テレワークが変えた働く人にとっての幸せの機序
リクルートワークス研究所 中村星斗氏
コロナ禍が働く人に及ぼした影響は何か
新型コロナウイルスの感染拡大に伴い企業でのテレワーク導入が進み、働く人の多くが初めてテレワークを経験した。『第6回 新型コロナウイルス感染症が企業経営に及ぼす影響に関する調査(独立行政法人労働政策研究・研修機構, 2022)』によると、対象240社におけるテレワークの実施割合は2020年2月に 5.0%、2020年4月に 60.0%、2022年1月に 44.2% であった。地域や業種で差はあるが、テレワークが一定程度定着している様子がうかがえる。
テレワークは物理的環境だけでなく、人間関係や心理的側面にも影響を及ぼした。厚生労働省(2021)の調査では、 テレワーク定着への課題として、テレワーク経験有企業の 73.8% が「出社時と比べて、職場の人とのコミュニケーションが取りづらい」を選択している (※1) 。また約 30% の企業が「テレワーク下での社員の健康管理(メンタルヘルス含む)が難しい」と回答している。 筑波大学 働く人への心理支援開発研究センター(2021)の調査では対象者の約 70% が「プライベートの時間・自由度が増えた」と回答した一方、約 25% が「孤独や不安を感じるようになった」と回答している。
これらの結果から、テレワークによって従来とは異なる課題が、職場のつながりや働く人の心に発生していると考えられる。
パネルデータで見る職場のつながりと働く人の幸福
職場のつながりについてはソーシャル・サポート (※2) やソーシャル・キャピタル (※3) 等の概念で、幸福や健康との関連が検討されている(例えば、Kouvonen et al., 2008; Chou, 2015)。人は他者とのつながりから様々な支援や資源を得る。仕事の手助けのような具体的支援もあれば、自己開示と対話によってつらい状況への意味づけが変化して心が前向きになることもある。
テレワークには時間や場所の制約から働く人を解放する可能性がある。望む働き方が選択可能になり、より多くの人が労働に参加できることは、働く個人にとっても、日本経済にとっても大きなメリットがあるように思う。だからこそ、この新しい働き方は働く人を幸せにするものであってほしい。
そこで本稿では、テレワーク実施状況及び職場の人間関係が働く人にとっての幸福の機序にもたらした変化を、リクルートワークス研究所が実施している全国就業実態パネル調査(JPSED)を用いて検討する。機序とは仕組みやメカニズムを指す用語であるが、本稿では特に「テレワーク実施時間」と「職場の人間関係」に焦点を当てる。
データは 2020年調査(2019年対象)と 2021年調査(2020年対象)で、対象者は 保安・警備職などのテレワークが難しいと想定される職種を対象外とした20~64歳の雇用者(正規の職員・従業員)延べ 34,425 人ある。分析には従属変数(結果指標)として昨年1年間の幸福度、独立変数(要因指標)として職場の関係性満足度、テレワーク実施時間と職場の関係性満足度の交互作用項、その他共変量(ex: 生活満足度)などの変数 (※4) を用いて固定効果モデル (※5) による分析を行った。
テレワーク時間が変えた職場のつながりの重要性
分析結果は下表のとおりである。読みやすさ重視のため表中には考察に用いた部分のみを記載したが、実際の分析には共変量を投入している。
まずは「職場の関係性満足度」と「幸福度」の関係について、偏回帰係数(※6)は β= 0.02(p<0.01)という結果になった。全体で見ると職場の関係性に満足しているほど幸福度が高く、この結果は多くの先行研究と一致している。
次に 「テレワーク時間」と「職場の関係性満足度」の交互作用項について考察を行う。テレワークが1時間~40時間未満の「テレワーク中群」では偏回帰係数が β= -0.01(n.s.)であり統計的に有意な結果ではなかった。部分的なテレワークの実施は、幸福度に対する職場の関係性満足度の影響力を変化させないようである。一方、テレワークが40時間以上の「テレワーク長群」に着目すると、偏回帰係数は β= 0.07(p<0.05)と統計的に有意な結果であった。この結果は、テレワーク長群では他の群に比べて幸福度に対する職場の関係性満足度の影響力が強いことを意味している。テレワーク長群は労働時間のほとんどがテレワークであり、職場とは物理的に離れている。そのため、関係性が良好なら適切なコミュニケーションがなされて幸福度が高まる一方、関係性が悪ければコミュニケーションが希薄になり、より強く孤独を感じてしまうのかもしれない。
この結果は、例えば組織に新人が参入するケースで顕著に現れる可能性がある。通常、新規参入メンバーは関係性の構築がなされていないことから、入社後即テレワークでかつ関係性の構築も進まない場合、職場や仕事に馴染むのに苦労し、幸福度が低下する恐れがある。リクルートワークス研究所(2022)の「中途採用実態調査」によると、調査対象の全業種で中途採用の見通しは「増える」が「減る」を上回っていた。今後もこの傾向が続けば組織への新規参入者が不定期かつ頻繁に発生することになるため、関係性構築の重要度はより高まるだろう。
テレワークを含む柔軟な働き方の選択可能性は職場に遠心力をもたらす。故に、職場の人間関係やつながりといった求心力にかかわる試みが一層必要になる。頻度は落ちたとしても物理的に職場で顔を合わせる機会をつくることも良いし、バーチャルオフィス等による新たな繋がり方を模索することも選択肢の1つになるだろう。今回はテレワーク時間をその長さに応じてカテゴリ分けする関係から、正規雇用者のみを分析対象とした。今後はより広い雇用形態の人たちを対象に含む分析を試みつつ、新たな働き方と働く人の幸福について継続的に考えていきたい。
参考資料
Chou, Paul. 2015. “The Effects of Workplace Social Support on Employee’s Subjective Well-Being.” European Journal of Business and Management 7(6).
