有賀 誠のHRシャウト! 人事部長は“Rock & Roll”【第40回】
CHROを考える(その4)
CHRO究極の役割
株式会社日本M&Aセンター 常務執行役員 人材ファースト統括
有賀 誠さん
人事部長の悩みは尽きません。経営陣からの無理難題、多様化する労務トラブル、バラバラに進んでしまったグループの人事制度……。障壁(Rock)にぶち当たり、揺さぶられる(Roll)日々を生きているのです。しかし、人事部長が悩んでいるようでは、人事部さらには会社全体が元気をなくしてしまいます。常に明るく元気に突き進んでいくにはどうすればいいのか? さまざまな企業で人事の要職を務めてきた有賀誠氏が、日本の人事部長に立ちはだかる悩みを克服し、前進していくためのヒントを投げかけます。
みんなで前を向いて進もう! 人事部長の毎日はRock & Roll だぜ!――有賀 誠
本テーマ「CHROを考える」は、早稲田大学ビジネススクールの入山章栄先生からの「日本には真のCHRO(Chief Human Resources Officer)が不足している」という問題提起からスタートしました。これまで、人事担当役員(関係性の人)とCHRO(パフォーマンスの人)の違い、CHROの複数企業での兼業の可能性、同一企業内複数業務の兼務によるCHRO養成、人事戦略の策定・推進のフレームワークについて述べてきました。
※「有賀 誠のHRシャウト! 人事部長は“Rock & Roll”」バックナンバー
しかし、突き詰めると、経営戦略としての人事・組織を考えるという使命は当然として、その上でのCHROの究極の役割は二つに集約できるのではないかと私は考えています。それは、現場の声と経営トップをつなぐこと、そして経営レベルの後継者人事を発案・推進することです。
現場の声と経営トップをつなぐ
組織が大きくなると、現場と経営トップの距離は遠くなるものです。また、膠着(こうちゃく)した大組織では、その間を遮断する関所となることが使命であるかのように勘違いした中間管理職やスタッフ部門が存在しているケースも少なくありません。
一方、エクセレント・カンパニーと言われる企業では、経営トップの意思が明確に現場に伝わっており、社員の声が経営に反映される仕組み・仕掛けが存在します。健全な労働組合の存在などはその一例と言えるでしょう。
CHROであれば、社長を含む経営陣と定常的かつ直接的にコンタクトをとっているはずです。それを踏まえて、経営判断の背景や経営者の人間性を、ポジティブかつ時にはカジュアルに、社内へ展開すべきです。また、リスペクトされるCHROは、意識して現場社員との接点を設けています。
私が敬愛するサイバーエージェントの曽山哲人さんは、現場の生の声を拾い、また経営の思いを直接伝えるため、「年に1,000人と会う」と決めて、頻繁に現場社員とランチ会を催しています。また、最近では夜の会食も多いとのこと。同社の成長と社員数増加の結果かもしれません。彼は、「1回あたり5人と食事すると、5人×4回で、1週間で20人と会える。4週間で80人。80人×12ヵ月で、ざっくり1年間で1,000人」と、こともなげに語ります。
曽山さんによると、社員との食事の場はヒントの宝庫であり、そこでつながった一人ひとりの社員に寄り添う関係性のおかげで、耳に入る課題が増え、実際に解決もしてきたそうです。さらには、新人事制度のアイデアをサウンディングする際に、現場に応援者を作ることができるそうで、彼はそれを「ポジティブ共犯者」と呼び、非常に大切にしています。
曽山さんにはまったくかないませんが、私も研修やイベントの後は現場社員と会食に行くことにしています。ランチも含めると、月間20~30人は人事部門以外の社員と話をしていると思います。
社長のところにはきれいな話しか上がらなかったり、問題の報告に時間がかかったりするものです。耳が痛い話でも、大火事になる前に現場の実態を伝え、迅速かつ正しい経営判断につなげることは、CHROの責務であると考えます。
経営レベルの後継者人事
有効かつ実態のある後継者人事、いわゆる経営トップのレベルにおけるサクセッション・プランニングも、CHROにしかできない仕事ではないでしょうか。
