これから「厚生年金」はどうなるのか
ジャーナリスト
岩瀬 達哉さん
2004年6月に成立した年金改革法で、サラリーマンらが加入する「厚生年金」の給付額は、モデル世帯で現役世代の50%を割り込むことが明らかになりま した。その5年前、1999年の時点では当時の厚生省は「60%を確保する」と言っていたのに……。年金の支給開始年齢も段階的に引き上げられることに なって、現在43歳以下の男性サラリーマンは65歳からでないと年金を満額受け取れません。厚生年金はどうしてこんなことになったのか。ヨーロッパのよう な手厚い年金制度を、なぜ日本はつくることができないのでしょうか。複雑で全体像が見えにくい日本の年金について、ジャーナリストの岩瀬達哉さんがその本 質を突きます。
いわせ・たつや●1955年、和歌山県生まれ。ジャーナリストとして官僚腐敗やメディア問題などを中心に旺盛な執筆活動を続けている。96年「新聞 正義 の仮面の下に腐敗あり」「大蔵官僚たちが溺れた『京都の宴』」で第2回「編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞」の企画賞とスクープ賞をダブル受賞。また 2000年には「ドキュメント竹下登」で第6回の同賞作品賞も受賞。さらに著書『年金大崩壊』『年金の悲劇――老後の安心はなぜ消えたか』(ともに講談 社)で昨年、第26回講談社ノンフィクション賞を受賞した。その他の著書に『新聞が面白くない理由』(講談社文庫)『われ万死に値す――ドキュメント竹下 登』(新潮文庫)などがある。
厚生年金に比べて優遇されている国家公務員共済年金
日本の公的年金制度は、大きく分けて、国民年金、厚生年金、共済年金の3つから成り立っています。それが、頼りにならないのではないか。サラリーマンや会 社経営者などが加入する厚生年金は、給付額がカットされたうえに、支給開始年齢も先延ばしされることになりました。
2000年の年金法改正で、当時の厚生省(現厚生労働省)は厚生年金の給付額を5%カットして、60歳から受け取れるはずだった年金の支給開始年齢 を段階的に引き上げましたね。たとえば、1961年4月2日以降に生まれた男性サラリーマンは、65歳からでないと年金を満額受け取れません。その結果、 60歳から満額受給できている世代に比べると、生涯に受け取れる年金が試算値で1749万円も削られることになったんです。
1999年に厚生省が出した意見広告では、厚生年金給付はモデル世帯で現役世代の所得の60%を確保する、となっていたんですよ。それが昨年成立し た年金改革法では、65歳以降は50%を割り込むということが明らかになりました。ほとんどの企業は60歳定年制をとっていますから、厚生年金給付を受け るまで 5年間の空白期間が生じることになりますし、待ちに待った給付が開始されても現在の65歳の年金額に比べて少ないお金しかもらえないことになる。貯蓄を取 り崩すか、働かないと生活できなくなるんじゃないでしょうか。年金改革法の一部が施行されたため、2004年10月から厚生年金の保険料率はすでに 0.354%引き上げられています。これから毎年、保険料率はその割合ずつ引き上げられて、2017年以降18.30%(年金改革法の施行前は 13.58%。これを労使で折半する)で固定されることになっています。
自営業者や自由業の人たちが加入する国民年金も未納率が40%近くに及んでいて、「すでに破綻している」とも言われますね。国家公務員などが加入する共済年金も同じような状況でしょうか。
いえ、厚生年金と、年金制度を運営・管理する年金官僚たちが加入する国家公務員共済年金との間には、はっきり格差がありますよ。公的年金制度が「2 階建て」になっていて、厚生年金は基礎年金と報酬比例の厚生年金からなるということはよく知られているけれど、国家公務員共済年金はその「2階建て」の上 に「職域年金相当部分」という「3階」も設けてあるんです。
「2階建て」よりも「3階建て」のほうが年金給付は厚くなるでしょう。
国家公務員共済年金が優遇されているとしか思えません。厚生年金も3階部分として企業年金があるじゃないかというかもしれませんが、企業年金は国が 関与しない私的な年金であって、企業経営者と従業員がお金を出し合ってまかなっているものです。そもそも企業年金というのは各企業の任意加入ですから、厚 生年金加入者の全員が受け取れるものではなく、現状では70%程度しかカバーできていません。厚生年金も3階建て、と言うのは無理がありますよね。
それに、共済年金の掛け金比率は厚生年金より0.8%多いのですが、受け取る年金額(報酬比例部分)は20%も高い。サラリーマンの加入する厚生年金と国家公務員の共済年金とでは、その給付内容に「官民格差」があると言わざるを得ません。
日本の厚生年金が複雑で不透明なのはなぜか
