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タナケン教授の「プロティアン・キャリア」ゼミ【第48回】
「業務をこなす」のではなく「資本をためる」――キャリア限界の処方箋

法政大学 キャリアデザイン学部 教授

田中 研之輔さん

タナケン教授の「プロティアン・キャリア」ゼミ

令和という新時代。かつてないほどに変化が求められる時代に、私たちはどこに向かって、いかに歩んでいけばいいのでしょうか。これからの<私>のキャリア形成と、人事という仕事で関わる<同僚たち>へのキャリア開発支援。このゼミでは、プロティアン・キャリア論をベースに、人生100年時代の「生き方と働き方」をインタラクティブなダイアローグを通じて、戦略的にデザインしていきます。

タナケン教授があなたの悩みに答えます!

過ごしやすい季節になってきましたね! キャリアを考える秋の到来です。

さて、今回のプロティアンゼミは、読者の方からいただいた次の質問にお答えしていきます。(いただいた質問を皆さんにも一緒に考えていただけるように、一般的な内容へと表現を変えています。質問くださった方への回答は、本ゼミの後半部分で詳しく取り上げます)

質問:自分の思い描く、人事としてのこれからのキャリアプランを実現していくのに、今の会社の業務が一致しません。キャリアの限界を感じており、悩んでいます。

まず、これからのキャリアプランを描けていることが素晴らしいですね。1年後、3年後、5年後、こんなふうに仕事をしたい、具体的にどのような仕事をしていたい、とキャリアプランを持てていることで、未来軸でキャリア形成を考えることができます。

ただ、これからのキャリアプランがあるからこそ、今の業務とのズレも感じてしまうものです。未来と現在のギャップが発生するのですね。私も皆さんと同じ課題を抱えてきました。

私の現在のキャリアプランは、「30代から50代までの20年間はキャリアナレッジを届け、人的資本の最大化にフルコミットする」ことです。本を書くことやこのプロティアンゼミを続けていること、企業での講演やプログラム診断の開発など、どれも「人的資本の最大化」に役立つという確信のものに仕事に集中しています。

しかし、これだけキャリアプランが明確なので、今の仕事にもどかしさも感じるのです。私は大学で専任教員をしているので、複数の委員会に所属し、多数の会議にも参加しています。私のもどかしさとは、「この業務は私の仕事ではないな」とか、「この会議に出席する必要性を感じないな」と思ってしまうことです。

そういう状態になったときは、次の判断をします。

  • (1)自らの行動でその状態を打開できるのか
  • (2)自らの行動ではその状態は打開できないのか

自らの行動で状況が改善する場合は、必ず動きます。例えば、学外業務での依頼事項です。「審査員をお願いします」「査読委員をお願いします」「学会の司会をお願いします」「編集本に協力してください」など、日々さまざまな依頼がメールで寄せられます。依頼はすべて「人的資本の最大化に役立つのか」という軸で判断していきます。人的資本の最大化には役立たない、もしくは私が関わらなくても問題ないと判断した場合は、お断りしています。明確なキャリアプランを持っているので、即座にお断りします。

仕事を引き受ける「入り口」のところで、キャリアプランとのフィッティングを心がけているのです。なぜこのようにしているかというと、失敗経験があるからです。

実は、30代から40代にかけては、依頼されたすべての仕事を引き受けていました。

返信はすべて、「はい、了解しました!」です。でも、その結果、仕事が続く中で、自分のモチベーションが下がっていくことを何度も経験したのです。というのも、「人的資本の最大化」にフルコミットしたいのに、それにつながっていないと感じる時間が長かったからです。そうなると、仕事の生産性も低下してしまいます。

キャリア形成は実にシンプルな原理に基づくものです。やりたくないことをしているときは、モチベーションが低下し、それによって生産性も低くなります。

それにもかかわらず、「業務」という名のもとで、仕事が次々とアサインされます。そうです。業務の大半は、自らの行動ではなんともならないのです。となると、肝心なのは、業務への向き合い方、仕事へのスタンスと言っても良いでしょう。

これがキャリア停滞の病巣の一つです。やりたくないのに、やらされる。キャリアプランと今の業務がズレているのに、仕事を続けなければならない。

ここで私がお伝えしたいのが、「キャリア資本」という考え方です。このゼミでも何度も取り上げてきました。第26回(2022年に必須のキャリア・バランスシートとは? 資産と資本の関係)を参考にしてください。