対象となるポジションが社長であるにせよ、事業部長であるにせよ、彼らの直属の部下はその後継者候補のリストに名を連ねていることが多いでしょうから、自ら議論を展開することはできないはずです。我田引水や利益相反にすらなりかねません。また、人事でも担当者レベルの人間では、経営者目線での人選や育成の提案はほぼ無理でしょう。
経営トップの後継者人事のディスカッション・パートナーとなり、また社外役員との連携や指名委員会のファシリテーションも含め、ここはCHROの出番となります。
なお、通常業務における成績優秀者が将来の経営リーダー候補とは限りません。従って、人事評価が高い社員のリストを作ったところで、それが将来の経営者人材候補ということにはならないのです。
言われたことを完璧にこなす社員(Howの人)は、直属上司からの評価は高いことでしょう。しかし、その評価は、経営者としてのポテンシャルとは異なります。経営者には、誰も指示や指令を出してはくれません。「あるべき姿は?」「何をすべきか?」を考える人間(Whatの人)こそが経営者です。将来経営者になる社員は、若い頃から上司に逆らうような人物かもしれません。「頭は良いが変人」「空気を読まず生意気」などと言われ、人事評価も決して高くはないでしょう。
GEのジャック・ウェルチ氏、アップルのスティーブ・ジョブス氏、ソフトバンクの孫正義氏、ユニクロの柳井正氏、楽天の三木谷浩史氏などがビジネスの歴史に大きな記録を残した偉大な経営者であることに異論を唱える人はいないでしょう。しかし、想像してみてください。あなたが会社の部長か課長で、直属の部下の一人が上に挙げたような人物だったとしたら。おそらくあなたよりもはるかに賢く、大胆で、突拍子もない行動をとる……。部下としての扱いにくさに、ぞっとするのではないでしょうか。
上記の例は極端としても、上司はついつい「扱いやすい部下」に高評価を付けがちです。しかし、おそらくそのような社員は、将来の経営リーダーではないのです。長期的なサクセッション・プラン・リストに登場する名前は、単なる人事評価の高い社員ではなく、職制上の上司・上長では発掘できない経営タレントを含んでいなければなりません。
CHROは、「超優秀な問題児」「得体の知れない大物」を見出す仕掛けを持ち、それを経営トップにつなげる使命を負っているのです。
ここまで、CHROの役割として、人事・組織戦略の構築・展開に加えて、現場の声と経営トップをつなぐこと、そして経営レベルの後継者人事を発案・推進することの二つが重要であると述べてきました。乱暴に言えば、他の大抵の仕事(人事制度の設計やイベントの企画など)は人に任せることもできるからです。さて、皆さんはどう思われますか?
有賀誠の“Rock & Roll”な一言
CHRO究極の役割は、
現場に「ポジティブ共犯者」をつくり、
「超優秀な問題児」を発掘すること!?
- 有賀 誠
- 株式会社日本M&Aセンター 常務執行役員 人材ファースト統括
(ありが・まこと)1981年、日本鋼管(現JFE)入社。製鉄所生産管理、米国事業、本社経営企画管理などに携わる。1997年、日本ゼネラル・モーターズに人事部マネージャーとして入社。部品部門であったデルファイの日本法人を立ち上げ、その後、日本デルファイ取締役副社長兼デルファイ/アジア・パシフィック人事本部長。2003年、ダイムラークライスラー傘下の三菱自動車にて常務執行役員人事本部長。グローバル人事制度の構築および次世代リーダー育成プログラムを手がける。2005年、ユニクロ執行役員(生産およびデザイン担当)を経て、2006年、エディー・バウアー・ジャパン代表取締役社長に就任。その後、人事分野の業務に戻ることを決意し、2009年より日本IBM人事部門理事、2010年より日本ヒューレット・パッカード取締役執行役員人事統括本部長、2016年よりミスミグループ本社統括執行役員人材開発センター長。会社の急成長の裏で遅れていた組織作り、特に社員の健康管理・勤怠管理体制を構築。2018年度には国内800人、グローバル3000人規模の採用を実現した。2019年、ライブハウスを経営する株式会社Doppoの会長に就任。2020年4月から現職。1981年、北海道大学法学部卒。1993年、ミシガン大学経営大学院(MBA)卒。
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