従業員が持つ最も良い部分を引き出す
「ポジティブ組織開発」とは
甲南大学 全学共通教育センター 教授
西川 耕平さん
組織マネジメントにおいては、問題を見つけて取り除くという考え方が主流ですが、従業員の最も良い部分を引き出し、効果的に活用することで、高いパフォーマンスを出す組織を構築しようとするのが「ポジティブ組織開発」です。ポジティブ組織開発という考え方や、ポジティブな組織の状態、企業での事例などについて、甲南大学 教授の西川耕平さんにうかがいました。
- 西川 耕平さん
- 甲南大学 全学共通教育センター 教授
にしかわ・こうへい/人材開発、組織開発を研究テーマとしている。「人が自発的に発達・成長する能力を育む組織的な取り組みという組織開発(OD)の視点から、ビジネス組織を社会変革のエージェントとして、持続可能な社会の繁栄に向けて、大胆に謙虚に取り組み続ける人・組織・コミュニティー」に着目し、主に海外文献や実践データを基に、実現のための本質的な促進要因、阻害要因を研究している。一般社団法人日本ポジティブ心理学協会にてWell-being経営、ポジティブODやポジティブ・リーダーシップの主任講師としても活動。
「ポジティブ組織開発」とは
「ポジティブ組織開発」とはどういうものなのか、その概要をお教えください。
ポジティブ組織開発とは、組織のメンバーが、個人や組織が持つ素晴らしい能力を活用し、目標の実現に向けて高め合うことにより、組織が社会の繁栄に向けて重要な原動力となるための考え方と実践方法のことです。
一般的にマネジメントでは、問題の原因を見つけて取り除くことが解決策だと考えます。一方、ポジティブ組織開発では、個人が成長・発達する組織的な活動を通して、持続可能な社会に貢献できる志(purpose)や徳(virtue)のある組織になることが、真の問題解決であるとしています。
ポジティブ組織開発は、組織開発の基本的な理論体系に沿っています。論理的整合性の点では、私の理解する限り、組織開発と矛盾・対立する主張や事例はありません。一般的な組織開発の発展形と考えていいと思います。
「ポジティブ」とは、具体的にどういった状態を指すのでしょうか。
スポーツに例えて説明しましょう。100メートルを9秒9のタイムで走る人がいたとします。その人がとてつもない努力を重ねた結果、9秒8というタイムを叩き出した。この0.1秒を縮めようとする努力の原動力こそが「ポジティブ」です。人間には可能性があることを自分で確かめたいし、それを他の人にも見せたい。その姿が、自分の可能性を諦めている人に対して勇気を与えます。
では、ポジティブな組織とは、どのような状態なのでしょうか。
自分自身を見つめ直すと欠点が目につくものですが、気づいていなかった可能性も見えてきます。ジョハリの窓のように、ある人が否定的に捉えていたものでも、他の人からすると素晴らしく見えることはよくあります。組織に属する人たちがお互いに励まし合うことで、それぞれが能力を伸ばし、成長していける状況がポジティブな組織といえます。
そもそもビジネスとは、社会をより良くするためのエンジンです。社会を良くするための問いや答えは無数にあります。ポジティブな組織では、それらをどのように組み合わせて実現していくのかを、考えられるようになります。
大切なことは、従業員一人ひとりが自身の仕事を天職だと感じられること。自分の仕事の中に天職と思える要素を見つけ出すことができると、現実が変わっていき、組織が成長・発展していきます。
「ポジティブ組織開発」をいかに実践するのか
企業は「ポジティブ組織開発」をどのようにして導入すればいいのでしょうか。
一般的に組織開発は、まず、個人の自立発達・成長を育む力を、当事者以外、例えば組織開発の実践家やコンサルタントの関わりを通じて刺激する必要があります。そして変革初期の外部からの介入段階を過ぎると、自立変革できる人たちが組織内に変革実践コミュニティーを各所に作る段階に進みます。より良い未来の組織の実現に向けて、アイデアや実践がまるで一気に花開くように、発達・成長を互いに高め合う段階です。
一人からの小さな問いかけに始まり、自分たちの思考や行動を制約する規範や制度を、組織のメンバーが作り変えるまでの持続的な取り組みを常に活性化させること、また、ポジティブに生成的な問答が湧き続けることが、ポジティブ組織開発の重要課題です。職場に戻るとその内容を忘れてしまいがちな、一過性の研修による行動変容ではなく、組織のメンバーが地道に少しずつ行動を変容させていった結果として、組織が変わることが重要です。
「ポジティブ組織開発」を導入した企業の事例を、お聞かせください。
長期にわたる地道な取り組みのため、ポジティブ組織開発に限らず組織開発は、トップダウンで導入し、目覚ましい成果を上げた事例が、なかなか見当たらないのが実状です。ただし、全く組織開発を知らない人たちが、職場の品質管理運動(QCサークル活動)のように、部分的に組織開発を実践している例は少なからずあります。
自然発生的に実現した事例として、鉄道組織現場での事例を挙げます。古くはJR九州が、民営化後に長い時間をかけて取り組んだ例があります。時間通りに安全に運ぶだけでなく、「特急つばめ」や「ゆふいん号」、「ななつぼし」の添乗スタッフのように、JR九州として実現すべき理想のサービスを体現する特急車内添乗員を、企画・運営・存続させることで、JR九州を独自の会社に変革した取り組みです。
もう一つ、JR東日本テクノハート(TESSEI)の新幹線の車内清掃の事例もあります。到着した新幹線の車内清掃を可能な限り短時間で終了することで運行率を上げ、新幹線全体の収益に貢献する存在となりました。朝6時から夜10時近くまで、ピーク時には10分間隔で、次々とホームに入線する新幹線の清掃を短時間に終え、常に清潔な車内環境に復元する反復業務です。プロの意識と誇りを持って取り組まなければ、これほど長続きはしないでしょう。
JR九州は組織全体の変革、TESSEIは現場の変革につながる、ポジティブ組織開発の事例といえます。このように、働くことを通じてどのように発達・成長したいのかを問いかける「ライフ・クラフティング」を促すことが、ポジティブ組織開発を実現する重要な条件だと思います。
(取材:2024年2月21日)