悪質クレームに対応する
従業員ケアの必要性と対策
弁護士
村上 元茂(弁護士法人マネジメントコンシェルジュ)
6.「顧客」と「クレーマー」との区別をどのような判断基準で行うか
まず、クレームには、必ず以下の要素が含まれています。
- ㋐ クレームの原因となった事実関係(商品・サービスの不備)
- ㋑ ㋐に基づいた要求(請求)
そして、㋐㋑の両方を検討した結果、
- ㋕ 法的に対応する必要があるクレーム
- ㋖ 法的に対応する必要がない(してはいけない)クレーム
- ㋗ 法的に対応する必要はないが、企業判断(例えばサービス)として何らかの対応をするべき(することに決めた)、いわばグレーゾーンに属するクレーム
の3類型に分類することができます。
まず、㋕については、クレーム内容を検討した結果、何らかの賠償責任が生じる(であろうと思われる)事案や、法律上企業として何らかの作為・不作為が求められる場合等、企業が法的に一定の行為を求められる(であろうと予測される)事案です。
他方、㋖については、企業として法的には何らの責任も負わないし、何らの対応も行うべきではない場合です。この類型のクレームに応じることは、企業文化を腐らせますので絶対に応じるべきではありません。
問題は㋗です。㋗は、企業として何らかの法的責任を負わされるわけではないが、種々の事情を勘案して、何らかの対応をするべき場合です。この類型のクレームが最も多く、かつ対応が難しい類型となります。
㋗のクレームについては、応じる法的義務はないことを前提として、種々の要素(企業のポリシー、レピュテーションリスク、他の顧客との公平性、商品・サービスに対する期待値等々といった企業として重要と考える事項)を総合的に考慮したうえ、明確に対応方針を決定します。
以上を前提に、企業として対応できない(しない)要求(㋖および㋗の一部)について、不合理に押し通そうとする者を「クレーマー」と整理します(下記図参照)。
7. 初期対応にあたった従業員への回避基準の提示
以上の通り、クレームが発生した場合に「顧客」か「クレーマー」かの区別をしたうえ、あらかじめ定めた社内方針に従って対応することになります。
最も、安全配慮義務の観点で重要なことは、初期対応にあたった従業員にこの区別を求めること自体が従業員に対する多大なストレスを与えるということです。従業員は、正解のわからない不安な状態のままクレーム対応をすること自体に強いストレスを覚えます。
そこで、体制整備として、クレーマーの判断基準とは別に、初期対応にあたった従業員が「自分が処理すべき事案か、上長に引き継ぐべき事案か」をその場で明確に判断できる基準を設けておくことが重要です。すなわち、現実的にクレームが発生した場合に重要なのは、最終的に誰が対応するのか(以下、「対応責任者」という)もさることながら、対応責任者以外の従業員が対応責任者に事案を引き継ぐ方法です。対応責任者でない従業員をストレスから解放するためには、明確な回避基準を事前に示すことが重要です。
なお、企業がクレーム対応において二次クレームを発生させてしまうのは、初期対応における明確な回避基準が設けられていないことが原因である場合が多いです。法務部等の対応責任者であれば適切な回答ができるとしても、偶々初期対応にあたった従業員が方針に反する約束をしてしまったのでは、その後企業は不必要に不利な状況での交渉を迫られることになります。その意味で、回避基準の周知徹底はその後のクレーム対応を円滑に進めるという観点でも非常に重要です。
初期対応における回避基準は二つあります。
- 誰が、どのレベルのクレームを判断するべきか(自分が処理するべきクレームか)
- 自分が判断しなくてよいクレームまたは判断してよいかわからないクレーム発生時に、どのように対応責任者に引き継ぐか
まず、誰がどのレベルのクレームを判断するかですが、末端の現場スタッフになるほど、実質的な判断を迫られることを嫌います。そのため、現場スタッフ向けの回避基準は可能な限り明確に、できればスタッフが自ら考えることなく自動的に相手方に回答できる程度に簡単な判断基準とします。
例えば、「金銭を求める発言があった場合には直ちに本社に判断を仰ぐ」「何を求められているかわからなければ直ちに本社に判断を仰ぐ」「同等物の交換までは店舗の社員において決済可。アルバイトは判断不可。」等です。
次に、対応責任者に引き継ぐ方法ですが、最低限、以下の内容を周知徹底します。
- クレーム類型に応じた対応責任者(引継ぎ先)の類型化
- 不快な思いをさせたことへの謝罪等、二次クレームを発生させない定型問答
- 回答期限の設定等、引継ぎ後の連絡方法に関する約束
- 事実関係の聴取(後述のクレーム対応連絡書の作成)
- 「自分では判断できない。以降は担当者から回答させる。」旨を明確に述べ、実質的な回答の回避
ポイントは、その場で判断をさせるべきでない従業員が判断しなくてよい体制作りと、ルールに従って対応していれば責任を問われないという安心感の共有です。
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