有賀 誠のHRシャウト! 人事部長は“Rock & Roll”【第34回】
「ジョブ型」に踊らされるな!(その1)
株式会社日本M&Aセンター 常務執行役員 人材ファースト統括
有賀 誠さん
人事部長の悩みは尽きません。経営陣からの無理難題、多様化する労務トラブル、バラバラに進んでしまったグループの人事制度……。障壁(Rock)にぶち当たり、揺さぶられる(Roll)日々を生きているのです。しかし、人事部長が悩んでいるようでは、人事部さらには会社全体が元気をなくしてしまいます。常に明るく元気に突き進んでいくにはどうすればいいのか? さまざまな企業で人事の要職を務めてきた有賀誠氏が、日本の人事部長に立ちはだかる悩みを克服し、前進していくためのヒントを投げかけます。
みんなで前を向いて進もう! 人事部長の毎日はRock & Roll だぜ!――有賀 誠
ビジネスの世界に生きる私たちは、いわゆる「バズ・ワード」に踊らされることが少なくありません。人事分野で言えば、数年おきに「成果主義」「タレント・マネジメント」「HRテクノロジー」「働き方改革」「リスキリング」といった言葉が“バズった”歴史があるわけです。もちろんその中には、「女性活躍推進」「ストレスチェック」「マイナンバー」などのように、社会的意義のある動きや、(国としてのベストなアプローチであったかどうかは別として)法対応が求められるものもありました。
問題だと感じるのは、どこかでバズ・ワードを聞きかじった社長や役員から「うちも〇〇を導入しよう!」と言われた人事部門が、「上から言われたから」という理由だけで検討をスタートするようなケースです。
本来、企業組織の思考パターンは「(1)理念→(2)戦略→(3)施策→(4)行動→(5)成果→(6)改善」であるべきです。ところが、「上から言われたから」のケースでは、いきなり「(3)施策」から始まってしまいます。手段が目的化してしまっていると言うこともできるでしょう。「(1)理念、(2)戦略」という本質的な議論抜きに「(3)施策」を進めることが命題になってしまっているわけであり、そのまま「(4)行動」をしても、良い「(5)成果」につながるはずがありません。またもちろん、「(6)改善」段階で取り戻せる話でもありません。
現在、まさに上記のような取り上げ方をされているのが「ジョブ型」ではないでしょうか。私は、「ジョブ型」に関して、皆さん大騒ぎをしすぎだと感じています。
「ジョブ型」と「メンバーシップ型」は相対するものではない
一般的に、「ジョブ型(就職)」の反対は「メンバーシップ型(就社)」であるとされています。しかし私は、これは間違いであると考えます。雇用関係が「メンバーシップ型」であったとしても、その中でのアサインメントは「ジョブ型」ということが十分にありえるからです。実際に、外資系企業の日本法人のほとんどが、まさにそのような組織です。
つまり、「ジョブ型」と「メンバーシップ型」は相対する概念ではありません。強いて「ジョブ型」の反対語を探すとすれば、それは「職能型」ではないでしょうか。
一般的な「職能型」とは、社員の能力に応じて等級付けを行う人事制度です。具体的には、個々の職務遂行能力によって等級を分類し、それに応じて配置や昇格・昇給を決定することになります。個人の能力に基づいた評価を行うことで、人材育成や自己啓発を促すのが目的とされています。
「職能型」における等級は、組織内の職位(部長、課長など)と一致するとは限りません。つまり、職務や役職・肩書に関係なく、高い能力を備えていれば高い処遇がなされることになります。この点が、「ジョブ型」との決定的な違いだと言えるでしょう。
そして、多くの日本企業の問題点は、本来は職務遂行能力によって処遇すべきところを、実態として年齢または勤続年数で処遇してきてしまったところにあります。適正に運用されなかった「職能型」の解決手段として、「ジョブ型」導入への声が高まったという、ねじれた展開になっているのではないでしょうか。適正に運用がなされていれば「職能型」でも「ジョブ型」でも大きな問題はなかったはずであり、「ジョブ型」を導入したところで正しく運用されなければ何も解決しないと考えられます。
