有賀 誠のHRシャウト! 人事部長は“Rock & Roll”【第47回】
人事ケーススタディ(その4)
人材育成の思想に適用した、精緻なロジック!
株式会社日本M&Aセンターホールディングス CHRO/株式会社日本M&Aセンター 取締役 常務執行役員 人材本部長 人材ファースト管掌
有賀 誠さん
人事部長の悩みは尽きません。経営陣からの無理難題、多様化する労務トラブル、バラバラに進んでしまったグループの人事制度……。障壁(Rock)にぶち当たり、揺さぶられる(Roll)日々を生きているのです。しかし、人事部長が悩んでいるようでは、人事部さらには会社全体が元気をなくしてしまいます。常に明るく元気に突き進んでいくにはどうすればいいのか? さまざまな企業で人事の要職を務めてきた有賀誠氏が、日本の人事部長に立ちはだかる悩みを克服し、前進していくためのヒントを投げかけます。
みんなで前を向いて進もう! 人事部長の毎日はRock & Roll だぜ!――有賀 誠
“Cool Head”
前回、組織運営の要になっている価値観である“Warm Heart”と“Cool Head”をご紹介しました。一見すると相矛盾し、対極にあるとも考えられるリーダーシップ要素を、同時に両立させるものです。“Warm Heart”は愛と情熱をもってお客さまや社員や任務にあたることを、“Cool Head”は冷静かつ論理的な思考によって戦略を構築し、施策を実行することを指します。
上述の価値観は、人材育成の思想にも適用されています。今回は「精緻なロジック」でくぁる“Cool Head”について、詳しく述べていきたいと思います。
M&A仲介は日本M&Aセンターが生み出したビジネス・モデルであり、社外に即戦力となる人材が存在しないため、潜在能力が高い候補者を採用し、育てなければなりません。そのための仕組みは極めて論理的に考えられており、実行面での「愛」を併せたところで、簡単にはまねのできない体系を作り上げました。ここでそのすべてを説明することは困難ですが、教育体系全体を貫く思想と、代表的なプログラムをいくつかご紹介します。
ビジネスの入り口は、お客さまとの契約です。そこで、若手社員にはまず「受託」に注力してもらいます。その段階をクリアすると、次はお客さまへ価値を提供していかなければなりません。それは、M&Aの「成約」です。そして、実務面で一人前になった先には「マネジメント」を目指してもらいます。リーダーが部下や後輩を育てることによってのみ、ビジネスは成長するからです。「受託~成約~マネジメント」という流れが、ビジネス上のプロセスであり、社員にとってキャリアのステップにもなります。そのことを基本思想として、教育体系を構築しました。
重要な点は、これを人事部門が単独で考案したのではなく、社長も含む役員陣が経営戦略の一環として議論し、作り上げたということです。私はいろいろな業界・企業で働いてきましたが、ここまで経営が人材育成にコミットしている組織を知りません。それだけに人事部門への要求度合いは高く、大きなやりがいを感じることができる環境となっています。
まず目指すのは「受託」
新卒にせよキャリアにせよ、入社直後はM&Aに関して素人です。まずは会計、税務、法律などを含む基礎実務を習得してもらいます。そして、最初の3年間の目標は契約を「受託」すること。譲渡にせよ、譲り受けにせよ、お客さまからの依頼を受けて、契約を締結する件数を追うことになります。KPIはPMA(Per Month Advisory Contract)ポイント。月間の契約受託件数の平均値です。
コンサルタントはPMAポイントによってランキングされ、全社に発表されます。その上位20%が毎月開催される「令和塾」に入塾。トップ・コンサルタントの登竜門であり、特に上位7人は、大変な名誉である“SAMURAI SEVEN”と称されます。成績優秀な卒業生は“Legend”の称号を得て、別格の存在に。現在十数名の“Legend”が在籍しています。各部署は何人を「令和塾」に送り込むことができたかを競い、それが部長の評価にもつながっています。配下メンバーをどれだけ支援し、育てたかの指標であるからです。
「令和塾」の塾長は取締役営業本部長で、その他の役員も参加します。毎回、著名人も含めたゲスト・スピーカーによる講演、卒業間近の塾生によるケーススタディ発表、テーマを設けたワークショップなどが展開されます。研修後には会食。M&A仲介業は譲渡案件と譲り受け案件とのマッチング・ビジネスであるため、社内の人的ネットワーキングが極めて重要だからです。
残念ながら「令和塾」に入塾がかなわなかった社員には「打倒令和塾」が、成績が振るわない社員には「EXCEED研修」が用意されています。前者では“Legend”が講義を行い、後者では三宅社長が仕事の極意を直に伝授します。
M&A業務の本丸である「成約」へ
入社3年を経たころ、M&Aコンサルタントは、お客さまに価値ある提案ができる一人前に育ちます。次の目標は「成約」。譲渡企業と譲り受け企業のマッチングを行い、その縁談を取り持ちます。事業承継を実現し、両社の戦略的シナジーを企画・提案できなければなりません。KPIはPYA(Per Year Agreement)。年間の平均成約数です。
KPIによるランキングをもとに、中核エース社員の集まりである「卓越塾」への入塾が行われます。三宅社長の名前が「卓」であることから、「それを越える!」という気合を込めた命名でもあります。塾長は三宅社長で、他の役員も参加します。各分野のエキスパートによる講義や塾生によるケーススタディに加え、会社の重要課題に取り組むワークショップや、新ビジネス手法の実験的導入などを行っています。上位7人は“神SEVEN”と呼ばれ、「会社の顔」とも言われます。
「卓越塾」以外にも、お客さまへの定番アプローチを学ぶ「営業の型」、ケーススタディを中心とした「実践研究会」などが開催されています。
「マネジメント」を楽しもう!
