田中潤の「酒場学習論」【第35回】
五反田「はるじおん」と、楽しく考えることの大切さ
株式会社Jストリーム 執行役員 管理本部 人事部長
田中 潤さん
古今東西、人は酒場で育てられてきました。上司に悩み事を相談した場末の酒場、仕事を振り返りつつ一人で呑んだあのカウンター。あなたにもそんな記憶がありませんか。「酒場学習論」は、そんな酒場と人事に関する学びをつなぎます。
20代を業務用小麦粉の営業担当として、栄養ドリンク「リゲイン」のコマーシャルのごとく24時間戦いながら過ごし、結局46歳まで製粉メーカーで働いていた私にとって、主食といえば米ではなく、パンか麺です。そして、パンや麺をアテに呑むことと、アテにして呑ませる酒場が大好きです。ちなみに米はというと、日本酒というかたちできちんと消費しています。今日ご紹介する「はるじおん」は、私にとって最高の麺酒場の一つです。ただし、「麺酒場」と勝手に言っているのは、私だけかもしれません。
「はるじおん」は五反田駅に近い裏路地の飲食店ビルの最上階で、看板も出さずに営業しています。一押しの酒は燗酒。そう、素敵な燗酒酒場なのです。渋谷、目黒と移ってきた元気な女将を追ってこの酒場にたどり着いた、多くの常連に愛されている酒場です。9階のベランダに掲げられている白いちょうちんに灯がともるのが営業開始の合図です。
9階でエレベーターを降りると、左手にのれんがあり、それをくぐると「はるじおん」です。変形コの字カウンターとテーブル席が一つ。入口から奥手のカウンター上には、常温で寝かされながら提供されるのを待つ、たくさんの燗酒向きの一升瓶が並びます。実によい景色です。
燗酒にあう多種多様なアテが供されるのですが、私はこの酒場の麺への愛情が大好きです。焼きそば、ラーメン、素麺、冷麺、そして伊府麺まで。これまで、さまざまな麺が日替わりメニューを彩りました。麺は締めにもなり、アテにもなる、まさに万能の酒場フードです。そして、他のさまざまなメニューとの相性がとてもよく、カレーに入れたり、煮込みと合わせたりと、その楽しみ方は無限です。自由な創意工夫に満ちているのが、この酒場の魅力です。
しかし、麺料理は「はるじおん」の自由な創意工夫のほんの一例でしかありません。はるじおん落語会「ほろ酔い 燗らくご」、DJナイト、着物の日、占いの日、スナックの日、燻製工房「塩とけむりの日」などなど、創意工夫に満ちた多様な企画も並びます。それでありながら、しっかりと燗酒を愛し、旨い燗酒をつけてくださいます。
提供されるアテも広いジャンルにわたり、いろいろと知恵を絞って工夫を凝らしています。お客さまのことをきちんと考え、また、いつも頭の中で楽しいことを考えて、それをまわりの人とのネットワークをうまく活用しながら楽しく実現させていく。そんな心根が伝わってくる酒場が「はるじおん」です。
実はこのような働き方は、私たちのような人事に携わる人間にこそ、大切なことではないかと思っています。
いつも頭の中で、経営や社員に役立つ人事施策をあれやこれやと楽しく考える。やりたいこと、やるべきことをどんどん出し、社内外のネットワークを活用して実現に向けて動く。もちろん、時には後ろ向きの施策に取り組まなければならないこともあります。それでも、明るく元気に考えようとするのです。眉間にしわを寄せてしかめ面をしていては、素敵なアイデアは生まれません。同質的な人とばかり付き合っていても、いいアイデアは生まれません。
ちまたでは人的資本経営が叫ばれていますが、指標対策で四苦八苦するのではなく、本質的な人的資本経営をしていくためには、何をすればいいのか、どうすれば社員が元気になるのか、どうすれば組織が成長するのか、そんなことを考え抜くのです。考え続けるのです。
人事担当者で一番よくないのは、ルーティン的な業務に埋没してしまうことです。年中行事を遂行すること自体を自己目的化してしまうことです。そんな忙しさの中で仕事をやっているつもりになってしまうことです。
人事には年に一度しかない施策がいろいろとありますが、社内に通知する際に、去年の通達の日付を変えただけで仕事をした気持ちになってしまってはいませんか。それでは自分自身の存在価値がまったくありません。
前向きに徹底的に考えて、仕事をもっとよく、もっと早くすることを意識するのです。自分の足跡をたくさん仕事に残すのです。どんどん新しいことを企画するのです。徹底的に経営と社員のことを考え抜いた上で、自分の思いと色を出すのです。こうすることによって、人事の仕事は実に楽しい仕事になっていきます。
忙しければ忙しいほど、素敵なアイデアが出てくるものです。気づけば、人事という仕事はあなたの天職になっていることでしょう。同時にあなたは、会社にとってなくてはならない大切な人事パーソンになっているはずです。
今夜も9階の白いちょうちんに灯がともります。「はるじおん」の世界を楽しみに多くの酒場好きがエレベーターで最上階を目指します。「酒場」とは、大将や女将と客が一緒になって創りあげるひと時の「場」です。そして、「職場」も同じです。経営者やそのもとで人事施策を立案・実行する私たちと、一人ひとりの社員で創り上げる「場」なのです。どんな場にしたいか、どんな場であってはならないか、どんな場が求められているか、日々、楽しく元気に考え続けようではありませんか。
- 田中 潤
株式会社Jストリーム 執行役員管理本部人事部長
たなか・じゅん/1985年一橋大学社会学部出身。日清製粉株式会社で人事・営業の業務を経験した後、株式会社ぐるなびで約10年間人事責任者を務める。2019年7月から現職。『日本の人事部』にはサイト開設当初から登場。『日本の人事部』が主催するイベント「HRカンファレンス」や「HRコンソーシアム」への登壇、情報誌『日本の人事部LEADERS』への寄稿などを行っている。経営学習研究所(MALL)理事、慶応義塾大学キャリアラボ登録キャリアアドバイザー、キャリアカウンセリング協会gcdf養成講座トレーナー、キャリアデザイン学会副会長。にっぽんお好み焼き協会監事。
HR領域のオピニオンリーダーによる金言・名言。人事部に立ちはだかる悩みや課題を克服し、前進していくためのヒントを投げかけます。