田中潤の「酒場学習論」
【第5回】銀座「バー嘉茂」とアイデアの創出・副業
株式会社Jストリーム 管理本部 人事部長
田中 潤さん
古今東西、人は酒場で育てられてきました。上司に悩み事を相談した場末の酒場、仕事を振り返りつつ一人で呑んだあのカウンター。あなたにもそんな記憶がありませんか。「酒場学習論」は、そんな酒場と人事に関する学びをつなぎます。
夜の銀座。風格ある外観の路面店のバーに足を踏み入れる。カウンターに陣取れば、バックバーに居並ぶ銘酒の数々が目に飛び込んでくる。そんな店でオーダーするのは「ホッピー」。バーカウンター下の冷凍庫から、おもむろに一升瓶が取り出される。入っているのは、シャリキン(冷凍してシャーベット状になった)のキンミヤ焼酎。ホッピージョッキだけを冷やしている大型専用冷蔵庫から冷え冷えのジョッキが取り出され、焼酎が投入される。さらに、冷やし切ったホッピーが勢いよく、そして丁寧に注ぎ入れられる。氷などは入らない。焼酎・ジョッキ・ホッピーの三つが「三冷」状態で供された極上のホッピーが、バーカウンターの上に鎮座する――。
私はホッピーが好きです。特に黒ホッピーが大好きです。最高の状態のホッピーをいつもいただけるのが「バー嘉茂」。外観も内装も、紛れもない銀座のバーなのですが、そんな店のカウンターで時には全員がホッピージョッキを傾けている光景に出逢えます。料理は素晴らしい「バー飯」。ご家族で経営されている愛すべき店、それが「バー嘉茂」です。ホッピーを呑んだことがない人や、前に一度だけ呑んだけど美味しくなかったという人をここに連れて来るのが密かな楽しみです。ホッピーの美味しさに驚いた顔が必ず見られるからです。あなたもいかがですか?
なぜ、誰もが驚くのかというと、一つは意外な組み合わせでしょう。銀座のバーとホッピー。普通は相入れません。異質のものが組み合わさることで、新たな価値が生まれ、私たちの心をつかむのです。しかし、意外性だけでは人をひきつけることはできません。組み合わせる一つひとつがホンモノであるからこそ、私たちに感動が生まれるのです。ここが重要なポイントです。
「アイデアとは既存の要素の新しい組み合わせに過ぎない」という、ジェームス・W・ヤングの有名な名言があります。私は企業やアカデミックの仲間たちと「経営学習研究所」という一般社団法人を運営し、毎年いくつかのワークショップを開催しています。振り返ると、過去の企画の多くは既存の要素の新しい組み合わせ、つまり異質なもの同士の組み合わせによって「学び」が創られていたことに気づきます。この連載のタイトルを冠したイベント「酒場学習論」は、酒場と学びの組み合わせでした。他にも、囲碁と学び、ミュージカルと学び、ドラムと学び、焚火と学びなど、枚挙にいとまがありません。
副業を解禁する企業が増えています。私も以前から副業に取り組んでいます。この連載コラムの執筆も副業の一つですが、メインの副業は週末の1日を利用した、キャリアカウンセラーの資格であるGCDF養成トレーナーの仕事です。本業との関連が深い副業ですが、使う筋肉はまったく違います。いつも大きな刺激をいただき、教える側にも多くの学びがあります。トレーナーとしてのアウトプットの質をより高めるために、自らも能動的に学習し続けます。副業はある意味、異質体験です。また、越境学習そのものでもあります。本業と副業の組み合わせにより、新たな自分が生まれます。本業にも副業にも、そして自らの生き方そのものにもブラスの影響があります。そして、大切なのは、徹底的にどちらもホンモノを目指すことです。美しいバックバーを眺めながら最高のホッピーをいただきつつ、そんなことを考えました。
最後にもう一軒、ホッピーの名店をご紹介しましょう。その名は「江戸幸」。場所は大阪です。素敵なご夫婦が経営するお店です。ホッピーは自他ともに認めるTOKYO飲料です。今でこそ全国各地で見かけるようになりましたが、この店はずっと以前からホッピーを売りの一つにしています。大将の注ぎ方パフォーマンスも実に愉しいです。大阪とホッピー、この異質な組み合わせも、ぜひお愉しみください。
- 田中 潤
株式会社Jストリーム 管理本部 人事部長
たなか・じゅん/1985年一橋大学社会学部出身。日清製粉株式会社で人事・営業の業務を経験した後、株式会社ぐるなびで約10年間人事責任者を務める。2019年7月から現職。『日本の人事部』にはサイト開設当初から登場。『日本の人事部』が主催するイベント「HRカンファレンス」や「HRコンソーシアム」への登壇、情報誌『日本の人事部LEADERS』への寄稿などを行っている。経営学習研究所(MALL)理事、慶応義塾大学キャリアラボ登録キャリアアドバイザー、キャリアカウンセリング協会gcdf養成講座トレーナー、キャリアデザイン学会代議員。にっぽんお好み焼き協会監事。
HR領域のオピニオンリーダーによる金言・名言。人事部に立ちはだかる悩みや課題を克服し、前進していくためのヒントを投げかけます。