研修参加の義務付けは「アリ」なのか?
新人研修・従業員研修をめぐるQ&A 【前編】
ロア・ユナイテッド法律事務所代表パートナー弁護士/千葉大学法科大学院客員教授/青山学院大学客員教授/首都大学東京法科大学院講師
岩出 誠
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Q2. 研修不参加を理由とする内定取消し
Q: A社に内定したBは、入社前にA社が命じた研修に参加しませんでした。Bは、「内定時に研修を義務付けられる旨の約束や説明はなく、卒業論文を書くため参加の時間が取れない」と言っています。内定時にBが提出した誓約書には、A社が命じた研修に参加する旨の記載がありますが、Bから「卒論に影響が出ない範囲で」とのただし書があり、A社はこれを認めていました。かかる状態で、内定中の研修不参加を理由に内定取消しができるでしょうか?
A: 内定取消しには労契法16条による規制が適用され、研修参加が就労につき不可欠なもので、その参加の必要性と不参加の場合の内定取消しが明確に説明されていた場合は格別、質問のような事案では解雇たる内定取消しは労契法16条により無効になります。
解説1. 内定中の研修参加義務否定の裁判例
内定中に学生に課せられた研修義務違反等による内定取消しの効力が否定された宣伝会議事件(東京地判平 17.1.28労判890号5頁)では、(1)採用内定後、使用者が労働者に対して、試用期間延長か中途採用試験の再受験の選択を求めたことは、実質的な 意味で内定を取り消す旨の意思表示をしたと認め、(2)内定取消しは、解約権留保の趣旨、目的に照らして、客観的に相当であると認められることを要し、そ の程度に至らない場合には、解約権の行使はできないとされ、(3)効力始期付きの内定では、使用者が、入社日前の研修等を業務命令として命ずる根拠はな く、その研修は内定者の任意の同意に基づいて実施されるものであり、研修等への参加を取りやめる旨申し出たときは、これを免除する信義則上の義務を負って いる、としました。
また、研修中の出来事を理由に内定を取り消すことは違法であり、使用者は、違法な内定取消しを行わないよ う注意すべき義務を負っているにもかかわらずこれを怠ったものとして、債務不履行に基づき損害賠償が命じられ、(4)本件内定は、入社日において労働契約 の効力が発生する効力始期付きのものであって、原告が直前研修を含めた本件研修への参加に明示的または黙示的に同意したことにより、原告(学生)・企業間 に本件研修参加に係る合意が成立したが、当該合意は、原告が本件研修と研究の両立が困難となった場合には研究を優先させ、本件研修への参加を取りやめるこ とができるとの留保が付されており、また、このことは本件内定が就労始期付きであるとしても、入社日前に就労義務がない以上同様である、とされました。
解説2. 内定中の研修参加義務化等の可能性
上記は、内定中の研修状況・不参加等を理由とする内定取消しを無効とした重要裁判例ですが、募集・内定段 階から、かかる研修の義務付けと一定の資格取得や企業内の検定試験合格を条件とし、その内容が開示され、内定者の学業に影響を与えない程度の合理的なもの であり、その条件が十分に説明されたうえでの合意があれば(労契法4条1項参照)、かかる義務付けを無効とする根拠もないでしょう。仮に、判旨がそこまで 射程に入れているとすれば、疑問が残ります(拙著・前掲書上巻188頁以下参照)。
「後編」(11月掲載予定)では、スパルタ研修とパワハラ、研修予定日の年休取得に対する時季変更権行使に関するケースについて、紹介します。
いわで・まこと ● 1973年司法試験合格。1975年東京大学大学院法学政治学研究科修士課程修了。厚生労働省労働政策審議会労働条件分科会公益代表委員等の公職を歴任。2001年ロア・ユナイテッド法律事務所代表パートナー就任。千葉大学法科大学院客員教授、青山学院大学客員教授。『注釈労働基準法』(有斐閣)、『実務労働法講義上・下巻(第3版)』(民事法研究会)など著書多数。
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