしいのです。何とかならないでしょうか…」
AさんとK社は相思相愛。妨げるものは何もないはずだった。年収についてもほぼ折り合いがついていたので、本当にオファーレターの確認だけなのだ。しかし、こう長引くとAさんの方も不安と焦りから疑心暗鬼になってくる。
「面接の時にはぜひ来て欲しいと言われましたが、やはり本当は採用する気がなかったということなのでしょうか…」
たしかに、本社の了解待ち…という理由で長引かせて、Aさんよりもさらに優秀な人材の返事を待っていた、などという「裏ワザ」も採用の現場ではないわけではない。が、K社の人事担当者はそんなことをする人物ではないことは分かっている。
「いや、K社さんに限ってそんなことはないと思いますよ。もう1日だけ待っていただけませんか」
必死でAさんの気持ちが途切れるのを抑さえてきたのだが…。最終的に、K社からのオファーレターが○月末日までに届くことはなかった。
Aさんから「第二志望だった別の企業に転職することにしました」という連絡がきたのはその翌日だった。Aさんは知人の外資系企業経験者から、「オファーレターで確認できるまでは採用が確定したわけではない」という話を聞いて、いつまでもK社に固執していられない…と決断を下したのだそうだ。
「せっかくいいお話だったのに、申し訳ありませんでした…」
私はAさんにもK社にも謝ったが、はっきりいって人材紹介会社がどうにかできることではない。結局は「ご縁がなかった」ということなのだろうか。転職のお手伝いをしていると時折ある話である。
人材紹介会社の腕のみせどころ
「非公開情報」をどれだけ提供できるか
人材紹介会社の力量も分かります
「もし分かればで良いのですが、このポジションの募集理由を人事担当者の方に聞くことはできるでしょうか。たぶん前任の方がいたと思うんですが、その方がどうなったのかも…」
求人票を見ていたMさんからの質問だった。Mさんは経理の責任者クラスの仕事を探している。企業で経理の責任者がいない会社はないから、募集するということは当然、前任者が退職するか異動になったかのいずれである。
「もし退職されたのであれば、退職理由も聞いていただけますか」
こういう質問は意外に多い。ある程度の人数を募集する若手の一般職レベルではほとんどないが、社内に1人か2人しかいないような管理職のポジションだと、かなりの確率で気になるようだ。
「募集理由は求人広告や求人サイトには出てないんですよね。人材紹介会社のコンサルタントの方に教えてもらわないと絶対に分からないですから…」
Mさんは企業に応募する時には、必ずこの点を確認しているという。
「個人的には、前任の方が退職していてもあまり気にしません。それよりも、そういった情報がすっと出てくる会社かどうかがポイントだと思っています。入社すればすぐに分かってしまうことを秘密にするような会社はどうなんだろう…ということです。風通しの良い会社かどうかが、この質問で分かるんじゃないでしょうか。もちろん、最終的には面接の印象で判断しますが…」
とても冷静に企業を見ているMさんである。同時に、おそらく確実に情報を聞きだせる人材紹介会社かどうかもチェックしているのかもしれない。イメージフォト非公開レベルの情報を提供できる人材紹介会社は、それだけ企業に食い込んでいるともいえる。たしかに求職者からすれば、「ここぞ」というところで企業にプッシュしてくれる「力がある」人材会社という判断になるのだろう。
「分かりました、さっそく調べてみますよ!」
人材紹介会社としても気合が入るというものである。
なかなか本当の事は言わないもの
「現在の経理責任者を新しいグループ会社の役員として異動させる計画があるようです。今回はその異動に伴う欠員募集ということですね…」
数日後、私は企業から聞き出した募集理由をMさんに伝えた。Mさんはひとまず面接を受けてみる方向で考えてくれるようだ。こうした前向きな理由は求職者にも安心を与えるし、企業側もオープンにしやすい。
逆に企業側があまりオープンにしたがらないのは、仕事がきつくて辞めたといったケースだろう。
「その場合は、『家庭の事情で退職することになったようです…』などと言うことが多いですよ」
こう教えてくれたのは、企業で人事担当の経験を持つBさんだ。Bさん自身、転職のために私のところに相談に来た際、志望企業の募集背景を知りたい気持ちがあったが、自分が人事担当者の時、決して本当のことは言っていなかったことに思い当たったのだそうだ。
「企業側はやはりマイナス情報は出したくないですからね。それは人材紹介会社に対しても同じです。本当のことを言って、候補者を送ってくれなくなったら困るという考えが先に立ってしまうんですよ」
でも、入社すれば結局分かってしまうことでは?とお聞きするとBさんは苦笑しながらこう言った。
「確かにそうなんですよ。でも、マネジャークラスの人間が仕事に無理を感じて辞めるような会社というのは、かなり切羽詰まってるものなんです。入社後じっくり説明すれば分かってもらえるのではないか、まずは人材を確保することが先決だ、となってしまうんです。それで大抵はうまくいかないんですけどね…」
求職者にとっては事前情報も重要だが、面接の際にじっくり企業の内情を見きわめるスキルも求められているのかもしれない。