昨年の年金改革法で「100年先を見据えた改革」「国民のための改革」が行われたはずですが……。
私は年金問題を取材して5年余りですが、そもそも年金官僚たちが国民のために年金を改革しようなどとは考えていないと思いますよ。国民が納めた年金積立金 ――将来、年金財政が苦しくなったときのために積み立てている一種の「貯金」と位置づけられている――は約150兆円になっています。年金官僚は自身の加 入する国家公務員共済年金を手厚くして、それと同時にこの大金も利権化して手放したくない、さらに国民にはお金を納めて欲しい、ということではないでしょ うか。
膨大な年金積立金を使って、グリーンピア(大規模年金保養基地)事業や資金運用、融資を行う厚生労働省傘下の「年金資金運用基金」(旧・年金福祉事 業団)はこれまで、1961年度以降の年金特別会計から調べると、何と9兆4000億円以上も無駄遣いしているんです。ところが年金官僚にしてみれば「積 立金の 0.06%程度じゃないか。それくらいロスの範疇だ」という感覚なのでしょう。年金積立金は国民が老後のために積み立ててきた神聖なお金であって、1円た りとも無駄にしてはいけないはずなのに。
国民が納めたお金からの「中抜き流用」みたいなことを官僚がしている――それを長い間、国民が気づかずにいた。
そういうことです。だいたい日本の年金制度というのは複雑すぎて、全体像が見えにくいでしょう。私も取材を始めた頃は、いろいろな記事や厚生労働省 の資料をいくら読み込んでも全体的なイメージがつかめずに、何が何だかわからなかった。年金官僚にすれば、そのほうが都合いいんですよ。理解不能の制度に しておけば、自分たちに都合のいい運営・管理が可能になりますから。
でも私は、あるときに気がついたんです。日本の年金問題は財政の視点でばかり議論されている、給付と負担の関係だけに論点が固定されていると。たと えば「現在およそ4人の現役で1人の高齢者を支えているのが、2025年に2人で1人、2050年には1.5人で1人を支えることになります。……年金制 度を守っていくためには若い世代と高齢者世代が痛みを分かち合うことが求められています」などと年金官僚は繰り返し説くことで、年金とは給付と負担、つま り財政問題だということにしてきたと思うんですね(「1.5人で1人」という数値も、厚生年金だけの2050年の負担労働人口比率は実は「1.8人で1 人」である)。
財政問題じゃない。年金とは「信頼性」の問題なんですよ。年金に信頼性がないとお金は集まらないし、信頼性があって初めて財政の問題になる。そして信頼性を維持するためには制度に透明性が必要になってくるんですね。日本の年金制度はそこが全くクリアされていない。
日本の年金制度が始まったのは1941年と言われています。
そう。戦時中のことです。国民年金のモデルはイギリス、厚生年金はドイツの労働者年金保険法にならってつくられた。当時の日本政府は国民福祉の制度という よりも、戦費調達の資金集めの制度として年金を考えていました。スタート時点から掛け金の「中抜き流用」を前提にしていた、と言っても過言ではないでしょ う。それが年金の根っこになって、今も続いている。
『厚生年金保険制度回顧録』という本を読むと、厚生省年金局年金課長などを務めた花澤武夫氏がこんなことを言っています。
「この法律ができるということになった時、すぐに考えたのは、この膨大な資金の運用ですね。何十兆円もあるから、一流の銀行だってかなわない。これ を厚生年金保険基金とか財団というものを作って(中略)そうすると厚生省の連中がOBになった時の勤め口に困らない。何千人だって大丈夫だ」 「将来みんなに支払う時に金が払えなくなったら賦課式にしてしまえばいいのだから、それまでの間にせっせと使ってしまえ」
官僚が膨大な年金資金を「せっせと使う」ことのできる法律が今も残っているのですか。
国民年金法(第四章 第七四条)、厚生年金法(第四章 第七九条)がそれです。年金受給者の福祉のために必要な施設をつくることができる旨が書かれ ていますが、年金官僚はこれを自分たちの都合のいいように拡大解釈して、遊興費を事務費に計上したり、天下り先の確保のために使ったりしているわけです よ。日本の年金を透明なものにするには、まずこの2つの法律を見直さなければなりません。
団塊ジュニアが受給世代となる2050年に何が起きるか
毎年、増え続けてきた厚生年金の積立金の伸び率がマイナスに転じるのは、団塊世代の子供たち――1971~74年生まれの「第2次ベビーブーマー」が年金受給世代となって、年金の給付額がピークを迎える2050年です。
そのときには年金官僚が、年金給付額のカットと掛け金の引き上げを再び言い出すのは間違いありません(笑)。2050年には、年金の掛け金・運用収 入・国庫負担金からなる厚生年金の総収入は約118兆円。それに対して、支払うべき年金額は約121兆円。約3兆円も不足します。積立金の伸び率はマイナ ス 2.8%となるんですね。