Kouvonen, Anne, Tuula Oksanen, Jussi Vahtera, Mai Stafford, Richard Wilkinson, Justine Schneider, Ari Vaananen, et al. 2008. “Low Workplace Social Capital as a Predictor of Depression: The Finnish Public Sector Study.” Am. J. Epidemiol. 167(10)1143?51.
リクルートワークス研究所. 2022. “中途採用実態調査2021年度上半期実績、2022年度見通し 正規社員.”
厚生労働省. 2021. “令和3年版 労働経済の分析 ─新型コロナウイルス感染症が雇用・労働に及ぼした影響─.”
独立行政法人労働政策研究・研修機構. 2021. “第3回 新型コロナウイルス感染症が企業経営に及ぼす影響に関する調査【2月調査】(一次集計)結果.”
独立行政法人労働政策研究・研修機構. 2022. “第6回 新型コロナウイルス感染症が企業経営に及ぼす影響に関する調査【2月調査】(一次集計)結果.”
筑波大学 働く人への心理支援開発研究センター. 2021. “テレワーク(在宅勤務)に伴うオンライン化が社内コミュニケーションにどのような変化をもたらしたか?.”
高尾総司, 藤原武男, and 近藤尚己. 2017. 社会疫学<上>.
(※1) 厚生労働省 (2021) の数値は、独立行政法人労働政策研究・研修機構(2021)をもとに独自集計されたものであり資料上の数値とは異なる。
(※2) 厚生労働省 e-ヘルスネット では「社会的関係の中でやりとりされる支援」と説明されている。
(※3) 高尾総司, 藤原武男, and 近藤尚己(2017) では「ネットワークやグループの一員である結果として個人がアクセスできる資源」と説明されている。
(※4) 各変数の詳細は以下
従属変数(結果指標)の「昨年1年間の幸福度」は『昨年1年間、あなたはどの程度幸せでしたか。』について5段階で評価したもの。
独立変数(要因指標)の「テレワーク実施時間」については0時間を「なし」、1時間から40時間未満を「テレワーク中群」、40時間以上を「テレワーク長群」とした。テレワーク長群はほぼ完全にテレワークを実施している人と想定した。「職場の関係性満足度」については『職場の人間関係に満足していた』を5段階評価したもの。数字が大きいほど職場の人間関係に満足している。
共変量は、上記以外の独立変数が幸福度に及ぼす影響を除外する目的で次の項目を投入した。『仕事そのものに満足していた』、『仕事を通じて成長しているという実感を持っていた』、『今後のキャリアの見通しが開けていた』、『これまでの職務経歴に満足していた』、『昨年1年間のあなたの生活全般について、どの程度満足していましたか』について、それぞれ5段階で評価したもの。いずれも数字が大きいほど満足度が高い。また、満足度とは逆の方向性を持つ項目として、『処理しきれないほどの仕事であふれていた』、『性別・年齢・国籍・障がいの有無・雇用形態によって差別を受けた人を見聞きしたことがあった』、『パワハラ・セクハラを受けたという話を見聞きしたことがあった』、『労働者の利益を代表して交渉してくれる組織がある、あるいは、そのような手段が確保されていた』、『身体的な怪我を負う人が発生した』、『ストレスによって、精神的に病んでしまう人が発生した』ついて、それぞれ5段階で評価したものを投入した。これらは数字が小さいほどあてはまる。
交互作用項は、テレワーク実施時間のカテゴリごとに職場の関係性満足度が幸福度に及ぼす影響力が異なるかを確認するための変数である。
(※5) 観察できない個人特性によるバイアスを除外するための分析方法であり、例えば今回のケースでは「2019年から2020年の幸福度の変化」を「2019年から2020年の職場の関係性満足度の変化」によって予測・説明できる。
(※6) 他の変数が一定であった場合に、その独立変数が1単位増加した時の従属変数の増加(減少)分を示す。なお本分析では、統計的に有意であるかを判断する基準として有意水準をp<0.05とした。
リクルートワークス研究所は、「一人ひとりが生き生きと働ける次世代社会の創造」を使命に掲げる(株)リクルート内の研究機関です。労働市場・組織人事・個人のキャリア・労働政策等について、独自の調査・研究を行っています。
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