有賀 誠のHRシャウト!人事部長は“Rock & Roll”
【第4回】わが社にとってのグローバル人事とは……?(その4)
株式会社日本M&Aセンター 常務執行役員 人材ファースト統括 有賀 誠さん
人事部長の悩みは尽きません。経営陣からの無理難題、多様化する労務トラブル、バラバラに進んでしまったグループの人事制度……。障壁(Rock)にぶち当たり、揺さぶられる(Roll)日々を生きているのです。しかし、人事部長が悩んでいるようでは、人事部さらには会社全体が元気をなくしてしまいます。常に明るく元気に突き進んでいくにはどうすればいいのか? さまざまな企業で人事の要職を務めてきた有賀誠氏が、日本の人事部長に立ちはだかる悩みを克服し、前進していくためのヒントを投げかけます。
みんなで前を向いて進もう! 人事部長の毎日はRock & Roll だぜ!――有賀 誠
前回、従来型の「国ごとの人事部(International/Multinational)」に対し、現段階では代表的かつ一般的なグローバル・モデルと考えられている米国に本社がある多国籍企業の「機能別のグローバル人事(Global)」の仕組みには、特に長期的な人材の育成や定着の部分において課題も存在することを述べました。では、今まさにグローバル組織や人事制度を構築しつつある企業は、何に留意をすればよいのでしょうか。
企業として何を最重要と考えているのか
ここでは、あえて「機能別のグローバル人事」と「国ごとの人事部」とを両極に置いてみました。何を「グローバルで束ねる」のか、また何を「各組織(国)に任せる」のか。
多くをグローバルで束ねようとすれば、世界全体を一つの組織と見た上での「機能別のグローバル人事」は一つの究極形でしょう。人種や国籍を問わず人材を登用することも、容易になります。ただし、組織設計や人事制度が世界共通であることが前提となり、原則として使われる言語も共通化(少なくとも翻訳・共有化)される必要があります。この体制の下では、各組織(国)がフルセットの人事機能を持つ必要はなく、コスト効率は高くなるはずです。ただ、それぞれの構成組織は局所(地域・国)最適を諦めなければなりません。
一方、各組織(国)に任せる部分を多くすれば、「国ごとの人事部」という型にいきつくでしょう。この場合、特に小さな組織には無駄が生じるかもしれません。社員数が少なくても、採用や教育や給与計算は、一通り必要になるからです。もちろん、ある程度の兼務体制やアウトソーシングは可能ですが、グローバル規模で最高の効率化を実現、というわけにはいきません。また、多国籍プロジェクトの人事的サポートや、グローバル規模での人事ガバナンスの確保は困難になります。
「機能別のグローバル人事」と「国ごとの人事部」のいずれかを選択をする場合も、何らかのハイブリッド・モデルを考案する場合も、他社のモノマネではなく、自社が何を目指しているのかを見極めるところから始めるべきです。そもそも組織設計や人事制度は企業戦略を支えるもの(あるいはその重大要素)なのですから、当然のことと言えるでしょう。
グローバル組織設計は企業としての基本思想から
企業として何を最重要と位置付けているのか(企業としての基本思想)、戦略上の軸足や勝ちパターンを踏まえることなしに、「機能別のグローバル人事」と「国ごとの人事部」のどちらが優れているかといった議論をするのは無意味です。それは、目指すものによって最適手段が異なるからです。
例えば、あなたの会社が世界規模での効率化や低コスト体制を最優先に考えているのであれば、制度や人事体系をグローバルにそろえた上で、オペレーション系業務を人件費の安い国に集約する(あるいは為替や労務単価に応じて移動させ続ける)ことが正解となるでしょう。ある程度はサービス品質が犠牲になるかもしれませんが、国ごとにアウトソースをするよりも、コスト効率ははるかに高くなるはずです。これは現在、米国に本社が存する多くの多国籍企業が採用している仕組みです。多くの日本企業も、部分的にはこのような要素を導入(計算業務等)しているに違いありません。
一方で、企業としての第一義がプロフェッショナル人材の育成であるなら、効率性とのトレードオフを意識した上で、「制度を企画・設計する」「複数業務を経験する」といった機会を意図的に各組織(国)に残しておくべきです。この場合、最大の課題は本社が存在する国(日本)以外における幹部人材の採用・定着であることはすでに述べました。グローバルCEOや本社の役員になれる可能性がない組織に、優秀な人材が残ってくれるはずがないからです。この点について割り切って考えるのか、あるいは何らかの施策を準備するのか、まずは腹を固める必要があります。
ただし、実際にはいかなる企業も、効率だけを追求する、あるいは人材育成だけを目指す、ということはないでしょう。要はバランスです。そのバランスの設計こそが、グローバルな組織や人事を構築する際の最も重要な鍵となります。このような考え方を、この連載の中で触れてきたInternational/Multinational/Globalに対して、Transnationalと称する学者もいるようです。
グローバル組織・人事の構築は、何を最重要と考えるのか(企業としての基本思想)、それが複数あるとしたらそのバランスをどうするのか、これをピン止めすることからです。それさえできれば、何をグローバルで束ね、何を各組織(国)に任せるのか、少なくともその考え方は決まるはずです。そして、企業としての基本思想が起点なのですから、人事部長(そしてすべての人事スタッフ)が大きな経営視座を持っていること、また、社長を含む経営陣とも議論をつくすべきことは言うまでもありません。ぜひ、経営者として胸を張って「わが社にとってのグローバル人事とは」を論じてほしいと思います。
有賀誠の“Rock & Roll”な一言
企業としての基本思想は? アンタ、人事屋ではなく、経営者なんだろ!
- 有賀 誠
- 株式会社日本M&Aセンター 常務執行役員 人材ファースト統括
(ありが・まこと)1981年、日本鋼管(現JFE)入社。製鉄所生産管理、米国事業、本社経営企画管理などに携わる。1997年、日本ゼネラル・モーターズに人事部マネージャーとして入社。部品部門であったデルファイの日本法人を立ち上げ、その後、日本デルファイ取締役副社長兼デルファイ/アジア・パシフィック人事本部長。2003年、ダイムラークライスラー傘下の三菱自動車にて常務執行役員人事本部長。グローバル人事制度の構築および次世代リーダー育成プログラムを手がける。2005年、ユニクロ執行役員(生産およびデザイン担当)を経て、2006年、エディー・バウアー・ジャパン代表取締役社長に就任。その後、人事分野の業務に戻ることを決意し、2009年より日本IBM人事部門理事、2010年より日本ヒューレット・パッカード取締役執行役員人事統括本部長、2016年よりミスミグループ本社統括執行役員人材開発センター長。会社の急成長の裏で遅れていた組織作り、特に社員の健康管理・勤怠管理体制を構築。2018年度には国内800人、グローバル3000人規模の採用を実現した。2019年、ライブハウスを経営する株式会社Doppoの会長に就任。2020年4月から現職。1981年、北海道大学法学部卒。1993年、ミシガン大学経営大学院(MBA)卒。
HR領域のオピニオンリーダーによる金言・名言。人事部に立ちはだかる悩みや課題を克服し、前進していくためのヒントを投げかけます。