「業務をこなす」のではなく、「資本をためる」ように意識を切りかえていくのです。仕事の向き合い方を180度変えるのです。

キャリアは組織に与えられるものではなく、自らデザインしていくものです。目の前の仕事を通じて、いかなるキャリア資本を蓄積するのかを設計していきましょう。

タナケン教授の「プロティアン・キャリア」ゼミ【第48回】

さて、質問をくださった方は、これからのキャリアプランと、いま人事として担当している採用業務とがズレていて、キャリアの限界を感じているということでした。

社内公募制度などがあれば、やりたい業務に手を挙げて異動することも可能ですが、そのような制度がない企業も数多くあります。今の採用業務から異動できないのであれば、やることは一つです。

今の採用業務を通して、キャリア資本をためていくのです。採用業務であれば、募集、説明会、書類選考・筆記試験、面接、内定、定着といった一連のフローがありますね。新卒採用でも中途採用でも、それぞれの仕事の流れがあるはずです。

それらの一つひとつに対して、「少しでも改善するには、どうしたらいいのか」という問いをたて、キャリア資本獲得ゲームをしていくのです。

募集の方法も、例年通りのやり方を踏襲するのであれば、「仕事をこなしていく」ことになります。SNS運用やダイレクト・リクルーティングの方法に新たに挑戦してみる。募集のやり方をアップデートしてみる。業務を改善し、アップデートしていくと、新たな知見や経験が身につき、それがキャリア資本になります。仕事をこなすのではなく、キャリア資本をためていく働き方になるのです。

例えて言うならば、「業務の発掘作業」になります。今の目の前の業務にも、これからのキャリアプランにつながる「宝」が必ず眠っています。

 「トレジャーハント!」

この連載を読み終えたら、早速、宝探しを始めましょう。現在の業務に使う予算を見直し、戦略的に投資していく。これは経営戦略や事業戦略にも通じます。あるいは、大手のリクルーティングサイトを使うだけではなく、SNSアカウントを設けて自社採用もはじめてみる。SNSを運用する際は、マーケティングやブランディングの知見を学ばずして、採用したい人材とコミュニケーションをとることはできません。

業務のやり方を徹底的に考える。改善し続ける。そこには必ず、宝が眠っている。これを貫き、「業務」を深く掘っていくと、これからのキャリアプランにつながるキャリア資本がみえてきます。

仕事の本質は、いかなる業界や業種であっても、同じです。
 
仕事を通じて、何を成したいのか。どんな社会や未来にしていきたいのか。業務を掘りながら、目の前の仕事に向き合うようになると、キャリアプランとの接点を見つけ出すことができます。

目の前の業務とこれからのキャリアプランは、断絶関係にあるのではないのです。現行業務とキャリアプランがどうつながるのか。その線は、単線的なのか、らせん的なのか。この線を描くのは、あなた自身なのです。

どんな線をデザインして、現行業務とキャリアプランをつなげていくのか。この営みの醍醐味(だいごみ)を感じることができたなら、その時から、目の前の業務にも没頭できるようになります。

それではまた次回に!


田中 研之輔さん(法政大学 教授)
田中 研之輔
法政大学キャリアデザイン学部教授/一般社団法人プロティアン・キャリア協会 代表理事/明光キャリアアカデミー学長

たなか・けんのすけ/博士:社会学。一橋大学大学院社会学研究科博士課程修了。専門はキャリア論、組織論。UC. Berkeley元客員研究員、University of Melbourne元客員研究員、日本学術振興会特別研究員SPD 東京大学。社外取締役・社外顧問を31社歴任。個人投資家。著書27冊。『辞める研修辞めない研修–新人育成の組織エスノグラフィー』『先生は教えてくれない就活のトリセツ』『ルポ不法移民』『丼家の経営』『都市に刻む軌跡』『走らないトヨタ』、訳書に『ボディ&ソウル』『ストリートのコード』など。ソフトバンクアカデミア外部一期生。専門社会調査士。『プロティアン―70歳まで第一線で働き続ける最強のキャリア資本論』、『ビジトレ−今日から始めるミドルシニアのキャリア開発』、『プロティアン教育』『新しいキャリアの見つけ方』、最新刊『今すぐ転職を考えてない人のためのキャリア戦略』など。日経ビジネス、日経STYLEほかメディア多数連載。プログラム開発・新規事業開発を得意とする。

企画・編集:『日本の人事部』編集部

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この記事ジャンル キャリア開発研修

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【用語解説 人事辞典】
アップスキリング
限界認知
キャリア
テクニカルスキル(業務遂行能力)
シャドウイング
社会関係資本(Social Capital)
心理的資本(Psychological Capital)
キャリア自律
クオーターライフ・クライシス
タフアサインメント