「ジョブ型」と「職能型」の線引きは微妙
私は、米国に本社があるグローバル企業(GM、IBM、HPなど)に10年以上勤務しました。いずれも典型的な「ジョブ型」の組織です。そのような組織でも、育成目的の人事ローテーションはありますし、その際には(単純にジョブが変わったからといって)降格が発生しないような配慮がありました。また、「長年の活躍と貢献能力の向上(「長年の在籍」ではない)に報いる昇格(Proficiency Promotion)」という人事措置もあります(これに対して、明確にポジションが変わった場合の昇格はBonafide Promotion)。
一方、伝統的な「職能型」の日本企業(日本鋼管、三菱自動車)でも20年近く働きました。いわゆる「ジョブ型」ではないものの、「職務要件」は存在していましたし、社内公募の際に社員はそれを頼りに判断するわけです。さらには、キャリア採用では当たり前で、新卒採用でも一般的になってきている「職種別採用」は、まさに「ジョブ型」的思考です。日本でも20年以上も前から、そのような考え方は存在したわけです。
つまり、現実の「ジョブ型」組織と「職能型」組織には、明確な線引きができるほどの違いがあるわけではないのです。両者に違いがあるとすれば、「ジョブ型」では職務等級がポジション(職務)にひもづいており、「職能型」では職務等級が社員(人)にひもづいていることだけでしょう。
多くの日本企業で発生している、「ただ長年勤めただけの社員の給料を上げてしまったことにより、現在の貢献と処遇に不整合が生じた」という問題は、貢献でも能力でもなく年数に報いてしまったという不合理のツケにすぎないのであり、「ジョブ型/職能型」というテーマとは本質的に次元が異なる話なのです。
次回は、「ジョブ型」を導入した際の運用の実態についてお伝えしたいと思います。外資系企業にお勤めの方にとっては当たり前、日本企業の人事部で働いている方も「何だ、その程度の違いか」と感じられると思います。
有賀誠の“Rock & Roll”な一言
「流行」を追いかけて失敗したことはないかい?
「ジョブ型」もそうかもよ!
ジョブ型についてのトピックスをコンパクトにまとめた一冊です。今話題のジョブ型人事について日本の雇用形態の主軸である「メンバーシップ型」と比較しながら解説。さらに企業の導入事例や、『人事白書』の関連データも掲載しました。
【お役立ち資料】「ジョブ型人事制度設計のヒント」│無料ダウンロード - 『日本の人事部』
- 有賀 誠
- 株式会社日本M&Aセンター 常務執行役員 人材ファースト統括
(ありが・まこと)1981年、日本鋼管(現JFE)入社。製鉄所生産管理、米国事業、本社経営企画管理などに携わる。1997年、日本ゼネラル・モーターズに人事部マネージャーとして入社。部品部門であったデルファイの日本法人を立ち上げ、その後、日本デルファイ取締役副社長兼デルファイ/アジア・パシフィック人事本部長。2003年、ダイムラークライスラー傘下の三菱自動車にて常務執行役員人事本部長。グローバル人事制度の構築および次世代リーダー育成プログラムを手がける。2005年、ユニクロ執行役員(生産およびデザイン担当)を経て、2006年、エディー・バウアー・ジャパン代表取締役社長に就任。その後、人事分野の業務に戻ることを決意し、2009年より日本IBM人事部門理事、2010年より日本ヒューレット・パッカード取締役執行役員人事統括本部長、2016年よりミスミグループ本社統括執行役員人材開発センター長。会社の急成長の裏で遅れていた組織作り、特に社員の健康管理・勤怠管理体制を構築。2018年度には国内800人、グローバル3000人規模の採用を実現した。2019年、ライブハウスを経営する株式会社Doppoの会長に就任。2020年4月から現職。1981年、北海道大学法学部卒。1993年、ミシガン大学経営大学院(MBA)卒。
HR領域のオピニオンリーダーによる金言・名言。人事部に立ちはだかる悩みや課題を克服し、前進していくためのヒントを投げかけます。