かつて日本M&Aセンターでは、高い営業成績を上げた社員が登用され、部長となっていました。しかし、プレイヤーとして優秀でも、組織を率いる能力があるとは限りません。そこで「人材ファースト戦略」を掲げた3年前、「業績にはインセンティブで報いる。営業成績だけではなく、メンバーの育成や組織作りができる人材を部長に昇格させる」と、方向転換しました。それを不満に思い、辞めて行った人もいます。しかし、それで良かったと思っています。「自分さえ稼げればいい」という人がリーダーになると、「人材ファースト戦略」の肝である「人と組織の成長がビジネスをドライブする状態」を実現できないからです。
方向転換のタイミングで導入した研修が「ブラックマンデー(グループリーダー・プログラム)」です。毎月、月曜日に開催することからもじった呼び方で、ブラックな内容ではありません(笑)。部長となって大人数の組織を率いる前に、数人のグループでリーダーとして研さんを積むことを目的としています。目標設定、戦略策定、指導と育成、チームビルディングなどについて、取締役営業本部長が参加者一人ひとりを直接指導します。
ここでのKPIはグループとしての予算達成率。インセンティブも付与しています。参加するグループ・リーダーは、自分だけ頑張っても成績は上がらないことやメンバーの育成の重要性を学びます。チームとして力を発揮できた時こそ、素晴らしい成果を上げられることに気付き、「マネジメントは楽しい!」と感じてもらうことを目指しています。
部長や事業部長になってからも、「役員陣との戦略合宿」「社長とのブレックファースト・ミーティング」「エクゼキュティブ・コーチング」などが続きます。終わりはないのです。
日本M&Aセンターでは、若手には行動量が成果につながりやすい「受託」を、中堅には経験値がものをいう「成約」を、実務面で一流となったベテランには「マネジメント」を目指してもらうという、“Cool Head”で設定した思想とロジックに、戦略・ビジネスプロセス・キャリアのすべてのベクトルを合わせました。そして、そこに前回ご紹介した“Warm Heart”を加えることで、まねのできない教育体系と組織文化ができ上がったと自負しています。しかし、人材育成という課題に完璧や完了は存在しないわけで、私自身も、人事部門としても、会社としても、努力を続けていく所存です。
有賀誠の“Rock & Roll”な一言
戦略と組織とプロセスに一貫性はあるかい?
必要だぜ、精緻なロジック!
- 有賀 誠
- 株式会社日本M&Aセンターホールディングス CHRO/株式会社日本M&Aセンター 取締役 常務執行役員 人材本部長 人材ファースト管掌
(ありが・まこと)81年 日本鋼管入社。97年 日本GM入社。部品部門デルファイの取締役副社長兼AP人事本部長。03年 三菱自動車常務執行役員人事本部長。ユニクロ執行役員を経て06年 エディー・バウアー・ジャパン代表取締役社長。その後、日本IBM理事、日本HP取締役人事統括本部長、ミスミ統括執行役員人材開発センター長。23年4月より現職。ミシガン大学MBA。
HR領域のオピニオンリーダーによる金言・名言。人事部に立ちはだかる悩みや課題を克服し、前進していくためのヒントを投げかけます。