日本と同じく少子高齢化が進むフランスでは、2040年に給付総額のピークが来るんですね。フランスは、集めた掛け金からその時点の年金受給者に支 給する完全賦課方式で、積立金を持っていなかった。そこで1999年に新たに年金積立金制度をつくった。それで貯金をし、2040年の山を越えるときに集 中的に取り崩して、掛け金を極力上げないようにしようと。その積立金制度をつくる時、フランスは積立金が世界最大の日本の制度を研究した。そして、日本の 積立金は掛け金の引き上げを緩和するために使われていないとわかった、と言うんです。
年金官僚が積立金という利権にしがみついている状況が続く限り、2050年になってもいつになっても、それを取り崩すことなどないでしょう。一部で は、財政投融資を通じての運用に失敗して、帳簿上、積立金の半分を失っている、とも囁かれています。ですから、いま私たちがしなければならないことは、年 金官僚に向かって、積立金はどうなっているか、どんな運用をしていて何が起きているのか、それをすべてガラス張りにしろと迫ることです。年金制度の処方箋 をつくろう、治療しようと思っても、その制度の中身がどうなっているのか詳しく知らないと、これは無理です。
せめて、さきほどの厚生年金法第四章第七九条と国民年金法第四章第七四条を今すぐに見直さないと。これを廃止すれば、厚生年金の支給額が年間1万円、国民年金も5000円上がると言われます。年金以外に収入の道がない人にとって、この金額アップは大きいですよ。
「国民のための年金」を実現するにはどうするか
平均的なサラリーマンに、何か自衛策はありますか。
厳しいですね。昨年の年金改革法に「マクロ経済スライド」方式も盛り込まれましたから、今後、インフレが起きたらサラリーマンは大変だと思います よ。たとえ物価が10%上昇しても、年金額は1%しか上がりません(マクロ経済スライドとは、20年にわたり平均で0.9ポイント差し引いて年金に反映さ れる仕組み)。経済がインフレに転じた場合、実質的な年金額は大幅に目減りすることになります。そんなことになってもダメージを最小限にするために、とも かく、定年までに住宅ローンなどの借金は完済しておくべきでしょう。
でも、厚生年金に加入しているサラリーマンは、まだいいほうかもしれませんよ。企業の雇用形態が変わり、今、パートや契約社員が増えているでしょ う。彼らは国民年金になるわけですが、40年間も掛け金を払い続けて、支給額は年間80万円程度。フリーターなど、いま掛け金を払っていない人は無年金者 になってしまいます。私は年金官僚を批判していますが、だからと言って年金は入っても無駄だとは言ってないんですね。年金は加入するほうが絶対いい。超低 金利が続く時代、いくらかは上乗せして返ってくるわけですし、もし万一、障害者となった場合は障害者年金に変わりますからね。
日本では、年金の問題がこれまで深く広く議論されてきませんでした。
年金官僚が過去の失敗や帳尻合わせを隠し続けてきたからでしょう。でもグリーンピア問題の頃からテレビのワイドショーでも年金問題が取り上げられる ようになって、議論が盛り上がってきましたね。今や「社会保険庁解体」の議論も出ています。社保庁は厚生労働省年金局の外局ですから、それを解体したとこ ろで支店が1つ消えて本社が残るようなものかもしれませんけど、1つの省庁がなくなるわけですから、やっぱり一大事ですね。これも、世論の盛り上がりが あったからこそ、なんですよ。
ドイツでは、年金制度を議論する政府審議会の委員を選挙で決めています。さまざまな立場の人の意見を年金制度に反映しているし、「年金は自分たちの 問題だ」という国民の意識が高いんですよね。フランスでは、積立金を運用する「老齢年金積立基金」の監視会議が年金加入者と受給者で構成されています。日 本のように御用学者や年金官僚のOBばかりの審議会が年金制度や積立金の運用方針を決めるようなことはない。私は、どうして他の国がしっかりやれること を、日本ができないのだろうと思うのですが。
年金問題に対する国民の世論をもっと盛り上げなければいけません。グリーンピア問題追及から議員年金廃止、社会保険庁解体まで議論を発展させたのは 世論の力なのですから、もっと国民一人ひとりが声を上げていけば、「国民のための年金制度」が実現できるはずです。私自身も今年、元東洋信託銀行副社長の 磯村元史さんや前衆議院議員の保坂展人さんらと「年金ウオッチャーズ」を旗揚げしたんですよ。
インタビュー中の「年金ウオッチャーズ」旗揚げの記念集会が4月5日、東京・世田谷の「下北タウンホール」で午後6時半から開催されます。
(取材・構成=丸子真史、写真=菊地健)
さまざまなジャンルのオピニオンリーダーが続々登場。それぞれの観点から、人事・人材開発に関する最新の知見をお話しいただきます。